Part76 白い乱入者
のたうち暴れる鉄の腕からレーザーが放たれ、焼き裂いた地面が赤く熱を帯び、爆発を引き起こす。
飛び散る瓦礫に体力を持っていかれないように注意しつつ、俺は次なる腕の一撃に備えて位置を変えた。
「難しいな……」
レーザー攻撃を使用し始めてから、グレイの攻撃はより一層熾烈さを増した。
俺も御兎姫もどうにか対応できてはいるものの、懐に入りにくくなった分攻撃の機会が減ってしまっている為、戦闘は膠着状態である。
とは言え、絶望的な状況ではない。
白虎に比べれば幾分マシだ。
爆発をくぐり抜け、グレイの下部に入り込んでボディを思いっきりカチアゲる。
二発目を入れてすぐにその場を離れ、腕の一撃、二撃を回避し——そこで気づいた。
「……御兎姫?」
現状俺をマークしている腕の数は三本。
本来なら俺と御兎姫それぞれに二本ずつ付いているはずなのだが、何故かそうはならず、御兎姫の姿も見えなかった。
残りの一本は御兎姫を探しているのだろうか。グレイ本体からも離れた場所でウロウロしていた。
気づかないうちにやられた?
いや、御兎姫のHPはほぼ満タンだ。
よくわからないが、何かあったのは確かだ。一度合流しよう。
マップがないため正確な位置はわからないが、それてもパーティーメンバーがどの方向にいるのかは見ることが出来る。
それを利用して場所に当たりをつけつつ、俺はハンマーで思いっきり地面をぶっ叩いた。
土煙が巻き上がり視界が曇る中を駆け抜けて路地に進み、グレイの追跡を切って俺は御兎姫の元へとどうにか合流する。
「何かあったのか?」
「…………丸薬が、なくなりそう」
「丸薬……え、もしかしてピンチ?」
俺の言葉に、御兎姫がコクリと頷いた。
血殺者の低燃費なスタミナ消費を補うために必要な丸薬。それが無いということは、つまり後手に回る必要が出てくるわけで。
根本的に手数の多いグレイに対し、それは致命的であった。
「うーん……ヴェルメリオがアイテム売ってるらしいけど、丸薬は無いのか?」
ふと思い出したが、ヴェルメリオがアイテムを売っているというのを聞いていた。というかヴァイス戦で使った大量のスタミナポーションはウルフさんがヴェルメリオから購入したものだったはずだ。
恐らくは詰みを回避するための救済措置なのだろう。
もしかしたらその丸薬も存在しているかもしれないが……
「……丸薬は超さんに作ってもらってるものだから」
「あー……じゃあ無いか。スタミナポーションはあるんだけどな」
「……それだと、回復が追いつかない」
「そういう感じか」
目論見は容易く崩れ去る。
普段爆弾ばかり作っていたから忘れていたが、そう言えば超さんの職業は一応薬師の系列だった。火薬も薬だもんな。
それはともかく、この状況は仕方のない事だと思う。
そもそも御兎姫はモンスターより人間を相手にするプレイヤーであり、今回に関しても俺の武器を作るためにエルヴォルクを倒しに行くというだけの遠征だったから、そんなに大量のアイテムを持ってきている筈がないのだ。
「どうする? 無理そうなら誰かと交代してもらうとか出来ると思——」
言葉の途中で、御兎姫が俺の腕をひしと掴んだ。
どうかしたのかと言いかけて、思わず口を閉じる。
俯いた御兎姫の目にはうっすらと涙が浮かび、手は震えているように感じられた。
……なるほど。
彼女は、俺と同じタイプの人間なのだろう。
だからまあ、何となくわかる。
負けたままじゃ終われない。どうにかグレイを打ち破りたい。
そう思っているが、しかし、だからと言って実質的な弱体化状態となった自分を続投してくれとも言い難いのだろう。
「……よし、やろう」
「え……?」
俺の言葉に、御兎姫がはっと顔を上げた。
「グレイを倒したいのは俺も同じだし、今は御兎姫と一緒に倒したいとも思ってる。かなり難しい戦いになるだろうけど……まあ、死んで覚えるしかないな」
「……いいの?」
当然だ。
そう力強く言い切って、俺は索敵を続けているのであろうグレイを眺めた。
