Part74 怒り狂う灰色
「へえ、普通の教会って感じだな」
旧市街に足を踏み入れてから数分。辿り着いた教会は、かなり綺麗な状態であった。
他の建造物は崩れているものも多かったが、この教会に関してはかなり元の状態を保っている。
一歩足を踏み入れると、恐らくは椅子だったのであろう木の残骸が散らばる教会内部の中央に、例のオブジェクトが鎮座しているのが見て取れた。
一先ずパスを繋いでしまおう。
そう思って教会の中を歩いていると、ふと、僅かに違和感を覚えた。
何かが違うという感覚に辺りを見回すと、やがて一つの答えに行き当たる。
「十字架か……」
「……?」
御兎姫は最初きょとんとしていたが、すぐに俺の言葉の意味を理解したようで「あっ」と声を漏らした。
ヴォックソの世界にも、当然神や宗教は存在する。
回復職なんかは信仰を力の源としていることも多く、街中には教会だって建っている。
しかし、当然といえば当然なのだが、ゲーム内の宗教は現実のものとは違う。
断っておくと、俺はこの世界の宗教について詳しく調べたことがあるわけではない。
しかし、それでもわかる決定的な違いが存在する。
「なんでここだけ十字架なんだろうな……」
教会には、クエストの為だったり待ち合わせの為だったり、理由はともかく何度か訪れている。
しかし、記憶が確かであれば……どの協会でも宗教的象徴として掲げられているのは『クリスタル』だったはずだ。
別に、現実の宗教とは異なるからと言って十字架を用いてはいけないというルールなどない。
国民的RPGでも教会には十字架が掲げられているし、なんならプレイヤーから見ても十字架の方がわかりやすいだろう。
それでも十字架を用いないというのなら、それ相応の意味があるはずだと考えていた。
これまではただの思い過ごしである可能性もあったのだが、通常のフィールドとは異なるであろうこの空間に十字架モチーフの教会が出て来たのだから、十中八九何かしらの基準が存在しているのだろう。
まあそれが何を意味しているのかまではわからないが……そういえば八百万のクランは世界観の考察もやってるんだったな。一応、後で報告しておくとしよう。
十字架に関してはひとまず置いておいて、俺は本来の目的を果たすために教会中央部に佇む球状のオブジェクトに手を添え、起動させた。
「これで良し。じゃあ行くか」
「うん」
教会を出て目の前の建物の上へと登ると、スキルを使わずともそれを発見することができた。
目測だが、ここからなら全力で進めば一分もかからないくらいの距離だろう。
砂舞う旧市街には不釣り合いな銀色の球体——グレイは、宙に浮か鞭のような四本の腕を所在なさげにゆらゆらと揺らしながら佇んでいた。
出会った時は地中に埋まっていたが、一度エンカウントすると常に浮かびっぱなしになるようだ。
「……作戦は?」
「死んで覚えるしかないんじゃないか? 俺も頭部ユニットが弱点ってこと以外何もわからないし」
「……了解。四本も腕があったらヘイトを引きつけるのも無理だろうし、私は勝手に動くから」
「ああ、それでいい」
ヴァイスのような霧ではなく、ノワールのような影でもない。
明らかに見た目が世界観にそぐわないのはともかく、グレイは俺の戦った二体のアンカーに比べてかなりわかりやすい存在であると言える。
であれば、ノワールのようにギミックを解き明かすような戦闘にはならないだろう。
それはつまり、単純な強さをぶつけてくると言っているようなわけで。
……かなり面倒な戦いになりそうだ。
そう心の中で呟いて、俺は御兎姫とともに走り出した。
————
建物の上を飛び進み、やがてグレイのすぐ側まで来たところで、前を行く御兎姫は足音一つ立てずに天高く跳ねた。
血殺者のスキルか、それとも彼女自身の技術なのか、とにかくグレイには気づかれていないようだ。
御兎姫は跳躍の勢いでグレイの真上に達すると、するりと腕を構え、血殺者固有の能力によって大量の血を流す。
そして——
「融血……《魔穿血楔》」
——瞬時に膨張した血塊は鋭く巨大な杭のようになり、勢い良く振り下ろされた。
血の杭はそのままグレイのガラ空きの頭部ユニットへと至り、派手な音を立てて強く激突する。
まさに会心の一撃だ。
「——!!??」
不意を突かれたグレイは頭部ユニットのカメラアイらしき部分を忙しなく動かしながら、アラートのような電子音をけたたましく響かせる。
カメラアイはぐるりと辺りを見回し、反対側の建物の屋根へと着地した御兎姫を……
「……いなくね?」
いつのまにか姿を消していた御兎姫を捉える事なく、一周したカメラアイは側にいたもう一人の存在——つまりは俺のことを、しっかりと見つめた。
ゆらり、と四本の腕が持ち上がる。
無機物ゆえ、感情の類が表出することはないはずなのだが……その様子を見て俺は確信する。
これめっちゃ怒ってるわ。
「結局ヘイトは俺に向くんだな!!」
勢い良く振り下ろされる複数の腕を前に、俺はただひたすらに次の一手を考えるのであった。




