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秀才と無自覚

 アルマ・フェルトンには自覚が足りないと思う。

 例えば、その人望。

 ライナスの弟であるキースが病的なまでに入れ込んでいるのは知っているが、オレは、ああいう輩が一人ではないのを知っている。


 一年時は寡黙で孤独を好む生徒だったとしか、教師たちには言い表せないだろう。

 それは、今のように表立って動いてはいなかったからだ。だが、彼女はいつも隠れて誰かしらを助けていた。

 階段で足をすべらせた女子生徒、授業についていけず、悩んでいた男子生徒、他にも些細な問題だったりするのだが、恩を売るでもなく、それはもう驚くほどのさりげなさで、助けられた方が礼を言う間もなく歩き去っているのだ。その上、後から礼を言おうとしてもなんの事かととぼけられて終わる。


 そんな行動が噂になり、いつしか、密かに慕う生徒が出始めた。役員になってすぐの時から男女問わず人気があるのはそのせいだ。本人は全く気がついていないが、そういう所も更に人気を後押ししてしまうらしい。


 オレが何故そこまで把握しているかといえば、勿論、入学前から調べていたからだ。好きだとか嫌いだとかの話ではない。

 この国の最重要人物と言っても過言ではない、辺境フェルトン領の跡継ぎ。表舞台に姿を表さず謎に包まれていた、アルフレッドの立場を左右するかもしれない彼女は、十分に、警戒に値する存在だった。

 万が一、フェルトンがオスカー王子側に着くような事があれば、磐石と言われてきたアルフレッドの立太子を危うくする可能性がある。逆にこちらに引き込めれば万々歳、最悪でも無干渉を貫く必要がある。それくらい、重要な存在なのだ。


 そう思って動向を探り続けていたが、フェルトンは学園生活に馴染んでいるようでいなかった。いつも一人で過ごし、時間さえあれば姿を消してしまい、どこにいるか分からなくなる。その消えている間に人助けしていたと分かったのは噂が広がり、彼女の非公認ファンクラブなどというものが出来上がりつつあると知ってからだ。


 二年に上がってすぐ、アルフレッドがあっさり捕まえて生徒会役員にしてしまったのは驚いた。まあ、彼女に一目惚れしたライナスの為だったようだが。


 結果的に、フェルトンはアルフレッド側に付いたという認識になった訳だから、オレとしても否やはない。フェルトンがそこまで気がついて役員の仕事をしているかどうかは不明だが。とは言え、フェルトンは人を裏切る行為を好まない性格をしている。ここまで引き込んでしまえばこちらのものだろう。


 それに、フェルトンは想像していた以上に優秀だった。さりげない人助けがあれ程的確に出来るのだから、優秀なのは知っていたのだが、その認識を遥かに上回っているのだ。

 だと言うのに、一年時の定期テストの成績順位がそこまで高くなかったのは、絶対に順位調整しているからだろう。成績上位者は総じて目立つ存在に成り得るからな。

 そこまでして目立ちたくなかった割には、役員になる前もなってからも、人助けは自重していないが。


「……あ、クロムウェル様」


 校舎横に併設されている図書館棟の前で、ばったりサラ・クラークと出会ってしまった。


 フェルトンの能力を全生徒に知らしめた最も有名なエピソードは、この非常識少女を手懐けた話だろう。

 アルフレッドに付きまとっていた頃は、護衛たちを困らせ、一部生徒から批判や苦情が殺到していた。


 そこでフェルトンは、徹底的にサラの公開躾を行った。ほとんどが、見ている方が同情する程無慈悲なやり口だった。そしてそのうち、公然とアルフレッドの婚約者であるエステルの庇護下に置くことに成功してしまったのだ。


 躾をするあの技術は一体どこで磨かれたのだろうか。どれも手慣れていて、しかも生き生きと行っていた。実際、サラと出会ってからフェルトンは楽しそうに学園生活を送っているように見える。自ら望んで一人でいた癖に、本当は友人が欲しかったのではないか。やはりひねくれているな、フェルトンは。


「クロムウェル様?」


 顔を合わせたままオレが黙っていたせいで、サラが首を傾げている。


「……堅苦しい。周りに人が居なければマクシミリアンで良い」

「えっ、じゃあミッキー様で良いですか」

「やめろ」


 なんだその呼び名は。どこから出した。せめてマックスだろう。ただ、公爵子息のオレを男爵令嬢のサラが名前どころか愛称で呼んだりしたら非難が殺到するだろうが。いや、ミッキーに関しては周りに人が居なくとも許可など出さない。絶対にだ。

