魔法使いと番犬
ぼくはエリオット・バルフォア。代々優秀な魔法使いを輩出してきた魔法一家の生まれだよ。
突然だけど、アルマ・フェルトンは色々と自覚が足りないと思うんだ。
例えば、その容姿。
王族と見紛うほどに、長く美しい金髪。そして、宝石のように美しく煌めく碧眼。
整った各パーツが顔の最上の位置に収まっていて、無表情でじっと佇んでいると本当に人形のように見える。
平均的な女性よりも華奢で、可愛いという表現が似合う美少女だ。
なのに本人は全然自覚がない。むしろあれで目立たないと思っているらしい。なんでなの?
ちなみにぼくは入学式当日からずっと彼女を知っていたよ。
フェルトン家は特殊な家だからね。その一人娘って事でマックスも目を付けてたし、ぼくにも情報が入っていたんだ。
そして、一目で惹かれた。
容姿は勿論だけど、何より、彼女の魔力量は膨大だったからまず気になった。ぼくと同じかそれ以上あるはずだ。
そして、うまく隠されているその属性。
フェルトンの魔力属性は、光だ。理由は、ぼくの持つ闇属性の魔力を相殺するから。
すれ違う時、気づかれないよう送った魔力が初めて消されたんだ。他の属性なら何事もなく体を通過していく。そういう魔力の送り方をした。だから、彼女は光属性以外ではあり得ない。
素直に面白いと思った。そんなすごい属性持ちなのに隠しているなんて、きっと何か理由があるんだと思ったから。
無かったけど。まあ、強いて言うなら、色々なしがらみに縛られるのが面倒だったんだろうなって、今なら分かるよ。
アルフレッド王子と友人になって、王宮付きの魔法使いになると決めるまで、ぼくはずっと監視されていて、自由に闇魔法は使えなかった。
光魔法も闇魔法と同じく希少な属性だから、判明すれば即刻王宮魔法使いの監視下におかれる。
彼女は自由だからあれだけ輝いていられるんだと思う。羨ましい生き方だって思ってる。
だから、ぼくは未だに彼女が光魔法使いだと誰にも言っていない。知ってて黙ってる事、たぶんすごい怒られるんだろうなあ、王宮の偉い人たちに。
でも、告げ口して彼女に嫌われるより全然良いよね。
胸元に手を入れると、かちゃりと金属音が鳴って、懐中時計が姿を現す。彼女が企画デザインを担った、素晴らしい耐久性を誇る懐中時計だ。
少し魔力を込めれば、中に組み込まれたいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
これが、ぼく専用の懐中時計である証拠。
「絶対分解できないようにしておきました」なんて言って、ようやく渡されたからさ、わくわくして分解しようとしたんだよ。
元々、時計自体は持ち主が普段生活する中で自然と放出される微弱な魔力だけで機能が保てるようになっている。ぼくのこの時計だけ、一定量を超える魔力を流されると、魔法陣が全て展開する仕様に変更されてたって訳。
「いつ見ても悔しいなあ~……」
展開されている魔法陣を読み解いて書き換えれば分解は可能だ。だけど、ぼくにはそれができない。
だって、目の前に広がる魔法陣が、あまりに美しく完成されているから。
これを見せられた瞬間「負けた」と思った。
だから壊すなんて事、ぼくにはもう出来なかったんだ。
魔法の練習場から出て廊下に目をやると、ちょうどフェルトンが通りかかる。
ぼくは声を張り上げた。
「フェルトン! ねえ、新しい魔法陣作ってみたんだけど、試してみない?」
「新しい……?」
「うん。と言ってもプロテクションを改良したやつで……見せた方が早いかな?」
魔法陣は、安定して魔力が注ぎ込めれば陣に組み込んだ術式が誰でも必ず発動できるスグレモノだ。それに、いちいちその場で描かなくても、専用の紙に予め描いておいたらいつでも発動できる。
今まであんまり興味なかったんだけど、フェルトンが多用しているから、ちゃんと勉強するようになった。
練習場に戻り、しまっていた杖を取り出して魔力を纏わせる。そのまま、ぼくは宙に向かって魔法陣を描き始めた。
