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ショタのゆくえを探しています

※注意※ ちょっぴり、へんたい がいます

 ライナスには弟がいる。

 サラ情報では、生徒会役員になっていたはずのショタ枠攻略対象だ。現状、何故か私がその役職にいるが。

 私のせいじゃないよな。生徒会に誘ってきたの王子だし。


 と、常々思ってはいたのだが。


「アルマお義姉様」


 ライナスに良く似た、落ち着いたテノール。私の前で止まったその影は、私の視線に合わせるようにすっとその態勢を崩してきた。

 ふわふわした癖のある赤い髪、優しげに細められた、宝石のような赤い眼。


「……ですよね?」

「……」


 初対面の男性にいきなり『お義姉様』などと呼ばれる覚えはない、のだが。

 謎の青年の正体に予想はついたものの、私は答えない。


「失礼しました。お見かけしたら嬉しくて、つい。僕はライナスの弟で、キース・ジェファーソンと申します。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。兄がいつもお世話になっています」


 ジェファーソン。ライナスの名字と同じだ。本人も言っていたけどやはり、ライナスの弟。

 全然ショタじゃないじゃないか。

 身長はライナスと変わらないくらいある。兄より華奢で雰囲気が柔らかいけど、その分目を引く華やかさがある。現に、こうして立ち話をしているだけで道を行く女性たちが視線を送っているくらいだ。


 とても大人びている。本当に弟か。まさかもう一人ショタの弟がいるのか。

 ……いや、ライナスからも名前は聞いてたからな。サラも、ショタ枠の名前はキースだって言っていたし……こんなところにもゲームとの差異が。何故だ。


「こちらこそ失礼いたしました。アルマ・フェルトンです。ライナス様から、お話は伺っています。とても優秀な弟君だと」

「兄様が……いえ、僕なんてまだまだです」


 キースはとても困ったような、複雑な顔になった。ライナスは何かと弟を評価し可愛がっているようだが、キース自身はそれをあまり受け入れていないようだ。


「せっかくなので、このまま少しお時間を頂いても宜しいですか」

「構いませんが……」


 今日は休日。

 サラは病み上がりなので大事をとって部屋で寝ている。ライナスは剣の稽古が終わらないし、エステル様は王子とデート。私は一人で街をぶらついていたところだ。


 特に用事があった訳ではないので頷くと、ごく自然にエスコートの手を差し出された。

 あまり得意じゃないが、仕方ない。ここは従っておこう。


「実は、あちらにおすすめのカフェがあるんですよ」

「カフェ……」

 

 カフェというと、前世では呪文みたいなのを唱えて注文しないとならなかったあれが記憶に残っている。

 幼馴染みに無理やり連れていかれて一回だけ体験したが、幼馴染みと店員に応援されながら何回も言い直しさせられてもう二度と行きたくないと誓った思い出がある。

 そんな記憶もあり、そして実家の領地にそんなもの無かったというのもあり(大衆向けの飲み屋ばかりだ)、実は王都のカフェにも入った事がない。


「あの……」

「大丈夫、任せてくださいね」

「ええ……」


 有無を言わさぬ笑顔はどこか王子と通じるものがある。怖いから逆らわないでおこう。

 キースは私を個室席に座らせた後、さくさくと注文を済ませて戻ってきた。すぐにウェイターが注文の品を持ってくる。早すぎる。これは……キースが上位貴族だと気付いて忖度したな。


「兄は甘党でしょう? だから僕、いつも甘味巡りに付き合わされて」


 お陰で詳しくなりました、と微笑む彼はブラックコーヒーを頼んだようだ。私の所にはラテが置かれる。そして、シフォンケーキが添えられた。


「それで……私に何か聞きたいことが?」

「はは、そんな冷たい対応しないでくださいよ。ただ少し、僕が貴女に聞いていただきたい事があっただけです」

「私に?」

「ええ。僕と、兄の事。兄はあまり、話さないと思うので」


 聞いてはいけない、と私の直感が告げている。だって面倒そうな予感しかしないではないか。


「いえ、私は」

「実は、僕と兄は血が繋がっていないんです」


 おい、やめろ!

 個室とはいえ、そんな重大な事をペラペラ喋り出すな!


