Part86 物語の黄昏
「…………ふぅ」
静かに息を吐く。不思議と気分は落ち着いていた。
気づけば、ネクロヴァージの配下は全て姿を消している。液体になって流れ落ちたのだろうか。
「よくやったナツレン!! 最高!!」
「なんか神話の一場面みたいだったわね……」
「狼……リアル狼……私の立場……」
それぞれの反応によって、俺の意識は引き戻される。
少し集中しすぎてしまっていたようだ。戦闘中の記憶が若干ふわふわしている。
ちなみに幻水はなんかニヤニヤしながらこっちを見ていた。
めっちゃ怖いんだけど何?
まあいいや。
首に結ばれた縄を斬ろうとしたら何故か刃が負けたので自力でどうにか解き、抱えていた御兎姫を一度降ろす。
同時にキルカの身体も普段の大きさに戻した。
「お疲れ様です、みなさん。かなり苦労しましたが、何はともあれ、これで撃破——」
「——それは早計ね」
八百万の言葉を遮って、ミーティアが口を開いた。
その表情は先程より真剣で、自然と場に緊張が走る。
「私たちは以前、別のアルカナシリーズと戦ったわ。その時も今と同じように複数の形態を乗り越えて、どうにか撃破して……いえ、撃破したと思い込んでしまったの」
ここで彼女は一度言葉を切って、空を見上げてから呟くように続けた。
「きっと、まだ終わらない」
「それって……」
と声をかける間も無く、俺の意識はボタッと言う水音に引っ張られた。
横を見ると、何やら黒い液体が零れ落ちたようになっている。
それが何なのかを詳しく見てみようとして——
「危ない!!」
——俺の身体はウルフさんに突き飛ばされた。
近接格闘職の突き飛ばしを食らった紙装甲は体力の半分と少しを削られつつも起き上がる。
……一体何が起きたんだ。
状況が飲み込めないまま、痺れる右腕を抑えながら立ち上がった俺は、それを目撃する。
黒い液体から突き出した腕が、ウルフさんの身体を貫いていた。
「ウルフさん!!」
「蘇生薬を投げてください!」
言われて、慌てて俺はインベントリから取り出した蘇生薬を投げ……しかしそれは新たに生じた別の腕に空中で奪い取られてしまう。
「何なんだよこれ……!!」
「ぐあっ……!?」
「……!!」
呻くような声に振り返ると、この中では恐らく最も硬い装甲を持っているであろうGOODの身体が貫かれていた。
次いで、御兎姫や幻水、八百万までもが腕に貫かれて行く。
「幾ら何でも無理があるだろ!!」
連戦の直後だからとか関係なく、これが仮に万全の状態であったとして避け続けるのは困難な程に、腕の攻撃は熾烈であった。
先程までとはレベルの違う、天災を前にしたかのような圧倒的な力の差。
その勢いに圧された俺の身体を同時に複数の腕が貫き、なけなしのHPは容易く奪い去られる。
クソッ……こんなのアリかよ。
そう悪態をつこうとして、しかし最早口を動かす気力すら残っておらず、俺の身体はただ重力に引かれて石の地面へと横たわった。
余りにも理不尽な惨劇を前に、最早立っている人間は一人も残っておらず、蘇生薬も望めない今俺はただリスポーンを待つばかりだった。
……しかし、HPが0になったと言うのに俺の視界は一向に暗転しない。
その上、眼だけは何故か動かすことができる。
これは……ムービーか?
そう思ったのと同時に、空に黒いイナズマが疾った。
……いや、イナズマでは無い。亀裂だ。
ピシッ、ピシッと音を立てて広がっていく亀裂と共に、やがて空は崩壊を始める。
空間が壊れてるのか……?
