Part65 旧市街の鉄球
人間体へと変身したキルカとともに奇岩地帯を抜けると、すぐに次のエリアが目に入った。
荒れ果てた大地の上に建つ、風化した建造物群だ。
建物はそれぞれレンガで作られているように見える。
ヴェルメリオはこれを「旧市街」と呼んでいたが、遺跡と言われたとして疑問には思わなかっただろう。
「なんかボロボロだぞ……」
「大分昔の街なんだろうな」
そういえば、キルカと出会った場所である遺都メノスランテも放棄された街だった。
もっとも、その様子はかなり異なっている。
家の造りが違うというのも印象としては作用しているだろうが、単純に年季が違うのだろう。
崩落した壁から室内を覗いても、メノスランテのように家具類がそのまま残っているということはなく、用途不明の石塊がただ鎮座しているだけという家も多い。
それらはかつて家具として用いられていたのだろう。
しかし、長い年月をかけて雨風にさらされ続けることによって石製の家具は磨り減り、かつての用途を推察することすら難しくなっていた。
「雑魚モンスターも全然見当たらないな」
「うーん、この辺りには生き物はいなそうだぞ」
「そんなことも分かるのか?」
「野生の勘だなっ」
そんな便利なものがあったのか。
種族特性みたいなものか?
何となく流してしまっていたが、キルカに関する情報をまだあまり知らなかったりする。
今度しっかり把握しておきたいところだが、まあ今はいい。
そんなことを考えながら、道幅の広い、かつては大通りだったと思しき道を歩いているとき、一瞬の予兆と共に突如としてそれは現れた。
「——キルカ!」
「わっ?」
咄嗟にキルカの腕を掴んですぐそばにあった家へと転がり込む。
同時に土煙が豪快に巻き上がり、その内から出てきたのは——巨大な球体だった。
「なんだあれ……」
直径十メートル近くありそうな鉄のような質感の球体は、その頂天に存在する小型ユニットを光らせて更に何かを呼び出した。
瞬間、目の前の地面がめくりあげられ、これまた鉄のユニットが現れる。
長さは鉄球の倍以上。腕時計の蛇腹ベルトのような形状のそれが各所から四つ集まると、それらは鉄球の周囲をぐるりと一周回り、勢いよく地面を叩いた。
鉄球を胴、頂天のユニットを頭部とするならば、このユニットは腕と言ったところか。
なるほど。見たところ、それぞれのパーツは物理的につながっているわけではなく、なんらかのエネルギーによって浮遊しているようだ。
ファンタジーな世界観を遵守するならゴーレムと呼ぶべきなのだろうが……なんか凄くロボットめいている。
もはや察しは付いていたが、念の為ゴーレムを注視してみるとやはり刻錨鋼の表示が現れた。
名前はグレイだ。アズールやヴァイスなど、アンカーの名前は色から取られているらしい。
「……さて、どうするかな」
咄嗟に逃げ込んだ家屋だが、大通りに面した壁は崩れ落ちており、ジッとしていてもやがて見つかってしまうだろう。
かと言って、大通り以外の方向に逃げられそうな出口もなく、唯一通れそうな窓も隣の家の崩落によって塞がってしまっている。
つまり、今のところ戦闘は避けられそうにないのである。
塔がリスポーン地点として機能しているため、死んでもこの空間から追い出されるわけではない。
だから俺が死んでも特に支障はないのだが……問題はキルカだ。
人型だから普通のNPCと錯覚してしまいそうになるが、キルカはペットだ。
外見ではその差はわからないし、パーティーを組んでいなければステータスを開いても判別できない。
しかし、ペットとNPCでは死亡時のシステムが大きく異なる。
原則として、ヴォックソのNPCは死なない。
謂わゆるムービー銃は別だが、戦闘中にHPが0になったとしても死亡ではなく戦闘不能として扱われるのである。
それに対し、ペットはHPが0になると休核と呼ばれる状態に変化し、プレイヤーのインベントリ内に自動的に転送される。
この状態では当然ペットは戦うことができず、ペット用の蘇生アイテムを使用するか一定時間が経過することによって元の状態へと戻るのである。
蘇生アイテムは今持っていないし、ここでキルカが死ねば少しの間『キルカがいない状態』が発生してしまう。
はぐれたとか言って騙そうにも、相手は調査系クランのマスターだ。ウルフさんはともかく、八百万は騙せそうにない。あれは多分、幻水とかと同じ人種だ。
とにかく、八百万とウルフさんに対してNPCとして説明している以上、ここでキルカを戦闘不能にするわけにはいかない。
「戦うのか?」