「あの、キース様?」

「父方の親戚筋なので血縁であることは事実なのですが……」

「いやだから待って」

「兄は、子が出来ないからと引き取られた養子でした。ところが、その一年後僕が生まれた。以来、兄はずっと養子の長男である事を負い目にしてきました」

「……」


 話を止めるの、諦めた方がいいんだろうか。

 迷う私をよそに、キースはどんどん暴露している。


「第一王子の騎士になると言い出したのもそのせいだと思うんです。家名を傷つけぬ地位を得ようと……努力した結果だと。兄は僕を褒めてくれますが、兄の努力に比べたら僕は……」

「……」

「だから、兄があっさりと家を継ぐ事を放棄して貴女と結婚したいと言い出した時、僕は心から祝福したいと思ったんです。やっと、兄はこの家から解放されると」

「ふざけるな」

「え?」


 つい暴言を吐いてしまったが、出てしまったものはしょうがない。私は静かに呼吸を整えてから、目の前で固まっているキースを見やった。


「ライナスが王子の騎士を目指したのは家の為じゃない。その程度の奴を側に置くほど王子は愚かじゃないし、そんな理由であれほどの信頼関係を築ける訳がない。ライナスが努力したのは純粋に王子の為、そして彼自身の為だ」

「けれど」

「ライナスは、家に縛られていると自分で言っていたか? 養子であることを気にしていると、言っていたか? 解放されたいと?」


 キースは困ったように黙りこんでしまった。不安げにさ迷う視線が、行き場を失って手元のコーヒーカップに落とされる。


「ライナスは隠し事が出来ない男だ。彼にも少なからず矜持があるとして、それでもつらければつらいと正直に言葉にするはずだ。信頼している相手、ましてや家族が相手ならば。きちんと、正面から向き合っているはずだ。違うか?」

「……」

「あなたはライナスの人生を悲劇的に表現することで、あなた自身を守っていただけ。負い目を感じて生きてきたのはライナスじゃなく、あなたの方だ。あなたのその思い込みは、誰よりもライナスを侮辱している。ライナスはあなたが自慢の弟だと常々話している。それは決して嘘ではなく、そこに僻みなんか一つもないと、あなただってわかっているはずだ」


 そういうと、キースは弾かれたように顔を上げる。そして、すぐさまその綺麗な目から次々と水が溢れてきて、私は文字通りぎょっとした。

 え、泣いた!?


「えっ」

「うぅっ……僕……うわあああああんっ」


 幼児かっ!!

 と、突っ込んだらますます泣きそうだったので、私はかける言葉を失ってただただ呆然と立ち尽くすのみだ。

 いやだって、どうすればいいんだこんなの。

 とりあえずハンカチでも差し出したら良いのか。


「フェルトン、ひとつ貸しだからね」


 さらりとして、それでいて気品ある声が、ギャン泣きで占められていた空間をあっという間に制圧する。


「キース、ほらケーキですよ~」

「むぐっ……もぐもぐ」


 現れたのは王子だった。キースの口元に、エステル様がシフォンケーキを押し込んでいる。問答無用の押し込みだが、キースお前、なんて羨ましい。


「殿下、何故こちらに」

「隣の個室にいたんだ。意外な組み合わせだったから少し気になって……ごめんね、全部聞こえてた」

「いえ、助かりました」


 話が筒抜けなのは個室が個室の役割をしていないからなのか、王子が王子だからなのか知らないが、助かったのは事実だ。

 ただ、大事なデートの邪魔をしてしまったという事実も同時に存在しているので非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ああ、だから貸しになるのか。何で返せば良いのかさっぱり予想がつかないけど。


「うぅっ。兄様はいつも……僕には良い子でいろって言うの、でも、僕、ぼくは……!」

「キースはライナスお兄様が大好きですものねえ~」


 噛み合っていない気もするが、エステル様はどうやら扱いに慣れているようだ。そう言えば、王子とエステル様は勿論、ライナスたちも皆幼馴染みだと聞いている。当然ながらキースの事もよく知っているのだろう。

 泣いて愚痴るキースを宥める彼女は、女神のように微笑んでいて尊い。拝みたい。


「おおむね、君が怒ってくれた内容には賛同するよ。ライナスの事も、キースの事もね。この兄弟はお互いが一方通行なんだと思う。ある意味似た者同士だよね」


 そうだろうか、と私は首を傾げる。

 キースとは初対面だし、ショタというゲーム情報しか知らなかったので分からない。見た目はゲームと全く違うが、中身はショタというより、まだまだ子どもなのかもしれない。

 王子はくすりと笑って続ける。


「一つ訂正すると、ライナスも一人で悩んでいた時期はあったよ。自分は跡取りにふさわしいだろうか、ってね。でも、悩む暇があるなら強くなろうって振り切ってしまったから、今の彼がある」

