憧れと親友②
生徒会室に入ると、王子の心配そうな目に迎えられた。
「大丈夫なの?」
「ただの風邪ですから、寝てれば治ると思います」
「彼女もだけど、君もだよ。手伝うことある?」
「…………いえ」
王子が動けば早いだろうが、それでは私の報復にならない気がするし、別の問題が発生する。
目を伏せかけた私の視線に入り込むように、王子の横にいたライナスが進み出てきた。
「アルマ。俺はどこまでも付いていく」
「……うん」
ライナスはサマーパーティー以降、随分と強くなった。剣術だけで言ったら、元々の才能や体格差もあって私も勝てないくらいには強い。そして何故か私の父と文通して仲良くなっている。解せぬ。そもそもそんなに盛り上がる程何を話しているのか。
サラを狙った『何者か』は、相当な魔法使いだと思われた。回収した時計に何か残っていないか確認したが、魔力の残滓は無かった。
懐中時計を何故回収出来たかと言えば、あれには私にだけ位置が分かる機能が付いているからだ。まさか使う事になるとは思わなかった機能だが、つけておいて良かった。位置さえ分かれば、引き寄せ魔法という便利な魔法が使えるのだ。
そして、位置が分かったおかげで犯人の特定ができた。
「……殿下、ひとつだけ宜しいですか」
「うん、何?」
「私は今回の事にとても怒っています。徹底的にやるつもりです」
「……良いよ。ただ、後々の事は少し考えてね。あと、これあげる。せめてこれくらいはさせてよ」
「分かっています。ありがとうございます」
相手が相手だし、死ななければ、死んだ方がマシなくらいやって良いって事ですよね。
そう解釈して、私は王子が差し出してきたそれをありがたく受け取る。
「うーん……分かってるかなぁ?」
「絶対に伝わってないな。フェルトンの徹底的がどれ程か考えるのも恐ろしい……」
「ちょっと可哀想になってきた……自業自得だけどさ」
私はとても怒っていた。
なので、私が出ていった後、生徒会室でそんな会話がなされていたのを、私は知らない。
サラは、私を通して生徒会役員と面識があり、第一王子の婚約者であるエステル様も気にかけて側に置いている。
サラを敵に回す事はエステル様を蔑ろにするという事。つまり第一王子を敵に回すという事。
そんな風に、周囲が認識するように見せてきた。実際、もう見せかけではなくなっている。入学式当初と比べると最近は、周囲から遠巻きにされる事が少なくなった。
馬鹿なので、敵意はないものの迷惑をかけてしまう事も多々あるが、エステル様の庇護の下、ずいぶん色んな人に助けてもらっているようだ。
だというのに、そのサラに誰かがこうして仕掛けてきた。
犯人の候補はいくつかあった。だが、そのほとんどは第一王子の不利に働くような事をする相手ではないし、バレた時の報復の凄まじさを想像できる相手だと思う。
だから、犯人は『彼』しかいない。
校舎を出て、とある方へと向かう私の後ろで、ライナスもそれに気付いた。
「第二王子、か」
私は無言で頷いた。
学園内には寄宿舎がある。我が家は王都内にタウンハウスがあり、私はそこから通っているが、皆がみな、そうやって通う訳ではない。
この先にある屋敷は、敷地内に建てられた、学園に通う王族専用のもの。
ちなみに、第一王子は城で仕事をする為、城から通っている。
この第二王子は、城を出されてこの屋敷に引きこもって以来、外に出てこない。
この国では、未だに王太子が定められていない。それは、第一王子とほとんど同じ年齢でありながら第二王子と呼ばれる彼の立ち位置が不安定だからだ、と言われている。
双子ではなく、異母兄弟である。その生まれの差は半年ほど。学年で言うと彼は一つ下になる。
第一王子の母はもちろん王妃である。だが、王妃は彼を産んだ後、ほどなくして亡くなった。
その直後発覚したのが第二王子の存在だった。
この国は側室を作らない。だから、王は彼を第二王子とし、その母を新たな妃として迎えた。