 睨んでみるが、サラはへらへら笑っているだけで答えない。さすが、常日頃フェルトンの猛攻を受け続けているだけあって打たれ強過ぎる。

 あれ程の仕打ちを受けて、それでもフェルトンを慕っているのが不思議だった時もあったが、躾とはそういうものだなと思い直したら納得がいった。


 腕に抱えている教材に気づき、オレは彼女が図書館に来た目的を知る。


「テスト勉強か」

「はい」

「……具合はもう良いのか」

「あっ、はい。おかげさまでもうすっかり」

「そうか……」


 オスカー第二王子の一件では、アレの気まぐれに巻き込まれてさすがに憐れだった。見舞いと言っても彼女のいる女子寮には入れない。フェルトン経由で状況を聞いていただけで顔を見ていなかったが、確かに顔色も良いようだ。


 中へ入ると、テスト前だからか、見渡せる限りの席は埋まっているようだった。

 成績はあまり重要視されないとは言え、あまり低い点数では家の恥に繋がる。余裕のない者たちはこうして勉強しているのだ。


「わ、混んでる……」

「そのようだな」


 まあ、オレには関係ないが……ない、のだが、仕方がない。


「一応聞くが、今日は何の勉強をするつもりで来た?」

「数学です。歴史は公式設定だと思えば何とかいけるんですけど、やっぱり計算とかが……とにかく問題集解こうと思って」

「……席に拘らなくても良いんだな?」


 公式設定とは何か気になったが、図書館内であまり色々話をするのは控えるべきだろう。問いかけると、サラはこくりと頷いた。


「それはまあ……でも、やっぱり寮の部屋は色んな音がして集中が……」

「来い」


 オレが連れてきたのは、図書館棟の最上階にある自習室。全室予約制で、そしてこの一部屋は生徒会の役員特権で永久に役員だけが使えるようになっている。

 オレが招き入れると、サラはびっくりしながら中に入ってきた。


「あの……良いんですか? アルマなら今日は居ないですけど」

「知っている」


 サマーパーティーでオレがフェルトンと踊る機会をうかがっていた事を、サラはオレがフェルトンに惚れているからだと思い込んでいる気がする。

 あれは、フェルトンが確実にアルフレッド側についているという演出に必要だっただけで、オレの感情は関係ない。エリオットも、内心は知らないが、似たような理由で踊る機会を待っていたはずだ。


「オレが今話しているのはお前だろうが。なぜ、フェルトンが出てくる」

「え……っと?」


 また首を傾げているので、今のうちにと隣の椅子を引いて座らせる。

 オレも席について書類を取り出した。これは、生徒会ではなく家の仕事に関連するものだ。あまり他人に見せるものではないが、サラは読んでも分からないだろう。別に馬鹿にしている訳ではない。事実であり、オレへの興味の有無について考えれば分かる事だ。


「オレはオレで勝手にやっている。分からなくなったら聞け」

「お、教えてくれるんですか!?」

「……じゃなければ連れてこない」


 そう答えると、サラはぽかんと口を開けてオレを見上げてきた。澄んだ碧眼が見開かれていて、心底驚いているようだ。

 フェルトンもあれで見慣れてくると感情が分かりやすい所があるが、サラはそもそも素直なのだろう。こういう時は分かりやす過ぎる。最早淑女にあるまじきレベルで口が開いている。いや、こいつが淑女らしい行動をしていた事は無いがな。


「勘違いするな。お前が手間取って他のやつらに泣きついたりしたら、その分そいつらの勉強時間が減るかも知れないだろう。それなら、今オレが教える方が効率が良い」


 フェルトンはともかく、万が一エステルに泣きついて時間を取られたりしたら、アルフレッドが黙っていない。毎回エステルとの勉強会(という名の逢瀬)を楽しみにしているからな。

 万が一の先の最悪の事態が浮かびかけ、オレは軽く頭を振って追い出した。危ない、アルフレッドの目から完全に光がなくなっていた。魔王が誕生してしまう所だった。


「えへへ……ありがとうございます、マクシミリアン様!」

「……っ」


 こんな、子どものような無邪気な笑顔を間近で見たのはいつぶりだろうか。

 素直過ぎるのも考えものだ。奇怪な行動が目立っているが、容姿だけは上位貴族と並んで遜色無いレベルなのだ。それに、こうして隙だらけだから第二王子のような男に目をつけられたのだろう。


「笑ってないでさっさとやれ!」

「はーい♪」


 今度、フェルトンに表情の繕い方も躾するよう進言しておこうと思う。


マクシミリアンは、心の中では「サラ」と普通に呼んでますが、実際には「おい」「お前」「貴様」と言ってしまう子です。

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