「それは、なんというか……」


 もはやそれは、私が知っているライナスそのものでしかない。


「君と出会って、ますます剣技に磨きがかかってきたね。君は頭がキレるから、手足となれるだけの強さが欲しいんだって」

「……」

「ふふ、顔真っ赤だよ、フェルトン」


 うるさいこの腹黒王子めが。

 何か言い返さなくてはと口を開きかけた私だが、覚えのある足音が聞こえてきたのでそちらに意識を向ける。


「アルフレッド! 火急の用件とはっ……アルマ?」


 王子を呼び捨てながら入ってきたのはライナスだった。時間的にはまだまだ稽古の最中のはずなので、確実に王子に呼び出されたのだろう。

 汗だくで息を切らせている彼は、室内に王子と私、そして泣いている弟と、それを宥めるエステル様がいることを確認して、改めて首を捻った。状況が理解できなかったようだ。


「アルフレッド、これは一体……キース、なぜ泣いている? どうしたというんだ?」

「兄様……」


 とにもかくにも、泣いている弟の事が気になったのだろう。ライナスが近づくと、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、キースが顔を上げる。兄を見上げる視線は純粋そのもので、本当に彼を慕っているのだとよく伝わってくる。


 まずい。

 私が泣かせた事がバレてしまう。いや、ごまかしようのない事実だけど虐めの現行犯はまずい気がする。

 逃げようとした私の肩に、ぽん、と手が置かれる。王子の手だ。横目でちらっと確認したがとても楽しそうに笑っている。なんて真っ黒な笑顔。見なきゃ良かった。


「あのね、兄様……僕……アルマお義姉様に……」

「アルマに?」


 目をそっと伏せるその様子は儚げで、泣いたせいで赤く染まった頬や唇が、悩ましいほどの色香を放っている。

 その目が、また真っ直ぐ兄に向けられた。


「お義姉様に叱って貰ったの!」

「……」


 沈黙が落ちた。

 キースだけが、純粋に兄を見上げてにこにこしている。

 否、にこにこではなく、なんだかハアハアしている。


「……なんだって、キース?」


 ライナスは、やはり理解できなかったようだ。

 私の横にいる王子は、私をガン見している。そんなに見られてもなんでキースがああなったか私の方が聞きたい。あと逃げたい。頼むから逃げさせてくれ。


「僕、両親にもあんなに叱って貰ったことなかったから、すごく嬉しいの……ハアハア、こんな気持ち、はじめて……!」

「……?」


 やめろ。そんな不思議そうな目でこっちを見るなライナス。何を聞かれても私は答えを持っていないからな!

 そんな私の無言の抵抗が伝わったのか、ライナスは再び弟に向き直った。


「ええと……嬉しかったんだな?」

「うん。それに、兄様の事をすごく褒めてくれた! それもすっごく嬉しかった!」

「……」


 だからこっちを見るなライナス。ニヤニヤするな。

 あと王子もいい加減肩を掴むのを止めてほしい。逃げたい。


「アルマお義姉様ってとっても素敵なひとだね、兄様!」

「ああ、そうだ。お前も分かってくれてなによりだ」


 全然なによりじゃないんだが。明らかに喜び方がおかしかっただろうが。

 おい、手を取り合って微笑みあってる場合かそこの兄弟!


 白目を剥きかけた私の側に、弟の近くで兄弟のやり取りを見守っていたエステル様がやってくる。

 お陰で、やっと王子が肩の拘束を解いた。


「ふふっ。キースに懐いてもらえて良かったですわね、アルマさん」

「はい、良かったです!」


 王子がじっとりした視線を送ってくるが知った事ではない。

 女神様がそう言ってるんだから笑顔で頷くしかないではないか。


「ね、殿下もそう思いません?」

「うん、そうだね! とても良かったよ!」


 王子だって即答じゃないですか。

 完璧な王子スマイルで婚約者様と微笑みあった後、彼は一瞬だけ私を見る。


『忘れよう』


 と、その目は言っていた。

 そうですね、出来れば私も忘れたいです。


「お義姉様、今度はうちに遊びに来て下さい! 一緒にお菓子パーティしましょう!」

「キース! そんなにじゃれついてはアルマが潰れてしまう!」

「ハアハア、小さくて可愛いのにカッコいいお義姉様素敵……ねえ、もっと叱ってください!」


 ……手遅れな気がします。


 そんな思いを込めて王子に視線を送ると、彼は婚約者様の目をそっとふさいで部屋を出ていこうとしているところだった。

 ですよね。私がその立ち位置でも迷わずそうします。


 いや、そうじゃなくて!

 助けて! 貸しいくつでも構わないから助けて王子!


 願い叶わず、無情にも、王子たちは個室を出ていく。


「くっ……なんでこうなった!?」

「ハアハア、お義姉様……」

「キース、突然どうしたと言うんだ!?」


 ちなみに、ジェファーソン家の執事が、大型犬と化したキースを回収して行ったのは、それから一時間ほど後の事だった。


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