Part61 銀棘竜エルヴォルク
現れた銀の竜——エルヴォルクは、砂を巻き上げるほどの音圧で吼え、飛翔した。
……いや、飛翔ではない。
輝く太陽を背にシルエットとして浮かび上がったその巨躯には、およそ翼と呼べる部位が存在していなかった。
その姿は、竜というよりも、もっと——
「——魚だ」
自立するための脚はあるようだが、それ以外に目立つ部位はヒレ程度のものだ。
砂の海を泳ぐ竜のような魚。それがエルヴォルクというわけか。
まあバハムートも本当は魚だしな。
と、そんなことを考えている間に、浮かび上がった大質量は重力に引かれるがままに俺たちの元へと落下し、大きく砂の飛沫を上げた。
落下直前に走ってそれを避けつつ、俺は視界端に映るパーティメンバーのHPを確認する。
別枠として表示されるキルカも含め、誰一人として攻撃を食らってはいないようだった。
流石廃人たちだ。練度が違う。
「行くわよ!」
「俺は援護に回る!」
GOODのミニガンが唸り声を上げて弾を吐き出し続ける中を、ミーティアが拳を青白く光らせながら走り抜ける。
かなり歩きにくい足場だが、走力が衰えていないのは何らかのスキルが働いているのだろう。
彼女はそのままエルヴォルクへと飛びかかると、無数に生えている銀色の棘に掴みかかった。
「《羅睺》!!」
スキルの発動とともに、一瞬網のようなエフェクトが広がる。そのまま彼女は拳による攻撃を加え始めた。
「……っと、俺たちも行くぞ」
「わかったぞ、ご主人!」
俺は一先ず多腕機神の刃影をハンマーへと変化させる。
そして一つ、新たに獲得したスキルを発動し、砂の海を滑るように駆けた。
《グライドステップ》、《エアグライド》ときて、最終段階である《スカイグライド》だ。
実の所、かなり前から取得自体はしていたのだが……なかなか使いこなせなくて封印していたのである。
平面上の動きしかできなかった第一段階。
移動幅が増えたことに加え、うまく使えば多少の縦の動きも可能となった第二段階。
そしてこの第三段階は、一言で例えるのなら『無重力状態』だ。
最早動きに制限はなく、四方八方自在に滑ることが可能……と言えば強そうではあるし、実際強いのだが、それを使い熟すのは余りにも難しい。
第一、第二形態では方向を決めるときに足裏が地面に触れている必要があったが、第三段階ではその縛りがないのだ。
つまり、足がある場所がそのまま地面として判定されるというわけだ。
今までと同じ感覚で使っているとすぐにひっくり返ってしまうし、どうにか安定させたところで実戦では使い物にならないため、とにかく練習を続ける必要があった。
そしてその努力がようやく実を結んだということで、この戦いで本邦初公開と相成ったわけだ。
「っし……行ける!」
飛ばされた巨大な棘をひらりと身を躱して回避し、エルヴォルクの頭上で手動でスキルを解除。
そして、ハンマーをしっかりと構え——
「——《エナジー・トレント》!!」
スキルの発動と同時に噴き出した雷にも似た凄まじいエネルギーの奔流を強引に御し、その勢いのままエルヴォルクの脳天に叩きつける。
ビリビリと骨の震えるような衝撃が腕から全身に伝わり、砕け散って吹き飛んだエルヴォルクの棘が俺の頬を掠めた。
《スカイグライド》の支えを失って自由落下する中で、俺は手筈通りに多腕機神の刃影を大剣へと変化させ、叫んだ。
「キルカ!!」
「任せろ、ご主人!!」
地を蹴って跳躍したキルカが、俺が構えた大剣を足場に二足目を踏み込み、更に跳ぶ。
その高度が最高地点に達したとき、彼女の爪から手、腕までもが柘榴石の様に深く紅く染め上げられ、光を放った。
「《ウングィス・ルフス》ッ!!」
紅い閃光がキルカを始点に放たれ、エルヴォルクの頭部を刺し穿って地面に穴を開ける。
まあエフェクトなので実際にはエルヴォルクに貫通した跡が残ることはないのだが、それでも一度俺が攻撃をして防御力の弱くなったところをめがけて攻撃をしていたので、かなりのダメージが入った筈だ。
「良いコンビネーションだわ! 私たちも負けてられないわね! アレやるわよ!」
そう言って、一度張り付きを解除したミーティアが、エルヴォルクの棘をバリバリと食べながら御兎姫を担いで走り始めた。
「えっ、私……!? 何これ……!?」
御兎姫は目を回していた。これ絶対に事前の打ち合わせとかないやつだ。
そんなことは一切気にせず、ミーティアはそのまま御兎姫を高く放り投げ、自身は詠唱を始めた。
「——魁杓合わせて斗と成りて、七星煌きて我が拳と共に在れ」
「お前っ、いい加減に……もうっ……! 《影法師》、《影縫針》……!」
御兎姫はミーティアに呆れつつも、頑張って空中で手を振るった。
スキルによって現れた大きな影法師にエルヴォルクが気を取られ、更に降り注いだ鋭い針がその全身を地面に縫い止めたのと同じタイミングで、ミーティアの必殺の拳が放たれた。
「——《滅流七星》!!」
円環を描く六発の拳と、その中央を穿つ一撃。
本来であれば、捻れ、吹き飛ぶほどの強烈な攻撃だが……しかし、今回は《影縫針》によって地面に繋ぎとめられていたため、エルヴォルクがほとんど動くことはなかった。
しかし、そんな状況にあって、ミーティアはにっこりと微笑んで呟いた。
「ナイス判断よ、御兎姫」
瞬間、ミーティアの右の拳が燃え上がるような闇を纏い、エルヴォルクに叩き込まれた。
離れていてもわかる、ズンと響くような、強く、重い一撃。
それだけではない。闇は拳の触れた場所から体内に吸い込まれていき、数秒の時間を置いてから体内で爆発したのだった。
「————!!!」
立て続けに大技を食らったエルヴォルクが、流石に声にならない声をあげる。
そして大きく開いた口内に、白い煙を伴って突き進むミサイル弾が突っ込んだ。
バグン! とくぐもった音が響き、銀の巨体が跳ねる。
……なんか、フルボッコだな。
まあわかっていたことではあるけど。
その後も俺たちの攻撃は続き、フェルバ砂海にはエルヴォルクの声が響き続けたのだった。
——————
「みんなありがとう。おかげで素材も集まったよ」
日が沈みかけ、空と砂の色が濃いオレンジ色へと変わった頃、エルヴォルクの亡骸から素材を回収し終えた俺たちは少し辺りを散策していた。
「気にすんなって。俺もこのエリアの調査とかしたかったし、ミーティアもエルヴォルクの素材が必要だって言ってたからな」
「ええ、新作料理の為よ」
可食部あるのか?