考え続ける限り、やりようは幾らでもある。
涙を拭った御兎姫と共に、俺は再度グレイの元へと向かったのだった。
——————
「《フェイタル・スイング》!!」
「——《霧咲血花》」
二筋の攻撃が交差し、グレイに直撃する。
ここまでかなり善戦してきたが、スタミナ回復の手段を失ったことによって御兎姫の動きは明確に衰えていた。
丸薬が切れた時のことも想定はしていたのだろう。動き自体は、平時であれば問題ないほどに洗練されている。
しかし、グレイという格上を相手にするとなると、綻びが生じてしまうのも確かであった。
どうするべきか……ヴェルメリオは戦う人数が多くなるほど加速度的にアンカーも強くなると言っていたが、ここは一先ず三人で戦ってみるのもアリか。
現状、攻撃力に不足は感じていない。
人が増えることで強化されるところがあるとすれば、それは恐らくHPや攻撃力、防御力などの数値的な部分だろう。行動パターンが複雑化するとか、そういうのは無いと考えていいはずだ。
そうなると、HPと防御力が高くなるため撃破までの時間は多少伸びてしまうとは言え、三人で戦うというのが恐らく確実な勝利へと繋がる手だろう。
そう考えながら戦闘を続けていると、ふと視界の端に御兎姫を狙う腕が見えた。
「危ない!!」
「——っ!」
咄嗟に声をかけるが回避は間に合わず、死角から放たれたレーザーに脚を撃ち抜かれ、彼女はそのまま地面に倒れ込んでしまった。
レーザー攻撃は分類としては魔法攻撃であるため、魔法防御力にいくらかパラメーターを振っている彼女にとってレーザーの一撃は致命傷になり得ない。しかし、それでも数発喰らえば死に至るし、そうでなくとも出血などのデバフが付いてくることだってあるだろう。
実際、彼女の右脚には欠損の代替となる痺れのデバフが入っているようだった。
「御兎姫!」
スカイグライドでグレイの下部を滑るようにくぐり抜け、鋼鉄の腕が振り下ろされる寸前、御兎姫の身体を担ぎ上げて屋根の上へと退避する。
叩きつけられた腕とその先端から奔るレーザーを避け、俺は一度間合いの外まで出てから御兎姫を降ろ——
「——っ、後ろ!」
その言葉の意味を理解するために後ろを向く必要は無かった。
御兎姫を担いだままどうにか右に跳び、良いタイミングでスカイグライドのリキャストが完了したのを確認してから屋根の上を駆ける。
「指示頼む!」
「——右、左……レーザー上っ」
後ろ向きに肩に担いだ御兎姫の声に従い、背後からの攻撃を避けていく。
一先ず戦闘の範囲外に出てしまおうかと思っていたのだが、それを許すほど甘くはないらしい。
ここは仕方ない。振り切らずとも次の行動への起点を作れればいいだろう。
そのような現状を打破する一手を求めて屋根を跳び進む俺だったが、待っていたのは更なる予想外だった。
「《蛇咬毒・痺電》」
何処からかそんな声がして、次の瞬間には俺の目の前に紫色の蛇が飛び出してきた。
「は? なんで蛇!?」
「——後ろ、来てる!」
唐突な状況の変化に脳が追いつかない。
前は紫の蛇、背後は鋼鉄の腕。
蛇を避けて腕も避けて……無理だ、蛇はともかく腕にやられる。蛇を倒せば、或いは……
……と、そう考えている間に蛇は俺を素通りし、迫る鉄の腕先に食らいついた。
「な——」
俺が驚きの声をあげるより早く、食らいついた蛇からバチッと音を立てて紫電が走り、グレイの腕はどこかぎこちない動きで怯んだ。
何が起きたのか理解できないでいると、不意に先ほどの声の主が現れる。
その姿を今までに見たことはなかったが、しかし、その特徴的な服からそれが誰なのかを察することができた。
「はっはっは、どうしたんだい二人ともぅ。もしかしてピンチだったりしちゃう?」
「その姫プ狙いのネカマみたいなムカつく喋り方は……幻水!?」
「やっほー☆ ナツレンくんは後で殴る」
黒い軍服は変わらず。しかし髪は白く変色し、その身体には白い蛇が纏わり付いている。
以前見た時とはだいぶ様相の変わった幻水が、俺たちの前に現れたのだった。




