Part81 涙の数だけ強く熾烈に
時間が取れるようになって来たので、そろそろ毎日更新できるようにしたいです
黒く流動する液体は足場を覆うように薄く広がり、次の瞬間には何処かで高く隆起する。
自在に動きを変える液体を相手に、俺達は苦戦を強いられていた。
「くそっ、何処から出てくるんだ」
「こ、これ動きにくいわね……!」
ネクロヴァージから生じた涙のような液体はかなり粘性が高く、それ自体がプレイヤーの足を止める妨害要素となっている。
幸い、本体であろう眼の方は何もしてこないようだが……これはかなり厳しい戦いになりそうだ。
「後ろだぞっ!」
「——っ、ここか!」
巨大な腕のように固形化した液体に振り返りざまに一撃を食らわせ、続けて攻撃——の前にゴポゴポと沸騰するような音を頼りに別方向からの攻撃を回避。《マナステージング》で空中に一時的な足場を作ることでぬかるみを回避しつつ、《捷焚べる天道》を発動して一撃を食らわせる。
槍の穂先にぽっと灯った火は、二度目の攻撃によって少し火力を増した。
このまま連続で攻撃すればある程度まとまったダメージを与えられそうな気もするが、今はそれよりも気になることがある。
一旦液体の外に出ると、時間が開いてしまった為に《捷焚べる天道》の火が一段階弱まった。その状態で、俺は固形化していない液体を槍で突く。
この状態の液体に攻撃して、《捷焚べる天道》の『連続攻撃で与ダメージが徐々に上がっていく』という効果が発動するのかどうか。
予想通りではあったが、火は勢いを増さなかった。
明確に固形化している状態でなければダメージが通らないか、そもそもモンスターとして判定されていないかのどちらかなのだろう。
であれば、わざわざ攻略法を変える必要もない。
「俺はこっちを見ておくから、キルカは逆を見ていてくれ」
「うん!」
現在のネクロヴァージの攻撃は、液体を津波のように動かすものと巨大な腕の形にするものの二つだ。
前者は直前になってから避けるのはなかなか難しいが、常に発生している為、現在地さえ把握していれば回避は難しくない。
故に、対処するべきは腕の攻撃だ。
どこから現れるのかわかりづらく、回避が遅れれば例え攻撃を受けずとも反撃の機会を喪失してしまう。
幸い、同時に出現する腕の本数はあまり多くないようだ。同時に出現させる本数には限りがあるのだろう。
「——こっちだ!」
目の前に現れた腕が叩き潰すように倒れかかってくるのをギリギリまで引きつけてから回避し、その隙にキルカが赤爪で攻撃を加える。
お互いがそれぞれの方向を見ることで、攻撃対象になった方が回避を行ってその隙にもう一人が攻撃するという作戦だ。
咄嗟に考えた作戦だが割とうまくいっている。
恐らくは他にも形態変化があるだろうが、とりあえず今の形態はこの作戦でどうにかなるだろう。
……と、油断していると大抵悪い方向に転がるわけで。
「来たっ!」「来たぞっ」
不意に俺とキルカの声が重なった。
俺が見間違えたわけでもなければ、キルカが見間違えたわけでもあるまい。
つまりは、俺たちのところに腕が複数本やって来たのだ。
変わったのは優先順位か攻撃パターンか……とにかく回避を試みるが、しかし間に合わない。
「ぐあっ!」
薙ぎ払うような一撃を右半身に受け、俺は液体の外まで吹き飛ばされた。
「ヤバいヤバい……!」
頭上に勢いよく迫り来る地面を前に、俺の脳は助かる為にフル回転する。
右腕は痺れによって動かない。つまりそれ相応のダメージを食らっているわけで、着地をミスるとお陀仏になる可能性だってある。
《スカイグライド》によって軟着陸しようとも、上下逆さまに吹き飛ばされている現状ではどうしようもない。
しかし……
「《スカイグライド》!!」
一か八か、俺はたった一瞬だけ《スカイグライド》を起動する。
つま先を目一杯さげ、重心は背中の方向に。
それによって俺の身体はぐるりと半回転し、頭と足の位置関係は正常になった。
あとはうまく着陸するだけだ。
勢いは一気に殺すのではなく、徐々に削いで行く必要がある。
前に出した左足が地面に触れる瞬間、俺は走るように強く地面を蹴った。
右足、左足、右足……。
徐々に勢いは弱まっていき、やがてフィールドの端に近づいたところで転がるように動き、無理やり勢いを止めることに成功した。
「体力は……あぶねっ、本当にギリギリだったな」
残り体力はほぼ一割。
最後の最後に無理やり止まったためある程度そこで削れてはいるだろうが、それを抜きにしても腕の攻撃の直撃で八割は削られていることになる。
当たりどころが悪ければ即死もあり得るだろう。
「だ、大丈夫か、ご主人!」
「ああ、どうにか」
心配そうに駆け寄ってくるキルカだったが、俺ほどではないとはいえ彼女もかなりのダメージを負っていた。
キルカに回復薬を投げ渡し、自分も同じく回復薬をあおる。
体力がほぼマックスまで回復したのを見て、俺は戦線に復帰しようとし……そこで違和感に気づいた。
ネクロヴァージの涙が、今までとは違う妙な動きを始めていたのだ。
液体の全てがゴポゴポと沸き立つように震え、徐々に中央へと向かって流動している。
同時に、ネクロヴァージは天に位置する瞳を閉じた。
沸き立つ液体は一つの水塊のようにまとまり、その端々から触手のように細く変形して行く。
「ふーん、これが第三形態かなぁ?」
「……形がキモい」
最終的に、水塊は異形の怪物となった。
身体こそ人型だが、全身のいたるところから腕を生やし、そのうちのいくつかには忙しなく動き回る目が付いている。
「これは……形態変化が早すぎますね」
確かに、これまで戦ったアンカーにはどれも形態変化が存在していたが、形態変化にはそれぞれもう少し時間がかかっていたはずだ。
確かにアンカー戦は常に二、三人で戦っていたが、とは言え相手はアルカナシリーズの一体。形態変化するにしてももう少し時間がかかるものだと思っていたのだが……ネクロヴァージは既に第三形態に突入している。
これは紛れも無い事実だった。
これで終わりなはずがない。きっとまだ先がある。
そう思わずにはいられなかった。