……まあ、それはともかく、エルヴォルクを倒したことによって、一応の素材は集まった。
あとは武器職人に渡せば問題なく銀棘竜爪を作ることが可能だ。
余った素材があったらヴァトルクライに渡してみても良いかもしれない。銀色だし、青には合うだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に御兎姫が声を上げた。
「……? あそこにいるのって……」
彼女の視線の先を見ると、砂漠の中に二人のプレイヤーが立っているのが確認できた。
一人は強化外骨格のようなメカメカしい装備を身に纏った、眼鏡の男。
一人は首ごと加工された狼の毛皮をマントのように身につけている、野性味溢れる少女。
注視して名前を見てみると、男の方の名前は「八百万のチーズ牛丼」で、少女の方は「ウルフさん」であった。なんか不思議な名前だ。
「なんかシンパシーを感じるぞ」
「狼っぽいもんな。プレイヤーだけど。……っていうか同族の毛皮剥がれてるけどいいのか?」
「ああ、敗者に口なしだぞ」
「シビアだなあ」
こういうところはやっぱり狼なんだな。
二人のプレイヤーに関しては、名前も外見も俺の記憶にはかすりもしなかったが、GOODやミーティアの反応を見ると、やはり知り合いのようだった。
「誰なんだ?」
「ウルフさんと八百万ね。どちらも十二クラン同盟に参加しているクランのクラマスよ」
「なるほど」
「…………でも、なんで二人がここに」
「気になるな。突撃してみるか」
「そうね」
言うが早いか、GOODとミーティアはズンズンと砂漠を進み、すぐに奇抜な二人組の視界に入ることになった。
「……おや、【アルゴノーツ】の皆さんですか。一体、こんな未踏破領域まで何をしに?」
「エルヴォルクを倒しに来たの。それ自体はもう終わったけど、折角ここまで来たのだから、少し見て回ろうと思ったのよ」
「なるほど、エルヴォルクですか。皆さんなら楽勝でしょうね」
クラマスらしい眼鏡の男は笑顔で話を続けていたが、その裏には何かを隠しているような気がした。
何を隠しているのか知りたいところだが、大規模クランをまとめる人間だけあって、その立ち振る舞いには隙がなく、それどころか余裕すら感じられる。
これは、水面下でのバトル——腹の探り合いが発生するのではないだろうか。
そう考えた俺の視線の先で、もう一人の野生児っぽい少女がめちゃくちゃあたふたしていた。台無しだった。
「……何か隠してるよな、アレ」
「なっ、何も隠してないよ!!? 本当に!!!」
本当に台無しだった。
なんなら、眼鏡の男もため息をついていた。
いたたまれない空気に耐えられなくなって、逃げるように空を見上げると、刻は既に黄昏を過ぎ、薄明と呼ばれる時間帯へと突入しているのがわかった。
太陽は既に沈んだというのに、空はまだ薄明るい。
現実では光の散乱によって生じる現象らしいが、ゲームなので単に色が変わっているだけだろう。
とりあえず、そんな感じで天気の話でもしておこう。
そう考えて、声を発しようとしたその瞬間。
——ぞくり、と。
心臓を掴まれるような、冷たく、鋭い感覚が、俺の体内を駆け巡った。
それは他のプレイヤーも、NPCであるキルカでさえも同じだったようで、それぞれが驚いたように辺りを見回していた。
何か良くないことが起きる。
俺の脳内警報がけたたましく鳴り響いていた。
そんな中、地を割いて現れたのは、その場にいる全員が収まる程に大きな——眼だった。
「なっ……!?」
その眼がまたたくのと同時に、人間の手のような触手が無数に伸び、俺たちの身体を絡め取る。
そしてそのまま抵抗する間も無く、俺たちは地の底へと引きずりこまれて行った。
徐々に薄れゆく意識の中、瞼の裏に一つのメッセージが表示される。
いつものシステム的な表示とは違う、赤い英字だ。
[ARCANA-XV]
意識が消える間際にその言葉の意味を理解して、俺はとんでもないことに巻き込まれたのだと悟ったのだった。