もちろん私も当時は赤ん坊だったのでこの目で確かめた訳ではないが、この状況は新王妃が前王妃を殺したのだとか、王が愛人を王妃にしようと計画したのだとか、そんな噂を立てられて、相当な騒ぎだったらしい。
そして、騒動の真ん中にいた当時赤ん坊の第一王子と第二王子は、幼い頃から徹底的に引き離されて育てられた。
今でも仲が良いとは言えないようだ。
それに、真っ直ぐとは言い難いが優秀に育った第一王子に対し、母から甘やかされまくった第二王子は、我儘と権力が服を着ているようなもので、とてもではないが王族として外に出せる状態ではないらしい。
それでも、この国に生まれた子の規則であるため学園に籍は置いている。学園の敷地内に用意された屋敷から出てこないのは、本人の意向というより、王族の醜聞を増やさない為の措置だと、私は考えている。
実はこの学園、勉学はあまり重要視されていない。そもそもたいていの貴族は、それまでに必要な教養を身につけている。だから、三年間籍を置いていさえすれば卒業資格を得られて社交界デビュー、つまり成人と認められる。ここは勉学の場というより、プレ段階で貴族の集団社会生活を体験する場なのだ。
それで、話が少し前の王太子の問題になるのだが、第一王子が王太子になるのはほぼ確定しているけど、そうなった時、この第二王子はどの立ち位置にするのかという話になって止まってしまうらしいのだ。
このまま王子として城に留まらせるのか、それとも新たな爵位と共にどこかの土地を与えるのか。どのみち、王妃が許さないであろうが。
「この先に何か用か?」
「そうじゃなければ参りませんね」
一人で歩いてきた私に、門の前に立つ騎士の男が冷たい視線で問いかけ、私は即答した。男の警戒の色が濃くなる。
「第一王子から手紙を預かってきました。直接渡すよう申しつかっておりますので、通していただけますか」
そう言って、私は二通の手紙のうち、一通を渡す。
先程第一王子から貰ったものだ。渡した方には、私が今言ったように私が直接第二王子へ手紙を渡す必要がある旨が書かれている。そして、第二王子への手紙の内容を改める事を禁ずるとも。
「……良いだろう。だが、この事は陛下へ報告する」
「どうぞ。では通りますね」
「待て。報告して許可を得てからだ」
この程度の足止めは想定内だ。
私はふふん、と鼻で笑ってやった。
「ではいつ通れるんです?」
「許可が出たらだ」
「で、いつ」
「だから、許可──ガッ!?」
私と話している間に騎士の死角に回ったライナスの一撃で、男が昏倒する。死んではいない。多分。
私は怒っているんだ。どんなに足止めされようとも力ずくで押し通るに決まっているだろう。想定内の反応をするからこうなるんだぞ、大人しく寝ていなさい。
「……さすがに後で咎められないだろうか」
「大丈夫だろう」
あの騎士にライナスの姿は見えていない。何で倒れたか思い出そうとした時に上がるのは私の名前だけだ。ライナスが咎められる事はない。
ライナスが何か言いたげに私を見ているが、生憎時間がない。私はどんどん中へと押し入った。
扉の前にいるやる気ゼロの見張り騎士も一蹴し、通り抜ける。中にいたメイドたちは私とライナスのひと睨みで震えて動かなくなった。
何を聞いても悲鳴しか上げてくれないので、仕方なく、あちこち扉を開け放しながら中を捜索する。最も大きい扉を開けて入ると、ようやく探し人に行き当たった。
第一王子よりも濃い、伸ばしっぱなしでウェーブがかかった金髪。海のような青い目。この描写だけなら美形を想像してしまうかもしれないが、頬の輪郭は頭の径より大きいと思う。体の横幅は一番大きいところで頭五つ分くらいはある。
前世で言う相撲の力士のような、と例えると力士の方に大変失礼なので、丸みを帯びた三角形の脂肪の塊と言えば伝わるだろうか。それがソファに座り、両手に甘味や肉を持ってむしゃむしゃ口を動かしている。
入ってきた私たちに、第二王子は警戒の欠片もない様子で目を瞬かせた。
「なんだぁ?」
「オスカー第二王子」
「うまいもん持ってきたのかぁ? それとも俺様のオンナになりに来たのかぁ?」