「……いや、キルカは逃げろ」
「え?」
「今キルカが死ぬと厄介なことになる。俺が引きつけるから、その間に全力で逃げてくれ」
恐らく、これが今取れる最善手だ。
ユニーククエストについて僅かでもバレる可能性がある以上、慎重な行動を意識せざるを得ないのである。
逃げろと言われたキルカは複雑そうな表情だったが、しかし俺の言うことをしっかり理解してくれたようで、狼に変身して俺の動きを待った。
そして——
「行くぞ!」
「うん!」
合図とともに、俺はグレイの前に武器を構えて躍り出た。
頭部ユニットのレンズが忙しなく動いて俺を捉え、四本の腕が行動を開始する。
既にキルカは去った。正真正銘、一対一だ。
正直言って勝てるはずもないし、勝つつもりもない。
あくまでもこれは時間稼ぎだ。ついでに攻撃パターンの一つや二つ持って帰れれば御の字と言ったところか。
「っし、行くぞ……!」
鞭のようにしなるグレイの腕が大地を叩く。その一撃、二撃を飛び避けると、更に土煙を切り裂いて三、四本目の腕が迫り来た。
《スカイグライド》によってその二本の隙間を潜り抜けるように躱し、多腕機神の刃影を爪へと変形させてスキルを発動する。
「《兵貴神速》!」
青く迸るようなエフェクトと共に、俺の四肢に力の漲るような感覚が疾る。
同時に、周囲の様子が僅かにスローになった。
この爪スキル《兵貴神速》は自分自身に一時的な加速バフを与えるスキルである。
普段よりも速く行動することができ、更に若干敵の攻撃をゆっくり認識できるようになる強力なスキルだ。
ちなみに辺りがスローになっているのはゲーム内の時間の進みを変化させる技術と同じものらしい。
現実の一分がゲーム内の三分になるように設定されているゲームの中で、一人だけ三分五秒に設定したとしたら、そのプレイヤーは相対的に速く動ける……みたいな説明をネットで読んだ。
ぶっちゃけややこしいが、まあ覚える必要もないだろう。プレイヤーは与えられたもので遊ぶだけだし。
「……って危ねえ!」
横薙ぎの攻撃を咄嗟にしゃがんで回避するのと同時に、ズガガガガッと家屋の破壊される音が背後で響いた。
崩落に巻き込まれないようにしつつ、グレイから一度距離を取るが……腕のリーチがエグい。すぐに攻撃範囲内に入ってしまう。
対面して実感した。こいつは——いや、恐らく全てのアンカーは、今まで戦って来たどの敵よりも強敵だ。
それこそ、冥き門の試練で戦った超強力なモンスター達を超えるほどに。
常に各ユニットが浮遊しているため行動に制限がなく、やや大振りではあるが予測がしにくく範囲の広い攻撃を連発してくる。
どうせ残りHPの量で行動パターンが変わったり、最悪の場合別形態に変化するってことも考えられる。
今のままでは勝てるビジョンが見えない。
死んで死んで死に続けた先で、ようやく撃破に通じる細い糸を手繰り寄せられるかどうかと言うレベルだ。
はっきり言って絶望的ではあるが……しかし、こんな絶望感も嫌いではない。
クソゲーで何度も乗り越えてきたからな。
さて、時間稼ぎとは言ったが、どうせなら一撃くらい食らわせてやりたいところだ。
そう思って、俺は若干の間合いを取って辺りを観察する。
目的のものは意外と近くにあった。
呻る四本の腕を避けつつ、俺はどんどん背後に下がって行く。
目的の場所の前までグレイを誘導するために。
「この辺りか」
ちょうどいい場所に来たところで、俺は敢えてグレイの懐へと接近した。
当然、それを見逃すようなモンスターではない。
グレイは伸ばし切った二本の腕の操作を放棄し、残る二本の腕を乱雑に振り回した。
「——狙い通り!!」
グレイの体長すら超える高さの建造物を、豪快な音を立てて鉄の腕が深々と抉り抜く。
それによって建物はバランスを失い、傾きの方向へ重力に従って倒れていった。
その先にあるのは、グレイの頭部ユニットだ。
「——!!??」
「良し!」
予想通り、あの頭部ユニットが弱点のようだ。
想定外の一撃を食らったグレイは青い電流を散らしつつ、慌てふためいたように歪な電子音を奏でた。
だんだん戦い方がわかってきたぞ。
なんなら俺一人でもいけるのでは?
そんな風に調子に乗った俺を、突如として影が覆った。
「えっ」
嫌な予感とともに、俺は振り向く。
果たして予感は的中した。
眼前を埋め尽くす無数の瓦礫の群れが、やけにスローに映る。
……これスキルの効果じゃなくて死の間際のやつじゃね?
「マジで」
最後まで言うこともできず、俺はそのまま連鎖的に倒壊した家屋に押しつぶされて死んだのだった。




