なんのことだかまったくぜんぜんわからないです
「さて、どういうことでしょうか」
「なんのことでしょうか」
眼鏡ごしに、上品な仕草でコーヒーに砂糖を入れていく女性を見る。
彼女の名前はハイネさん。この国の第六王女で身分を隠してお嬢様たちと一緒に学園に通っているお方だ。
ちなみに現在買い物に出かけるのでお嬢様からその護衛をするようにと命令されて行動している。
執事としてお嬢様から離れるのは仕事上まずいのだが、お嬢様が室内でおとなしくしている時に買い出しや本家への連絡もしているので普段からつきっきりというわけでもないのも事実。
つまり口実としては問題ないのだ。
……多分目の前のいる王族の策略だろうなぁ。
おみくじかアミダかジャンケンか何かで決めたのかは知らないが。昨日デートコースが云々と声が聞こえていた時に彼女もいたので一枚噛んでいるに違いない。……参加人数はこの際気にしないことにしようか。4人パーティなのにお嬢様と王族以外にも参加者がいるなんて思えないしな。うん、きっと大丈夫。
「聞いてますか?」
「昨日、領主様のところに衛兵が訪ねて行った件ですよね」
「いいえ、領主のところに近衛兵が突撃した件ですね」
ジロリ、と上品な仕草の中に問い詰めるような視線が交じる。
「はぁ……昨晩、領主の館から少女の悲鳴が聞こえました。不思議なことに遠くまで響き渡るような声で」
その声の正体は昨日召喚したバンシーだろう。
バンシー。泣き女とも言われるレイス系の魔物だ。
曰く、少女の姿をしている。
曰く、その叫びは周囲に響きどんな眠りでも覚ますという。
ちなみに地球の伝承では叫びを聞いた家から死者が出るとか英雄の死を嘆くとかあるがこっちの世界ではそういうのはない。
「偶然近くに泊まっていた近衛兵は緊急性が高いとして領主の館に押し入ると玄関付近で薄着の格好をして走ってきた少女を保護。更に奥まで進むと服を着ようとしている領主とメイドを発見。ここまではいいとしましょう」
よくはないとおもうけどね。
「ただ、保護した女性が裏帳簿や裏取引の書類を何故か持っていたので緊急で家宅捜索。まあここまでも……内部告発しようとして乱暴されそうになったと捉えられなくもありません」
「そうですね」
「不思議なことに、乱暴されたとおもわれる薄着の女性は跡形もなくいなくなっていたそうです」
「……へぇ」
「更に不思議なことに、彼女を保護した近衛の姿をした黒髪の男もいなくなっていたそうで」
「…………へぇ」
「更に更に不思議なことに、そもそもその近衛兵の顔を誰も思い出せないとか」
「………………不思議なこともあるものですね。でも悪事を暴けたのでよかったのでは?」
「ええ、本当に。地方貴族はついついお山の大将になってしまうのでしょう」
近衛兵の本来の役目から言えば、貴族の娘のために普通なら動かすことはできない。そのため今回はSランクの冒険者が偶然不正を発見したので協力を要請したんだろう。
いったい誰の仕業だろうね。
ちなみにだが依頼料として現金一括払いでひとつの街が半年は潤うほどの資金が流れて財務部門の方々が狂喜乱舞していたらしいがいったい誰の仕業だろうね。
「迷い人を面倒ごとに巻き込むな。これは上位の者なら誰でも知っていることです」
「……私が迷い人だと? 歴史を見れば髪色や瞳の色なんて宛になりませんよ?」
ジッと見つめてくる彼女にそう答える。
この世界には定期的に地球人が流れて来ている。もちろん日本人以外もだ。
「そうですね。ですが彼らは考え方が我々とは違うんです」
「考え方ですか」
「常識が違うんです。そもそも教育のレベルが違います。
貴族から喧嘩を売られようが、大規模な商会から喧嘩を売られようが、こちら側の住人にとっては仕方なく従うところでも迷い人は反発します。
そして、迷い人視点では面倒ごとに巻き込まれただけで自身は悪くないとおもっているんです。
そもそも、相手の実力がわかっていないのに喧嘩を売ってきたほうが悪い。と」
「……」
「こんな話があります。
数百年前に獣人の女性と恋に落ちた迷い人がいました。まだその頃は帝国の生き残りである人族主義の人たちが多くいまして、迷い人がある町で静かに暮らしていたところに過激派がおとなしく女を渡せ。こちらに従属しろと言った時点で使者を斬殺。そのまま襲いかかって来る過激派の人間をことごとく斬ってふせました」
なにしてるんですかねその迷い人さん。
「複数人で来た時は一人だけ帰し、それが数カ月続いて死者は数千人に登ったとか」
いやマジでなにしてんすか……おっと表情に出そうになった。
「そこまでして彼の要求はただひとつ。『謝罪』でした。そのひとつを受け入れられずに……過激派は文字通り全滅しました。
まあ、おかげで穏便派だけが帝国の跡地におとなしく暮らしているので結果だけ見ればよかったのですが」
「…………」
クイッとコーヒーを飲み干す。あ、店員さんおかわりくださーい。
「そんなわけで、王族としては迷い人には目の届く範囲にいてほしいんですの」
「ソーナンデスカー」
あくまでもすっとぼける俺に対して少し頬をふくらませる王女様。ちょっとかわいい。
「だいたい貴方は私やミリーさんのことをどう思っていますの?」
「お嬢様とそのご学友ですね」
「そうではなくてですね」
ふむ、ちょっと真面目に考えてみる。
彼女たちに対する感情。特にお嬢様に対しての感情。
4年前……いやもう5年前か。お嬢様に助けられて親方様に保護されて、その間ずっと一緒に暮らしていた。
そして学園で学び、かけがいのない友人を作り、当時の面影を残しつつも11歳の少女になった相手に対する感情は……。
「娘……?」
「むすめぇ!?」
「いや、孫……?」
「まごぉ!?!?」
呆れと憤りと驚きといろんな感情が混ざったような表情を向けてくる。そんな表情初めてみましたよ?
「まあ…………貴方の考えはわかりましたわ」
「ならよかったです」
「ふふ、でも仕える主のためにまさか即行動するなんて……」
「私が仕えてるのはお館さまですよ?」
「私の姫ポイントたくさんつけときますね」
「姫ポイント!?」
え、なにそれ知らない。
「少しは仕返し出来たかしら?」
こちらの驚いた表情にクスクスと笑いつつも、少しだけスッキリしたような顔で対面の少女は笑うのだった。
執事「ところで姫ポイントが貯まるとなにかいいことがあるんですか?」
王女「一定ポイントでもれなく私がプレゼントされますわ」
執事「あ、キャンセルで……」




