兄と弟
7/20サブタイトル変更。本文最後の方を少し変更しました。
アルマには、色々と自覚が足りないと思う。
かつてサラにそう溢した事があり、彼女も同意してくれたが、彼女は「そこが良いの!」と何やら興奮していたのでそれ以上何も言えなかった。
例えば、身分の事。
俺たち侯爵子息に対して雲の上の存在などと思っている節があるが、辺境伯令嬢の彼女も十分に高位貴族の類に入っている。
正確に言えば侯爵だの辺境伯だのは親の身分であって、後を継いでいない俺たちの本来の身分を表すものではないのだが、子ども間でそこは意識される部分ではない。
だからこそ、突然の生徒会入りも特に反発が無かったのだし、エステルも最初こそ気にしていたが、今は穏やかな友情を築いている。
優秀なアルマの加入は俺たちにとっては天の助けとも言える訳だから、彼女が辺境伯令嬢で本当に良かったと思っている。
それに、田舎だとアルマは言うが、フェルトン領は王都から遠くとも、重要な地だ。
大陸最大級のダンジョンを有し、その産業で栄えるあの場所は、かつてあらゆる権力者が欲しがり、そして管理出来ずに潰れていった歴史がある。
実は、百年ほど前までは外国領だった。それを我が国が戦争で手に入れ、その折りに多大な功績を上げたフェルトン家が管理している。
アルマはあまり語らないが、彼女が幼い頃から国境で争いが起きているのは事実。その度に、領主は自ら軍を率い、そしてその手腕で味方につけた冒険者と共に国境を守り続けてきたという。
間違いなく、この国にとってかなり重要な存在なのだ、フェルトン家は。
その跡継ぎであるアルマ。学園に入るまでパーティーなどに一切姿を表すことが無かった彼女は、その存在のみを知る貴族間で様々な噂が語られていた。
熊のような容貌だとか、反対に女神のように美しいとか、粗雑だとか、儚げだとか。とにかくあらゆるデマで溢れていた。
その実、裏では、落としてしまえばあのフェルトン家に入り込む余地ができると虎視眈々と狙われていた。
その頃俺はそういった噂に全く興味が無かったし、利用される少女が哀れだと思った程度だった。
今、そんな話を聞かされたら問答無用で相手を切り刻んでしまうだろうが。
「ライナス、もういいから早く行ってあげて」
「……分かった、ありがとう」
アルフレッドの声で思考から引き戻され、俺は意識して視線を彼に戻す。
窓の向こう、階下にある渡り廊下で、アルマとキースが話している。俺は先程から、アルフレッドが運ぼうとしていた書類の束を引き受けて歩いていたのだが、運び終えた教室からそれが見えてしまったのだ。
キースは、アルマをとても気に入ったようだ。少し……いや、かなり異常なほど懐いている。アルマいわく「一方的に犬に懐かれるようなものだ」との事で、抱きつかれたところで羞恥も何も感じないそうなのだが、俺としては面白くない。
俺が一番納得できないのは、戦えば戦神のごとき強さを発揮するアルマが、キースに対しては何もせず抱きつかせている点だ。第二王子はあんなに容赦なく殴り飛ばしたのに。
多分に、それはキースが俺の家族だからなのだろう。アルマは、一度懐に迎え入れてしまった相手にはすこぶる甘い。きっかけは強引だったが、俺は一応、アルマに身内の人間として認識されているようなのだ。それは……勿論、嬉しい事なのだが。
俺だってあんなに触れた事がないのに!
始めこそ大人しく距離を保って話していたキースだが、端からみてもそわそわしている。いつ抱きついてもおかしくない。
俺は窓を全開に開け放つと、迷わず縁に足を乗せた。アルフレッドと話していた教師が何か言っているが、構っていられない。
「キース!」
八つ当たりの苛立ちもそのままに、弟の名前を呼びながら飛び降りる。嬉々としてこちらを見上げる弟のすぐ横に着地して、彼に触れられる寸前だったアルマを抱き上げた。
片腕に乗せて抱き上げたので、親が小さい子を抱くような状態になってしまったが、アルマを確実に弟から守り、かつ反対の手を自由に使えるのはこの方法しかない。
「やめるんだ、キース。朝も言っただろう。むやみにアルマに触るんじゃない」
「兄さん……だって、あまりに可愛くて……」
頬を染めてそんな事を言う弟。こんなに激しく感情を表す弟だっただろうか。もっと大人びて、猪突猛進な俺の世話を焼く程冷静だったはずなのだが。
ため息をつきたい気持ちをおさえつつ、俺は勢いで抱えてしまったアルマに目を移す。
見るからに華奢だと分かっていたが、驚くほど軽い。俺が訓練で使う剣の方が重いのではないか。バランスをとるためかアルマが俺の首に手を回した為、初めてといえるくらいお互いの距離が近付いている。
小さい。柔らかい。それに良い匂いが……はっ! 俺は今一体何を考えた!?
「アルマ、来るのが遅くなって済まなかった」
「……」
いつものように不機嫌な顔で罵倒されるかと思っていたが、彼女は何か言おうとした口を閉じ、その天使のように可愛らしく整った顔を真っ赤にして更に俺にしがみついてきた。髪からふわりと香るその甘さに意識が持っていかれそうになる。
待ってくれアルマ。俺の心臓が今にも止まりそうだ。
動揺を隠しきれずに目を泳がせていると、にこにこして立っているキースの存在を思い出した。
一気に冷静になった。
そして、アルマがほんの僅かだが震えている事にようやく気づく。
羞恥の為、ではない気がする。
アルマはとても小柄なのだ。犬に懐かれたと言っても飛びかかってくるのが大型犬では脅威だろう。
本人は強がっていても怖いはず。キースにアルマを触れさせるなと、サラだけでなくエステルにも注意されていたのだ。
なのに、こんな目に遭わせてしまった事にズキリと胸が痛む。
もっと、ちゃんと俺が側で守らなければ。
「キース……俺が言っている事、本当に分かっているのか? アルマが可愛い事には同意するが、それは抱きついて良い理由にならない。そもそも、お前のように大柄な男が目の前に立つだけでアルマには圧迫感があるんだ。どうしても話したいならもっと離れろ」
「うん、分かっているよ兄さん」
「……」
本当だろうか。相変わらず弟の笑顔の仮面はアルフレッドに似ていて全く真意が読めない。幼馴染みとはいえ、何故そういう所だけあいつに似たのだ。
「ふふふ」
「キース?」
「やっぱりお似合いだね、兄さん。早くもっと進展してね」
「は?」
意味不明な事を言って、キースが去っていく。言われた内容について考えるが、よく分からない。
進展とは何だろうか。
いやそれよりも、そろそろアルマを降ろした方が良いだろうか。
「アルマ、大丈夫か」
「……」
アルマは何も言わずに俺にしがみついている。ただ、首を横に振られてしまったので降ろせない。
「……今度あいつが何かしたら殴って良い……いや、あいつが近付こうとしたら俺がなんとかするから、すぐに俺を呼んでくれ」
今度は頷いてくれたのでほっとした。
呼び出しくらいの簡単な魔法なら、魔力の弱い俺も受け取れる。
キースは、何故かアルマに対してだけ暴走しているが、俺にとって大事な弟だ。何とか良い関係を築いていきたい。
そう思いながらアルマの背に、恐る恐るもう片方の手を添える。
拒絶はされなかった。
ちょっと補足
弟のキース君は、ちょっとアレな方向に目覚めるくらいアルマが気に入っていますが、それ以上にお兄様が大好きなので、早く二人の恋愛方面を成長させるべく煽っております。




