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Part62 『悪魔』の誘い



 背中に伝わる硬い地面の感触に、身じろぎする。



「なん……だ……?」



 触覚を意識した途端、徐々に意識がハッキリとしてきた。

 気絶……というよりかは、ログインした時のあの感覚だ。

 伴って、まぶたを貫き溢れる陽の光を強く感じるようになっていった。

 腕で目を覆いながら起き上がり、光に目を慣らしながら状況を確認する。


 視界がボヤけている間は、先ほどまでと同じ砂漠にいたのだと思っていたのだが、しかし、段々と視界がクリアになっていくに従って、そうではないとわかった。


 木もなく、水もなく、砂もなく。

 硬くひび割れた不毛の大地には、ただ石ころが転がっているばかり。

 つまり、荒野だ。



「本当にこれ、何が起きたんだ……」



 既にゲーム内時間で夜の七時を回ったというのに、ギラギラと照りつける太陽は未だ真上にあった。


 砂海のように死に直結する程の暑さではないが、なんとなく影が欲しいのでインベントリから編笠を取り出して被ると、途端に涼しくなった。

 流石ジャパニーズマストアイテム。クールだ。


 深編笠(虚無僧のアレ)のように視界が悪くなることもなく、ある程度のバフもつく優れものだ。

 ヴァトルクライにギターの製作を依頼した時についでに作ってもらったのだが、そういえば着けるのを忘れていた。


 ……と、そうではない。現状の確認をしないと。

 見渡しても周囲にプレイヤーはいないが、キルカを含めた四人のHPは満タンだ。死んではいないらしい。

 自分一人だけがここに来てしまったというわけでもないだろうし、ここは一先ず連絡を取ってみることにしよう。



————[急造チャット]————


System:[ナツレンがGOOD、ミーティア、御兎姫を招待しました]


ナツレン:みんな今何処にいるんだ?


System:[御兎姫が参加しました]


御兎姫:[写真]


御兎姫:人の気配がない


ナツレン:森っぽいな。枯れてるけど


System:[GOODが参加しました]


System:[ミーティアが参加しました]


GOOD:[写真]


GOOD:俺はここだぜ


ナツレン:なんかこういう世界遺産なかったか?


GOOD:カッパドキアだな。確かに似てる。


ミーティア:私は谷のような場所にいるわ。とりあえず登ってみてるところよ


GOOD:合流しておきたいな


ナツレン:何か目立つものないか?


御兎姫:塔


ナツレン:塔?


GOOD:あー、あるな。遠くに


ナツレン:それなら一先ずそこ集合でいいか


御兎姫:わかった


ミーティア:了解よ!



——————



「塔、か……」



 遠くを眺めてみると、なるほど、確かに塔のような高い建造物が見えた。

 その輪郭がおぼろげなのは、単に距離的にかなり遠い位置にあるのか、それとも何か他に理由があるのか。

 まあ他に目立つものもないし、とりあえずはそこに行けばいいだろう。

 キルカも見つけなければならないが、闇雲に探すよりは来ていそうなところに行ってみる方がいいだろうし。



 遠くに霞む塔の方角に歩き出したところで、背後でザッと足音のような音が鳴る。

 キルカか?

 そう思って振り返った俺の鼻先を、巨大な鋏が掠めた。



「キチキチ」


「…………えっ」



 慌てて飛び退いた俺が見たのは、全長10メートルを超えるであろう巨大な青い蟹の化け物だった。



「……は?」



刻錨蟹(アンカー) アズール]と表示されたその化け蟹は、四つの鋏のうち最も巨大なものを掲げて打ち鳴らした。

 それに呼応して、一回り小さい——と言ってもそれぞれ1メートルを超えているのだが——無数の蟹たちが現れる。

 そのまま蟹たちは横歩きで俺を取り囲み、鋏を振り上げて威嚇してきた。



「やべっ、囲まれた!?」


「キチ、キチキチ」



 スカイグライドで離脱……はギリギリ無理そうか。見える範囲だが蟹の包囲網はかなり厚い。

 どこかに抜け道を作るのも難しそうだ。


 ……絶体絶命じゃね?


 あまりにも厳しい状況にリスポーンを覚悟した、その時。

 ガシュッ、という音が連続して響き、雷が迸った。



「こっちです、ついて来なさい!」



 包囲網に開いた一筋の通り道から、聞きなれない声がかかる。

 現れたのは、先ほど見たパワードスーツの男だった。


 響く駆動音と共に関節部から光が漏れ、手に持ったバズーカのような機械から一筋のプラズマが放たれる。

 一見、GOODの様に現代的な兵器を使っている様だったが、どちらかというともっと未来的というか、SFチックな感じだ。



「助かった!」


「連絡はGOODから受けています。塔に向かいますよ!」



 横から振り抜かれる鋏を飛び避けつつ、どうにか包囲網を抜け出す。

 

