虎と馬①
前世の事は、成長するにつれ薄れている事もあって、今はそこまではっきり覚えているわけではない。しかし、何かの拍子に思い出す事がある。
中学生の頃、私を大好きだと言ってくれる女友達がいた。
スラリとした長身美人の子だった。
なんだかんだでいつも一緒にいた。というより、強制的にひっついてきた。いつも抱き合っていて気持ち悪いと言われるくらいに。ちなみに、抱き合った記憶はない。抱きつかれていただけだと記憶している。
自分で言うのも何だが、割と何でもそこそこのレベルでこなしてしまう私と違い、彼女は努力して努力して、私を超える結果を出す。
テストがあると無理やり点数や順位を聞いてきて、時々こちらの方が上位だと知ると悔しがって騒ぎ立てる。とは言え、それくらいは友達同士の他愛ないやり取りの一つだと思っていたから、始めはたいして気にしていなかった。そもそも、私は彼女の方が成績が良かろうが悪かろうが興味が無かったのだ。
学年が上がるにつれ、受験を意識して周りも忙しくなり始める。
それでも彼女は、私につきまとい、抱きついて過ごしていた。
けれど、私はその頃には、その抱きつきにも、毎回テスト結果や成績表を見せろとわめかれるのにも、うんざりしていた。
だから、拒否した。
始めは言葉で。
でも、彼女は取り合わなかった。むしろ、遠くから突撃してくるようになって、よく吹っ飛ばされたし、貸してくれと言って勝手に奪っていった授業のノートや教科書に落書きするようになった。
我慢がならなかった。
大事に使っている私物にくだらない落書きをされるのも、毎回、背の小さい私に全力で突撃してくるのも。気づけば背中や足が痣だらけだった。
やめてほしいと強く言い続けても、言った分だけ悪化するのも、もう、嫌だった。
そしてある日、私はやり返した。
突撃してきた彼女の勢いを利用して、転ばせて思い切り床に叩きつけた。
人に暴力をふるってはいけないと、幼い頃から言われていた親の言い付けを初めて破った。
彼女はなかなか起き上がらなかった。体育館の床は、相当痛かったのだろう。確かに、すさまじい音がした。
周りで見ていたクラスの女子たちは、皆彼女の味方だった。全員が、友達を傷つけるひどい人間だと罵り、恐ろしいものを見る目で私を見てきた。
私は謝らなかったし、平気だった。謝罪をするべきはその女の方だと、言い放ってその場を後にしようとした。
その返しに、女子たちがさらに騒ぐ。
それを制したのが幼馴染みの少年だった。
私を昔からよく知る彼は、私が誰かを傷つけるなんて初めてで、そして理由なくそんなことは絶対にしないのだと、その場の誰よりも怒りながら私をかばった。
普段穏やかで人望厚い彼の言葉を聞いて、女子たちが戸惑いながらも私を責める事をやめる。単純な事だ、と私の心はどんどん冷めていく。
「……確かに、ちょっとスキンシップ過剰だったよね」
「迷惑だって言ってたの聞いたし……」
「ごめんね……そんなに嫌だったなんて気づいてなくて」
ひとりがぽつりと言い出した事で、その場の空気が変わる。皆が私に同情的な目を向けてくるようになった。
私は何も言わなかった。
そして、うずくまっていた彼女は、泣きもせず、笑いもせず、ただじっと、暗い表情で私を睨み付けていた。
「フェルトン? フェールトーン!」
「……何ですか」
「じゃないよ、もー! ずっと話し掛けてるのに」
エリオットに話し掛けられているのに気付き、私は前世の記憶回想を止める。
顔を上げると、生徒会の面々が、一様に不安そうな顔でこちらに注目していた。
「すみません、何か議題が上っていましたか?」
「ううん、そうじゃないよ。君が最近疲れてないかなって……その、やっぱり彼がさ」
隣にいるエリオットが気まずそうに視線を送った先に、ライナスが座っている。彼はしゅんとした様子でこちらをみていた。垂れた犬耳の幻覚が見えそうだ。
「すまないアルマ。キースが迷惑をかけて……」
「別に彼のせいで疲れている訳では……」
「でも、あんな風に懐かれるのは嫌でしょ?」
「それは……」
キースに抱きつかれた事で、前世の彼女の事を思い出してしまったのは確かだ。答えに詰まったせいでライナスが更に落ち込んでいくのを視界に捉えつつ、私は首を横に振る。
「違うんです……キース様が怖いとか、嫌だとかではなく……昔、少し似たひとがいたなと思い出してしまって」
「あんなひとが他にもいるの?」
「ええ」
それは大変だね、と驚きながら返すエリオット。そこにからかいではない色が交じるものだから、端から見ると私はそんなに疲れて見えるのかと首を捻るしかない。
