まだ王都には着きません
何度か町を経由して学園に向かっている。それにしても……
「なんだか、平和だなぁ」
今日も平和に一日が終わり、宿屋で眼鏡を外して意識を切り替えたところだ。
魔物の襲撃もなければ道中の町で悪徳領主的な人物もいない。
いや、別に事件が起こればそれはその町を収める領主の責任になってしまうし。回りまわってお館様や将来的に仕事を引き継ぐお嬢様の責任にまでなる。
というかだ。なんか偉い人に怖がられている気がする。
冒険者やってた頃は偉い人のお目通りとかリーダーに任せてたしなぁ。なにかあるんだろうか?
「お答えしましょう!」
「ノックをして下さい王女さま」
「いまは王女ではありません! いち庶民です!」
「いやいやいやいや」
バーンと扉を開いて現れたのはお嬢様のパーティメンバーでこの国の王族の――――
「なんかもうめんどくさいなこのわんぱく姫」
「声に出てますよ?」
「……」
自称庶民なのでお嬢様専属の執事である俺の方が立場が上なのだ。そう信じたい。
というかウチには破天荒なお嬢様がいるのだ。問題児が増えるのは全力で阻止したい。
「それでなんです?」
「いえ、なんだか偉い人に警戒されてるなぁという波動を感じましたので」
「そんな波動あります??」
「ありますわよ」
うそでしょ……え、うそですよね?
「まあいいですわ。説明してあげますわよ?」
「いや別に必要ない――」
「あれは200年ほど前のことです」
「聞いて??」
なんで俺の周囲には話を聞かない人が多いんだろうな……。とりあえず扉を開けっぱなしなのもなんなので閉めてもらって話の続きを促す。
「その時代の『迷い人』は獣人と恋仲に――」
「しっつじー!!」
「キャッ!?」
「あぶないっ!」
話そうとした瞬間、閉まっていた扉がバーンと開いてお嬢様が飛び出してくる。
王女は扉の前にいて、当然押し出される形になるわけで……。
《ガツンッ》
「「むぐ……ッ!?」」
前のめりに倒れそうになる王女をしゃがんで受け止めようとするもお嬢様の突撃の慣性を受けて後ろに倒れ込んでしまう。
そしてなんの偶然か、王女の口と口が重なってしまう。
「「痛……っ」」
いや、重なるなんて甘い表現じゃなかった。勢いが強くて前歯と前歯があたってしまった。結構痛い。
どうやらそれは王女も同じようで、赤くなった顔で口を抑えて……赤くなった顔で??
「きょ、今日のところは失礼しますわ!!」
「あれ? ハイネちゃん?」
下敷きになっていたところから慌てて抜け出して、ダッシュで部屋を出ていく王女さま。うーむ、いや、王族だしこのくらいで照れたりすることはないとおもうんだけど……。
「ところでお嬢様はこんな時間になんですか?」
「あ、執事! 明日デートしよ!!」
「駄目です。明日は朝から出発しないと予定が狂ってしまいます」
「ええー、ちょっとくらいいいじゃーん」
駄々をこねるお嬢様の襟首を掴んで部屋の外に放り投げて鍵をかける。念の為に結界を張る魔道具も起動してと。
さて、ゆっくり寝ますか……。
◇◆
走って、走って。慌てて部屋に入ります。同じパーティのルルさんとカンナさんに不思議そうな顔をされますが手振りでなんでもないと伝えてベッドに潜り込みました。
(初めてでしたのに……)
初めてのキスは、本で読むような、もっとロマンチックでいい思い出になるはずでしたのに。
布団を頭までかぶって、最近覚えた初級回復魔法の【ミドルヒール】で前歯を癒やすとズキズキとした痛みもひいていきましたわ。
頭まで布団に入ると、ドキドキと心臓の音がいつもよりも大きく感じます。
いえ、別に悪いことではないのですわ。なぜなら、なるべく王族に引き入れる方向で外堀を埋める計画を建てているんですもの。
王族に引き入れようとする理由は色々ありますわ。
一番の理由はそのスキル。恐らくユニークスキルを有していると思われますが……スキルは子供に遺伝しやすいのです。ならば王族として、優秀なスキルを持つ者を取り込むのは当然ですわ。
そしてその強さ。龍王の一柱をパーティとはいえ倒した実力を考えると人類という枠組みではまず最も強い一人でしょう。
なにより『迷い人』はこの世界の人々とはもっとも血縁が遠い人間。なるべく多様な要素を取り込むのも大切なことですわ。
「ふぅ……」
息をはいて、気持ちを落ち着かせます。
あの人を初めて見たのはもっともっと幼い頃。あの黒い髪、黒い瞳。
正直に言いましょう。
とっても顔が好みなのですわ!!!
「……ちょっとお手洗いに行ってきますわ」
どうも落ち着かないので身体を鎮めるために部屋を出ました。口に感触が残っている間に……淑女としてはしたない行為かもしれませんが。今はただの一般市民ですし? きっと普通のことですわ……ですよね??