こうして宙に描くためには、一定の魔力をインクのように出し続ける必要がある。実は結構高等技術なんだよ。
せっかく教えたのにフェルトンがぼくの前でやらないのは、魔力の色で属性がバレるからだろうけど。魔法の授業でものらりくらりと実演のタイミングを躱してしまうから、今のところ、学園内でフェルトンが魔法を使っているのをみた事があるのはライナスとサラさんだけだと思う。今度はぼくも絶対にダンジョンに着いて行くからね。
「……!」
横目で確認すると、フェルトンが目を輝かせて陣を見つめている。たぶん、どの辺りが変わっているか気付いたんだと思う。さすがに、どんな効果になるかまでは読みきってないと思うけど。
ふふふ、こういう時のフェルトンは本当に可愛いなあ。
きみもたいがい、魔法バカだよね。それとも戦闘バカかな。
「はい、完成♪」
ぼくが展開したのは、防御効果のあるプロテクションシールドという魔法。ただし、ぼくの改良版。
「フェルトン、試しにちょっと何か投げてみて。軽くね」
こくん、と素直に頷いて、フェルトンが足下の小石を拾い上げる。それを、とても軽い動作でシールドに向かって投げた。
投げ付けられた小石は、シールドに当たると姿を消した──と見えた瞬間には、フェルトンのすぐ横を猛スピードで通りすぎていった。小石が発した風圧で、彼女の髪が揺れている。
危うく当てそうだったのは内緒にしとこう。まだコントロールが難しいんだよね。もう少し改良して、任意の方向に簡単に弾き返せるように出来たら最高かな。
「え……」
「じゃーん! 受けた攻撃を十倍の威力にして跳ね返す機能をつけてみました♪」
反応はどうかなー。
そう思いながらシールドをしまおうとすると、フェルトンが杖をがしっと掴んできた。
わお、積極的。
「も、もう一回!」
「ん?」
「もう一回やらせてください」
あ、この顔は何か試したい事がある時のだ。やっぱりフェルトンに見せると一気に応用が進むなぁ。
「うん、いいよー」
「じゃあ、今サラを呼んでくるのでちょっと待」
「それ絶対あの子をこれにぶつけるつもりでしょ! 人はダメだよ!」
「くっ……でも、軽くなら」
「人はダメだよ!?」
いつも思ってたけどなんでサラさんに対してだけそんな鬼畜なの!?
まさかとは思うけどぼくの知らないところでめちゃくちゃ人体実験してないだろうな!?
ダメだからね! 人体実験はこの国の法律で禁止されてるよ!
ぼくがシールドをしまったので、フェルトンは残念そうに引き下がる。いや残念そうだなあ本当に。
ぼくも実験中は怖がられる事がよくあるけど、こんな反応されるとぼくですらちょっと心配になるよ。
むう、と口を尖らせる様子は可愛らしいけど、そろそろ生徒会室に向かわないと。さっきから王子の伝令魔法で出来た鳥がひっきりなしにぼくをつついてるんだよね。
「ほら、そろそろお仕事に行くよ?」
「……あ。すみません、その前に先生に呼ばれていたんでした」
「あ、それ引き留めたのぼくじゃない? ごめんね、みんなには伝えとくから」
「お願いします」
そんな会話をしながら、練習場を出たところでフェルトンと別れる。
目立つし有名なぼくとフェルトンがいたからか、練習場の内外に生徒が少し集まっていて、こそこそと話しているのが聞こえてくる。
「やっぱり、最近少し雰囲気変わったよな」
「ますますかわいい……お近づきになりてえ」
……ほら。やっぱり彼女はモテるんだよ。全然自覚ないけど。
でも、彼女がどうでもいい男にじろじろ見られるのは面白くないなあ。
「駄目だよ。彼女には番犬がいるからね」
すれ違い様にこっそり言うのも面倒で、気づけばぼくは結構大きな声で彼らにそう告げていた。
彼らはびっくりした顔をしていたけど、ぼくと目が合うとひきつった笑みを張り付ける。
「あ、エリオット様! 番犬ってライナス様ですよね!? いえ、勝ち目ないのは分かってますから!」
「そうですよ、ちょっと言ってみただけって言うか!」
「……そ。なら良いけど」
ライナスだけじゃない、ぼくだっているさ。
というちょっとだけ悲しい主張は、口には出せなかった。