キースは、彼女とは違う。彼の行動は天然を装っているだけで打算的なのだ。それでも、彼を強く拒否するのはやはり抵抗があった。
もし、拒否したとして、彼が彼女と同じように悪化しないとは限らない。それを判断するには、もっと彼をよく知らなければ行けないし、あの頃のように感情に任せてではなく、慎重に対応しなくてはいけないと思う。
「……そう言えば、この前先生に呼ばれてたって聞いたけど、どんな用事だったの?」
再び思考に沈みかけた所、唐突に話題を切り替えたのは王子である。その顔は意味ありげで、恐らく、王子たる彼の元にも同じ情報が入っていると思われる。
私は意識を切り替えた。
「……学園の奥に、森がありますよね」
「実技演習で使う所だね。最奥は強い魔物が封印されている、という七不思議のひとつ」
王子の補足が的確なので、やはり彼は知っていて私から言わせようとしているようだ。
頷いて、私は立ち上がり、後ろの棚から学園の敷地を描いた地図を取り出し、ページを広げる。
「その最奥というのがここです。七不思議にされているそれはある意味真実なのかもしれません」
ライナスもマクシミリアンもエリオットも、それなりの情報を得られる立場の家だ。だが、この時点での反応を見る限り、王子と私にしか伝わっていない。
言っても良いのか。
ちらりと王子を確認すると、笑顔が返される。
これは、本当は駄目だけどさくっと暴露してしまえと言っているやつだ。
「結論だけ言うと、ここにもうすぐダンジョンが出来ます」
「え?」
「は?」
「なん、だと……?」
三人から驚きの声が漏れ、それが落ち着くのを待って、私はまた説明を再開する。
「魔力反応からすると、それほど大きくはないと思われますが、学園の敷地内というのが問題です。誕生したときにどのような影響があるか分かりません」
フェルトン領にあるダンジョンは、今も少しずつ成長を続けている最大級のものなので参考にならないかもしれないが、あれができた当時、大陸が分断するのかと疑うような大きな地震と爆音が一年以上続いたらしい。
ただ、その頃あの場所は魔物だらけの森だったので、人が居なかった。実際何が起こっていたのか詳細がほとんど残されていない。
ライナスが納得したように頷いて私を見る。
「ダンジョン……だから、アルマが呼ばれたのだな」
「そう。何か安全対策が無いかと、アドバイスを求められて……一応、実家にも情報は流してあります。それと……」
もうひとつの理由について躊躇ってしまって、私は一旦言葉を飲み込む。
けれど、結局言うことにした。どうせ、そのうちどこからか漏れる情報だ。
「……結界を、張るように言われました」
息を飲んだのは誰だったのか。既に地図に目を向けていた私には分からない。
「結界? それは……だが」
マクシミリアンが何か言いかけ、察した様子で黙り込む。その際に見たのが王子であるのは、彼が私を誘導して言わせている事に気づいたからかもしれない。さすがの頭の回転だ。
「私の魔法属性は光。対魔物という事なら、私以外にはありえない……のでしょう、殿下?」
「そうだね。王家が保護している光魔法使いと比べて、フェルトンは群を抜いた強さを持っている。そして何より対魔物戦闘において誰よりも経験豊富。君以外に適任がいない」
私の問いかけに、王子は間髪入れずに答えてくれた。
王家の保護下にある光魔法使いは、本当に微弱な力しか持っていないらしい。ちょっとした怪我を治す事が出来れば上々というレベルだと聞いているので、うちの父あたりなら「回復薬の方が効率が良い」と間違いなく言う。私もそう思う。
だから単に、希少なので悪用する人物から守る為に保護しているだけのようだ。
「光……?」
「……」
マクシミリアンが呆然とし、エリオットは何故か無言。ライナスは、元々知っていたので困ったように私を見ているだけだ。
そんな中、王子が深いため息をついた為、皆の視線が集まる。
「あとね……それだけ強い光魔法使いが見つかったとなれば、城が黙っていないんだよね……」
「なっ……まさか、アルフレッド!」
ライナスが焦って立ち上がり、私と王子を交互に見る。
「このままじゃ、間違いなく、フェルトンと、王子との婚約が決まるよ」
虚空を見つめる王子の目が真っ黒過ぎて、私はそっと視線を流す。
教師を通じて聞かされていた私だってずっと嫌な気持ちなのだから、少しはその闇の深淵から生まれた魔王みたいな目を隠す努力をして欲しかった。




