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憧れと親友①

一話目はちょっと暗いかもしれません。

 

「誰ですかそれ?」


 黒髪眼鏡の地味少女から発せられたその声は氷のように冷たく、周囲の空気を凍らせるのに十分な威力だった。


「しらばっくれないでよ! 三ーBの高橋くんよ! あなたがこの前高橋くんに言い寄ってたの見た人がいるんだから!」


 三年生と思われる美人。すごい剣幕で、少女から立ち上っている殺気に全然気づいてないようだ。

 止めるべきか。いや、止めに行ったらこちらが殺されそうだ。

 固唾を飲んで見守るクラスメイトたちをよそに、少女はため息混じりに美人な先輩をみやった。


 良く分からないけど、言っている内容から察するに、この先輩は自分の恋人に彼女がちょっかいを出したと決めつけてこの二年のクラスまで乗り込んできた、という事だと思われる。

 女の嫉妬って怖い。


「一応確認しますがこの前っていつですか? 何月何日何時何分、場所は何処ですか?」

「あ、あんたね! 生意気な」

「ちなみに、私は昨日の夕方、イギリス留学から帰って来たばかりなんですけど」

「えっ」


 クラス中が、そうだよなあ、という、生温い空気になる。彼女は留学から帰ったばかりで、時差ボケしながら、朝自己紹介をしてくれたところだ。本当は、もう少し早く帰って来れる筈だったらしいんだけど、天候不順でギリギリになってしまったんだそうだ。

 彼女の事は留学前の一年生の時から知っているけど、大人しくていつも一人でいるところしか見てなかったから、あんなに冷たい声が出るとは知らなかった。


 先輩は後ろにいるオトモダチと視線を交わしあい、きょどきょどしながら少女に目を戻す。


「そ、そうなの……人違いだったみたい、じゃあ、私これで」

「何帰ろうとしてるんです? 謝罪がまだですけど?」

「え、あの」


 別に彼女は手を出したり声を荒げたりしている訳ではない。けれど、迫力が凄かった。なので、先輩方も思わず立ち止まってしまったようだ。

 元からそういう性格だったのか、それとも留学中に何かあってそうなったのか、とにかく怖い。

 間違いない、キレてる。


「眠いの我慢して登校して、少しでも時間があれば有意義に使おうと思っていた私の貴重な時間を勝手に潰して訳のわからない言いがかりつけてきて、謝罪も無しに終われるとでも?」

「あ、あの……ごめ」

「形だけの謝罪は要りませんよ。ちゃんと反省してから、誠心誠意謝罪していただけます?」

「えっと」

「だいたい、あなたの恋人だかなんだか知りませんけど、言い寄られていた? それで男の方に確認もせず、相手もろくに確認もせず、よくこんな所まで乗り込んできましたね。自分が馬鹿だって事を全力で体現してますけど、恥ずかしくないんですか?」


 先輩はもはや涙目になっている。しかし、クラスメイトも先輩のオトモダチも、止めに入るタイミングが分からない。

 ごめんね、先輩。


「あなたがその程度だと、こんな馬鹿な女と付き合ってるそのタカハシって人も、程度が知れますよね」

「なっ」


 自分と自分の恋人を馬鹿にされて、さすがに先輩の表情に怒気が見てとれた。


「だってそういう事ですよ。あなたがその人の名前を出しながら馬鹿な行動をすれば、その人の評判も下がるのが当然の流れでしょう。高校三年生にもなってそんな事も分からないんですか? 学校に何しに来てるんですか? 受験勉強大丈夫ですか? 小学校から勉強やり直しますか? ああ、もっと前から?」


 もう止めてあげて!

 先輩は結局何も言い返せず、涙を堪えてふるふるしている。

 言い負かしている彼女は全く悪びれていないのだけど、見ているだけになってしまったこちらはとてつもなく気まずい。


「ねえセンパイ? 謝罪もしないで泣いてるだけなら邪魔だから」

「コラッ!! 何でお前はそう喧嘩っ早いんだ!!」


 バシィッ!!