成る程、話を聞かない系か。語尾の上がり方がいちいちイラッとくるし、やたらと艶やかな髪を何回もファッサファッサかきあげてるのもなんかすごく腹が立つ。
とても殴りたい。いや、そもそも殴りに来たんだから殴って良いよな。
懐中時計はこの屋敷から出てきた。誰かが彼を犯人にする為に仕掛けたとも考えられたが、実際目の前にしてみると、噂以上に、そんな事をする程の相手では、ない。
「照れなくて良いぜぇ? その金髪は気に入らないけどぉ、お前なかなか可愛い顔してるしぃ、体も俺様好みの薄」
「歯ァ食いしばれ!!」
「ぶるああっ!?」
巨体が吹っ飛んでいった。派手に床を転がっていくのを眺め、私は満足して拳をほどく。
勿論、手加減無しである。
壁に当たって動かなくなったが、気絶しているだけだろう。大丈夫、死ななければいくらでも誤魔化せる。
なんなら、痛みだけ残して痣を消すのも朝飯前だ。昔、父にこれでもかというほど治療魔法を使わされて、ムカついて試した事がある。
「アルマ……」
「今のうちにそこのソファに乗せる。手伝って」
「…………わかった」
ライナスはものすごく何か言いたそうにしていたが、最終的に何もかも諦めた顔で巨体に近づいていった。
フェルトンがサラさんの報復へ行った翌日。わたしはライナスからの報告を受けていた。
異母弟とは、数える程しか会った事がない。色々な報告は入っているけど、彼はわたしに対して無関心みたいだ。義母はものすごく敵視してくるけれどね。
「これがその……」
「ああ」
『殿下に言われたいセリフ300』
ああ、これは本のタイトルだよ。巷で流行ってるんだって。この殿下というのが誰の事か考えたくもないけど、チラッと読んだだけで胸焼けしそうになるほど甘いセリフが並んでいた。どこで使うんだろうこんな気障なセリフ。無理だよ。使い所を一秒でも間違えたら空気が凍りついて恥ずかしくて死にそうになるやつだよ。
……本の内容はさておいて。
今、フェルトンが何をしたか報告してくれてたんだけどね。
別筋からの報告とそんなに変わらなかったかな。
フェルトンが部屋に入った瞬間、結界が張られたらしくてその間の事が分からなかったから聞いたんだけど、少々強引に話し合いをして、異母弟の腕に呪いの腕輪なるものを取り付けたんだそうだ。
少々強引な話し合いとやらの詳細が知りたいけど、彼は怪我一つしてなかったようだし、ライナスも何も言わないから、一応殴ったり蹴ったりは無かったという事になるのかな、怪しいけど。そもそもフェルトンだったらパッと見で分かるような所に痕残さないと思うし。うーん、バレなきゃ良いんだけど。よし、わたしは何も気づかなかった事にしておこう。
で、フェルトンが言うには、彼は先程の『殿下に言われたい……』を毎日音読して、その後百回書き取りして、最終的に走り込みしながら内容を全て暗唱できるようにならなければ、一ヶ月後に虫になってしまうんだそうだ。
「……怖い呪いだね」
「そうだな、とても……」
フェルトンがいない、男だけの生徒会室に沈黙が落ちる。
フェルトンはサラの看病がしたいって早々に帰ったんだ。彼女って言動はあまり素直じゃないけど、こういう友達想いな所は本当に可愛いよね。前にその友達階段から落としてたような気もするけど。きっと彼女なりの愛情表現なんだって、今では思ってる。本当だよ。
室内の静けさを破ったのはエリオットだった。
「本当にそんな呪いの腕輪があるの? 聞いた事ないんだけど……」
魔法使いの彼にとって、大変気になる事なのだろう。
わたしは頷いた。
もしも存在したとして、腕輪にそんな複雑な呪いをかけられる魔法使いがこの国にどれほどいるだろう。呪いの魔法は闇属性だ。仮にフェルトンが作ったとして、かたくなに教えてくれないけど彼女は闇属性じゃない気がするし、彼女の周囲に闇属性の魔法使いはいないはずだ。
そもそも、闇魔法使いは光魔法使いと同じく大変希少な存在だから、王家で把握している人たちは厳重に保護している。接触者がいたという報告は受けていない。