狼狽するネクロヴァージと、降り注ぐ空の残骸を最後に、今度こそ俺の視界は暗転したのだった。
[悪魔は未だ遠く、されど原初には夜の帳が下りた]
[アルカナシナリオ「原初の澱、悪魔の檻」をクリアしました]
[地上世界にネクロヴァージが解き放たれました]
[武器素材『原初の神核』を獲得しました]
[ユニークアイテム『赤き羅針』を獲得しました]
[称号【悪魔の解放者】を獲得しました]
[称号【ユニーク・ハンター】を獲得しました]
[称号【一騎当千】を獲得しました]
[称号【…………
…………
……
————————
次に目を覚ました時、俺は砂漠に転がっていた。
上半身を起こして周りを見てみる。俺は最後に目を覚ましたらしい。
キルカが居ないようだったが、インベントリを見てみると休核状態になっていた。当然ではあるが、あの戦闘でやられてしまったのだろう。
それにしても、視界が暗転した直後に出た表示。
あれを見る限り、どうやら俺たちはあのクエストをクリアしたようなのだが……
「なんか釈然としないけど、あれでクリアだったんだな」
「謂わゆる負けイベという奴ね。まあアルカナシリーズがあの程度の強さなわけは無いし、予測していたことではあるのだけど」
「きっといつかリベンジ出来ますよ。世界に解き放たれたというのは、恐らくエンカウントするタイプの敵になったということでしょうから」
「なるほどなあ」
そういえば、戦利品としてなにかを受け取っていたような気がする。
インベントリを見ると、『原初の神核』と『赤き羅針』の二つのアイテムが入っていた。
『原初の神核』
分類:武器素材
加工条件:『対応する最上級職業』
脈打つように光を放つオーブ。
悠久の時を経て、魔法生物の体内に生成されると言われている。
相応の技術を持つものでなければ加工する事は不可能だろう。
『赤き羅針』
分類:アクセサリー
かなり年季の入った高級そうなコンパス。
裏面には焼け焦げたような跡がある。
壊れているのか、一定の方向を指さないようだが……
「わかりやすい報酬は原初の神核の方だな」
赤き羅針の方は説明文からも分かる通り、あからさまに何か特殊な効果があるようだが、いずれにせよ今は使えないのだから、誤って捨てないように原初の神核とともに倉庫に送っておくことにする。
それにしても、なんだか凄い戦いだったな。
どの敵も今まで戦った何よりも強かったし、その場その場の閃きがなければ突破できなかった場面もいくつかあった。
ぶっちゃけ、廃人たちが火力役として動いてくれたからこそクリアできたようなものだ。
GOODやミーティアなどと比べると、俺の攻撃力はかなり低いしな。
そんなことを考えつつ、ふと幻水の方をみると、彼女は何やらブラウザを開いてニヤニヤしているようだった。
「幻水がニヤついてる時ってなんもいい事ないんだけど……どうしたんだ?」
「んー? いやあ、大変なことになってるなあって思ってねぇ」
そう言って幻水はウィンドウを俺の方へ向ける。
映っていたのは、ゲーム内掲示板とゲーム外掲示板。
……共にアルカナシリーズに関する話題で持ちきりだった。
どうやら俺たちが色々やっている間にネクロヴァージを倒したことを伝えるアナウンスが流れたのだろう。
なんかもう、てんやわんやだった。
「おお、急上昇ワードに入ってるみたいだぞ。まだ下の方だけど」
「もしかして私たち有名人になっちゃった!?」
「心配せずともウルフさんは前から有名人ですよ。ファンクラブだってありますしね」
そうか。そう言えば『メインストーリーに関係のある皇帝と死神以外はまだ実装されていない可能性がある』とか言われてたもんな。
そんなプレイヤーの間の定説が、アナウンスによって覆されたわけだ。こんな騒ぎになるのも当然だろう。
「それにしても、八百万とかウルフさんは大変だな。クランマスターだからそもそも名前知られてるだろうし、追っかけ回されるんじゃないか?」
「ええ、確かにそうなるかも知れませんね……と言っても、それは貴方も同じなのでは?」
「俺?」
俺は別に有名プレイヤーというわけではないのだが……いやまあ確かに一度半裸虚無僧としてネットにgif画像が流れたことはあるけど。
なんかそれを某宇宙戦争映画のワンシーンと合成したコラが小規模な流行り方したのも知ってるけど。
でも名前も顔も映ってないのでそれが俺に結びつくことは無いはずだ。
「貴方ってゲーム外で有名じゃない。SNSのリプライとか凄いことになるかも知れないわよ?」
「はははそんなまさか」
いやいやいや。ナツレンなんて名前他にもいるでしょ。それに俺はもうヴォックソの記事は更新してないしな。
そう自分に言い聞かせながら、震える手でアプリを開く。
通知欄やDM欄の横にそれぞれ[99+]と表示されているのを見て、俺は現実逃避するように空を見上げた。
「ははは……夕焼けだあ……」
燃えるような空を見ながら、俺はひたすら「名前変えれば良かったなあ」と後悔し続けたのであった。
これで四章終わりです。
インタールードはありますけど。
ついでにキャラも増えたのでキャラ紹介を更新して投稿しようと思ってます。