「いったぁ!!」


 廊下を走ってきて、少女に向かって躊躇いなく拳を振り下ろした第三者。手も足も出せずにいたクラスメイトたちからしたら魔王に挑む勇者そのもの。暗く凍りついていた世界に暖かな希望の光が差したような気がした。


「すみません、先輩。こいつ今時差ボケで眠くてですね、ちょっと手加減出来ないみたいでして、あの、後でよく言い聞かせておきますので」


 ちょっと?

 あれでちょっと? 嘘でしょ?


「い、いいの! 私が全部悪いの! ご、ごめんなさいー!」


 先輩方が足早に去っていく。

 そして、眠くてしょうがないらしい魔王様は、叩かれた衝撃で落ちた眼鏡を拾い、歪みがないか確かめていた。眼鏡してないと、すごく可愛い顔をしているのが分かる。めちゃくちゃ美少女じゃねえか、誰だよ地味少女って言ったの。俺だ!


 彼女の横では、教室内に向かって勇者が九十度に腰を曲げている。


「こいつがすみませんでした! あ、俺こいつの幼馴染みなんで……こいつが暴走しそうになったらいつでも呼んで下さいね! 隣のクラスですから!」


 この人マジで勇者じゃねえか。

 感動にうち震えるクラスメイトたちを、魔王様が不満げに見上げる。


「失礼な。敵意のない人には噛みつかないし、クラスの人たちは……身内だと思ってるから……何もしないもん」

 

 そう言って頬を染める魔王様がとてつもなく可愛く見えてしまい、思わず胸を押さえるクラスメイトたち。


「だから、みんなも誰かに何かされたら言ってね! 私が全力でやり返してあげる!」

「止めてください!!」


 クラスの気持ちがひとつになった瞬間だった。





 お兄ちゃんがしてくれるこの話が大好きだった。

 生まれた時から病弱で、ベッドからほとんど出れない私は、小学校も、中学校も満足に通えていない。だから、学校生活というものがわからなくて、憧れていた。

 だから、学園モノ、という絞り方でお兄ちゃんは、いろんなゲームを買ってきてくれた。あんな内容だとは思ってなかったんだろうけど、『成り上がれ!』も、その中の一つだった。そしてそっち界隈をよく知らないのを良いことにネットで見つけた同人誌もいっぱい買ってもらった。最後の方はお兄ちゃんも若干目覚めてた気がするけど。


 そんな感じで入退院を繰り返しながら、ゲームや話で、学園生活を想像し続けてた。


 中でも、高校の頃お兄ちゃんのクラスにいたその変わった女の人の話題はとても面白くて、お兄ちゃんが新たな話題を持って来るのが本当に楽しみだった。

 強くてかわいくてカッコいい女の人。私の憧れ。

 私も、そんな風に生きてみたかったから。

 少しでも、彼女の生き方に触れたくて、何度も何度も、話をせがんだ。

 でも、その話題はある日唐突に終わった。


「……え?」

「飛行機事故で……亡くなったんだ」


 世界はなんて残酷なんだろう。

 今思えば、お兄ちゃんにとっても彼女は大切な人だったんだ。じゃなければ、いくら妹が気に入ってるからと言って、卒業して何年も経ってるのに、あんなに生き生きと誰かの話をするなんてする訳がない。