「そんな腕輪無いと思うよ。ねえ、ライナス。フェルトンはこう言ったんじゃない? 『こちらは呪いの腕輪と呼ばれています。それから、貴方はこの本を毎日音読して百回書き取りしてください。そして、一ヶ月後に走りながら内容が言えるようになってください。出来ないと虫になりますよ』」
「……そう、だな。そんな感じだった」
「? どういう事?」
エリオットが首をかしげ、マックスが眉間を押さえている。マックスは気がついたみたいだね。
「あのね、フェルトンは呪いの腕輪のせいでこの恐ろしい本を読まなきゃいけないと明言してる訳じゃないんだよ。虫になる云々も適当に言ったんじゃないかな。そう言っておけば必死になるでしょう?」
「あ……」
我儘放題で育っているけど、彼は魔力の保有量とか、新しい魔法を生み出す才能とか、結構すごいんだよ。新しい魔法と言っても、自分が一歩も動かないで欲しいものを動かす為に生み出した引き寄せの魔法とか、自分が楽する為のものだけど。
だからたぶん、潜在能力はある。やろうと思えば何だって出来ると思うよ。この本を熟読せざるを得ない彼は、内容をどう感じるんだろう。案外気に入ったりするのかな。どうしよう、一ヶ月後にこの本に載ってるセリフだけで語彙が形成されてたら。想像もしたくないなぁ。
とにかく、フェルトンを本気で怒らせちゃいけないって事はよく分かった。
「……結局、彼はなんでサラさんを狙ったのか、言ってた?」
これまでの素行からして何となく想像はつくけど、一応聞いてみる。ライナスはちょっと言い辛そうに視線をさ迷わせた。
「ああ……入学当初、一度だけサラがあの屋敷に迷いこんだらしい。その……こ、好みの……か、からだつきを……している、と……」
「なるほど」
「それで、使用人にサラの事を調べさせたら、彼女が大事にしている時計の存在を知り……もしや他の男からの貢ぎ物ではないかと疑い憤って取り上げたそうだ。まあ、途中で時計があまりに頑丈な事に気付いて普通に欲しくなったとも言っていた」
盗みとか、しょうもない事が実行出来るだけの魔法の才能を持ってるのが本当に問題なんだよね。
マックスが深い溜め息を吐いて、エリオットも呆れた顔で背もたれに身を預けている。
「くだらん……」
「はあ~、本当にね。その時計って、ライナスも持ってるあのすごいやつでしょう?」
「そうだ」
ちなみにわたしも持っているし、マックスもエステルも持っている。エリオットは、受け取った瞬間分解して分析しそうだったので一旦取り上げられていた。おそらく、絶対に分解出来ないくらい強化してから渡すつもりなんだと思う。エリオットはとても楽しみにしているみたい。万が一壊して喧嘩にならないようにね。
「サラさんについて調べたなら、フェルトンの事も報告されてただろうに……昔から興味のない話は一切聞かない子だったけど、変わらないみたいだね」
「そのようだ。報告は以上だが、問題ありそうか?」
「ないよ。ありがとう。陛下にもきちんと報告しておくから、安心して」
思いがけず、サラさんとフェルトンのお陰で異母弟に灸を据えられそうだ。風邪を引いてしまったのはかわいそうだけどね。
「そう言えば、サラさんにお見舞いの品、贈った方が良いよね」
「アルマに頼まれて、これから買い出しに行くところだ。ついでに何か買ってこようか」
すっかりフェルトンに使われてるね。
でもライナス、彼女の名前を呼ぶ度に幸せそうに笑うんだよ。話の流れで今まで見たこともないような微笑みを向けられた時は、さすがのわたしもどう反応すれば良いか分からなくなった。
このまま二人がうまくいくと良いなぁ。
「せっかくだから一緒に行こうよ。二人もどう?」
「見舞いか……プリンがうまい店はあるか?」
「良いところ知ってるよ! 案内するね~!」
各々、机に出していただけの書類をさっと棚にしまい、わたしたちは連れ立って部屋を出ていく。
という訳で、今日はもう生徒会室は開いていません。御用のある方は明日以降、改めて来てね。