 足からエフェクトを散らしながら荒野を駆ける彼に手を引かれ、俺たちは塔に向けて疾走したのだった。



————



 塔には思ったよりも早く到着した。

 なんとなくもっと遠くにあるように見えていたのだが、そうでもなかったらしい。



「……!」


「無事だったか!」


「なんとかな」



 塔には既にGOODと御兎姫がいた。

 それから程なくしてミーティアとキルカがやってきて、更に少し遅れて狼マントの少女も塔に辿り着いた。



「さて……これで全員ですかね」


「あの場にいた奴はな」



 今この場にいるのは、俺やキルカを含めて七人。

 エルヴォルクの素材を集めに行った俺たち五人と、その後出会った二人のプレイヤーだ。



「さて……ナツレンとキルカは二人とは初対面だよな? 一応自己紹介くらいはしておくといいんじゃないか」


「そうか。確かにそうだな」



 同じ同盟に参加している人間ということでGOOD達はでそれぞれ面識があるようだが、俺はその辺りの事情に詳しくない。

 名前くらいは覚えておかなくては。



「俺はナツレンです。回避盾兼アタッカーやってます。よろしくお願いします」


「よろしくね!!」


「敬語じゃなくとも問題ありませんよ」


「あっはい」



 敬語使ってる人間に敬語じゃなくていいと言われても……って感じなのだが、おそらく敬語はロールプレイの一環なのだろう。

 それに従っておくことにする。



「キルカだぞ、よろしくなっ」


「よろしくお願いします。……NPCですか?」


「ああ、NPCを連れ回すタイプのクエストだからパーティに加えてるんだ」

 

「なるほど、そういうことですか」



 咄嗟の嘘だったが、とりあえずバレずに済んだようだ。ユニークの情報は伏せておきたいし、人型のペットだとバレるとそういう性癖の存在を疑われかねないし。



「では、私の番ですね。私は八百万のチーズ牛丼。長いので八百万(やおよろず)とお呼びください。普段は『イルミネーター』のクランマスターをやっています。どうぞよろしく」



 そう言って彼はうやうやしくお辞儀をした。

 なんかこう、掴み所のない妙なプレイヤーだ。

 ステータスから職業を見てみると……古代機装(オールド・アームド)? 当然のように知らない職業だった。

 まあ、機械使って戦うタイプなのだろう。

 さっき蟹と戦ったときもそんな感じだったし。

 


「じゃあ、次はあなたの番ですよ」



 そう促された少女は元気よく「うん!」と返事をして、俺の元に一歩踏み出した。



「私はウルフさん!! 【賢狼会】クランマスターにして最強の格闘プレイヤーだよ!」


「『さん』まで名前なのか?」


「そうだよ! そうしておけば全員からさん付けで呼ばれるからね!!」



 そんな理由なのかよ。



「ちなみにウルフは最強の格闘プレイヤーとか言ってるけど、私の方が強いわよ」


「うがーっ!!」


 普通に敬称略で呼ばれたウルフさんは、ミーティアに対し両手を振り上げて威嚇した。

 なんかキルカよりも獣っぽいな。



「さて、この状況についてだが……そっちの二人は何か知ってるだろ?」


「…………そうですね。ここまで来れば隠す必要もないでしょう」



 少し黙考してから、八百万はゆっくりと口を開いた。



「【イルミネーター】と【賢狼会】は協力してフェルバ砂海を調べていました。元は【賢狼会】内部で調査を行う予定だったようですが、あまり上手くいかなかったようで」


「だから調査ばっかやってる【イルミネーター】と手を組んだんだよー!」


「なるほど……」



 十二クラン同盟の中でもそういうのあるんだな。

 確か超さんは前に『ユニーク関連の情報は同盟外にさえ持ち出さなければどう扱っても良い』と言っていた。

 こうやって同盟内で手を組むのであれば特に問題はないのだろう。多分。



「我々が今何に立ち向かっているのか。推測はできますが、その通りであればあなた方の方が詳しいでしょう。意見を聞かせてもらっても?」



 八百万の言葉に、腕を組んだミーティアが口を開く。



「ええ。あの眼の正体なら、もう見当がついているわ。きっと推測通りだと思うのだけれど、一応共有しておこうかしら」



 話に飽きたのか、ウルフさんはキルカと遊んでいたが、気にせずにミーティアは言葉を続けた。



「あの『ARCANA-XV』という表示は、以前私たち【アルゴノーツ】が『月』に挑んだ時にも見たの。その時はXVではなくXVIIIだったけれど……まあ、そのままの意味ね」



 ヴォックソにおいてアルカナと言えば、ユニークモンスターの中でも一際特殊な存在である『アルカナシリーズ』の事を指すだろう。

 俺も詳しいわけではないが、大アルカナの十五番目と言えば、つまり……



「つまり、私たちは今、未発見のアルカナシリーズ——『悪魔』に最も近い場所にいるということよ」

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