 彼女がこの世から居なくなって、私たち兄妹は、彼女の話を一切しなくなった。

 体にぽっかり穴が空いたみたいに無気力になった。

 それからの私は、大好きだったゲームも興味がなくなって、生きる事も何もかも興味がなくなって、そして──


 気が付いた時にはこの『成り上がれ!』の世界に生まれ変わっていた。


 前世がどんな最期だったか、思い出せない。

 お兄ちゃんは、大丈夫だろうか。

 お父さん、お母さん。ずっと心配していてくれたのに、我儘ばっかりで感謝の言葉一つ言ってあげられなかった。きっといっぱい傷つけていたと思う。


「……ごめんね」


 ぽつり、零れ落ちてしまった謝罪の言葉。届かないと分かっていても、言わずにいられなくて。


 ごめんね。ごめんなさい。

 たくさん、たくさん、貰っていた気持ちに何一つ応えられなかった。


 涙が溢れる。

 その目元へ、突然無造作に冷たいものが乗せられて、私はびっくりして声を上げてしまった。


「ひぇっ!?」

「それは何の謝罪だ?」

「……アルマ?」


 おでこを冷やす為に乗せてくれたらしい布をずらすと、仏頂面のアルマが腕組みして立っていた。


「その『ごめんね』は、夏だからと言って噴水に飛び込んだ上、着替えもせずに街を走り回った結果、熱を出した誰かを看病させられる事になった私への謝罪か?」

「あう……」


 合金で出来てそうなくらい丈夫な体だから油断してたんだよね。まさかあれで風邪引くなんて……夏だからじゃないって信じてる。信じてアルマ。馬鹿だからか、とか素のトーンで呟かないで!


「とにかく寝てるように」

「ごめんね……」

「反省のない謝罪は要らない」

「で、も……」


 言いかけて、やっぱり言えなくて、わたしは結局布団を被って誤魔化す。

 きっと、全部熱のせいだわ。

 風邪が治ったらもう一度やれるとこまでやって、それでダメなら謝ればいいのよ。

 よし、まず風邪治そう!


「……サラ」


 アルマ、わたしは今寝ています!

 話しかけてはいけません!


「はぁ」


 なんて重いため息。もしかして、バレてるのかしら。呆れられてるのかな。見捨てられたらどうしよう。


 恐怖と気まずさで目を開けられないわたしの瞼の向こうが、急に明るくなる。と言っても、眩しいほどじゃない。熱の熱さを飛び越えて、やわらかな力が染み渡るように体を巡っていく。


 これ、光魔法だわ。

 アルマ、治療してくれてるの?

 学園内で使うと周りに自分が光属性なのバレそうだから使いたくないって、言ってたのに。


「アルマ……」

「安静にしてろ。無理やり熱を取り除いただけで、体は疲れたままだ」

「うん……ありがとう」


 アルマの持論だけど、どんなにすごい回復魔法でも、睡眠による自己回復には勝てないんだって。

 でも、熱がない分、体が随分軽く感じる。これならゆっくり眠れると思う。というか、すごく眠い。回復ついでに睡眠効果の魔法でもかけられたのかな。

 私が微睡んでいるのを確認したのか、ゆっくりと、私のおでこから手が離れていく。

 コトリと、サイドテーブルに何かが置かれた音もした。何だろう。


「……お前はもう身内みたいなものだ。だから……ちゃんと私がやり返しておく。ゆっくり休め」

「…………アルマ!?」


 眠気が一瞬にして消滅して、私は飛び起きた。

 アルマはもう見当たらない。追いかけようと動き始めるけど、やっぱり体が疲れているみたいでうまくいかない。

 そして、ベッドサイドのテーブルにあるものを見て、確信した。


 アルマから貰った、懐中時計。

『誰か』の悪意で、盗まれて噴水に投げ入れられてしまった、私の宝物。

 なんとか取り戻そうとしたのに、私が噴水に入った途端、魔法でまたどこかへ転送されてしまった。

 犯人を探して街中走り回って、それでも、馬鹿な私には何も出来なかった。


 懐中時計を手にとってみる。水に浸ったのだから普通なら壊れているだろうけど、アルマ特製のこれは、ちょっとやそっとじゃ壊れない。

 モンスターに踏まれても壊れない強度と、数時間水に浸しても壊れない耐水性があるらしい。拘りすぎだと思う。でも、そんな拘りの逸品をなんでもないようにプレゼントしてくれたのが、とても嬉しかった。


「ふ……うっ……」


 懐中時計をぎゅっと握りしめて、私は堪えきれずに嗚咽をもらす。

 

 全部、バレてた。

 それに、それに。


「お兄ちゃん……ここに、いたよ……!」


 普段の言動からうすうす感じていた事だった。

 アルマはきっと『彼女』だ。

 前世の私の、憧れだった人。


 今は、大好きで大切な、大親友。








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