Part58 異なる地での思わぬ再会
4章のプロットが固まったので更新ペースを上げていきたいです。
人通りの多いツヴェルヘイムの大通りを、俺は御兎姫と共に歩いていた。
辺りを見回すと、現在到達できる最後の街であるのだから当然ではあるが、どのプレイヤーも見るからに強そうな装備を身につけている……と思っていたのだが、実際は、ネタ装備や見た目重視な装備とガチ装備は半々といった感じだ。
MMOならではの光景だな。
と、キョロキョロしている俺に、横を歩く御兎姫が声を掛けてきた。
「……ところで、欲しいのはどんな楽器?」
「ギターだな」
「……なんでギター?」
「ミュージックブレイバーってゲームでギター触ったら、なんか興が乗っちゃって」
「ミューブレ……また妙なゲーム……」
呆れたような顔で、彼女は溜息をついた。
どうやらミューブレを知っているらしい。
反応から察するに、内容もある程度は知っているようだ。
「人は選ぶだろうけど、俺としては結構面白かったぞ?」
「……まあ、あのPVPは面白いと思うけど、私は音楽のセンス全然ないから」
「そうか。普通に遊ぶなら初心者でも問題ないけど、確かに上位勢は大体普通に演奏してたな」
まあランカーは使ってる楽器が軒並み普通では無かったけど。
「……そういえば、私の同僚もやってたはず。スクリームって名前で、ランカーらしい」
「そうなのか? 強い奴とは大体戦ったけど、あのゲームのガチ勢は基本二つ名で把握してるからな……何の楽器使ってるか分かるか?」
「確か……ヴァイオリンだった」
「ヴァイオリンか……」
ランカーで、ヴァイオリン使いか。
…………あいつしか居なくね?
「……まさかね」
「?」
俺の呟きに首をかしげる御兎姫だったが、ふと、ある店の前で立ち止まった。
「……もしかして、ここ?」
「……うん」
「おおう……」
この大通りに並ぶ店は全てプレイヤーが経営しているもので、それぞれ特徴的な見た目をしてはいるのだが……その中でも目立つ、黒一色の外観。
軒先に掲げられた看板には、スプレーで殴り書かれたような文字で『BADAX』と赤く記されている。
「……思ったよりもロックな店だな」
意を決してドアを開けると、壁や床に所狭しと並べられた楽器類が俺たちを出迎えた。
ギターやドラム、キーボードなどの一般的なものから、見ただけでは弾き方のわからない民族楽器のようなものまで様々だ。
「ごめんくださーい」
「……あ?」
俺の声に反応して、店の奥で何やら作業していた大男が振り向いた。
彼は硬い表情で俺をジロジロと見ていたが、御兎姫を見るとすぐに警戒を緩めた。
「……あぁ、なんだ御兎姫か。背が低くて見えなかったぜ」
男がそう言い終わるのと同時に、彼の額に深々とナイフが突き刺さった。
横を見ると、御兎姫があからさまに投擲後の姿勢になっていた。
「……殺すぞ……」
「もう死んでないか?」
少なくともナイフを直撃させてから言うセリフではない。
仕方ないからリスポーンまで待つか……と思ったのだが、予想に反して男は未だ死に至ってはいなかった。
「まだ死んでねえよ。で、何が必要なんだ?」
「あ、ああ。ギターを作って欲しいんだ。別ゲーで俺が使ってる奴なんだが……」
額にナイフが刺さった状態で話を進める男に、俺はホームメニューから呼び出した写真を差し出した。
写っているのは『|Blue Tachyon』という名の青いギター。ミュージックブレイバーでギタリスト一位の座を獲得して授けられた、俺の愛機だ。
とりあえず見た目だけでも再現してもらえれば良いだろう。速弾きカスタムに関しては、ヴォックソでも重要そうであれば試してみてもいいかもしれない。
そう思っていると、店主は驚いた顔で俺に詰め寄ってきた。
「って、おめえ『速興師』か!?」
「えっ」
急にその名を呼ばれ、俺は一瞬反応に詰まる。
俺の二つ名を知っているということは、彼は確実にミューブレの経験者だ。それも、ごく最近プレイしている。
咄嗟に俺はウインドウを開いて店主の名を確認した。
————————
PN:ヴァトルクライ
職業:楽器職人
クラン:EpiX
————————
「ヴァトルクライ……」
さっきも言った通り、俺はミューブレのプレイヤーを二つ名で記憶している。
しかし、この名前だけは、強く記憶に残っていた。
「『デストロイヤー』か!」
「おう!!」
ミューブレ内のギタリストトーナメント決勝で俺と覇を競った『デストロイヤー』の二つ名を持つ男は、ハンマーのような無骨なギターを背負って親指を立てた。
「……知り合い?」
「ああ、ミューブレで知り合ったんだ」
「決勝で戦ったからな。そりゃあもう戦友よ」
肩を組んだ俺たちからピースサインを向けられた御兎姫は、なんとも言えない冷めた表情をしていた。
「だが、皮肉なもんだな。俺がコイツを作ることになるとは」
「悪いな、なんか」
「いや、いい。ぶっちゃけ、アレは俺のスタイルに合わねえからな。もっとゴツくねえと」
「そういえばそうだったなお前……」
ギターを叩きつけ、グランドピアノを放り投げるような彼の滅茶苦茶なプレイスタイルを思い出していると——突如、聞きなれない電子音が鳴った。
何事かと辺りを見回すのと同時に、視界に大きくアナウンスが流れる。
『速報——ユニークモンスター「愛憎のシュトラウゼン」が初撃破されました』
「えっ」「……え」「は?」
唐突な内容に、三人の声が重なる。
『撃破者は「我楽」「シンガイ」「はなこ」「プロキシディオス」「ふぇむと」「ヴァンバーグ」「風流院」「gif犬」「シャルル91世」「菩薩」の10名です』
困惑する俺の目の前に、次々にプレイヤー名が流れて行く。
店の外から聞こえてくるのは、やはり困惑や驚愕の入り混じった騒めきであった。
「これなに?」
「……全てのユニークモンスターは、初めて撃破されたときにこうやってアナウンスが入る」
「へえ……そういうシステムなのか。初めて見たな」
「前回は現実時間で二週間くらい前だったか。当然だが、ログアウトしてる時に流れることもあるからな」
なるほど。
そういえば、攻略wikiのユニークモンスターの項目に、名前だけ記されているものが結構あったが、あれは先程のようなアナウンスが流れるからだったんだな。
「にしても、我楽ってーと、【天の最果て】か。同盟結んでるとは言え、情報は簡単には回ってこねぇだろうな」
「……いつもの事」
クランの事情に関しては、あまりよく分からない。
ヴァトルクライが所属している【EpiX】が十二クラン同盟に参加しているということは辛うじて知っているが、他の情報に関しては未だにほとんど知らないし。
今度GOOD辺りに聞いてみるか。
「さて……ギターが欲しいんだったな。コイツを再現するなら、いくつか素材が必要になる。構想にある程度時間がかかるから、連絡用にとりあえずフレンドになってくれ」
「わかった。性能面は任せるよ」
「おう、本家を超える最高のギターを作ってやるから安心して待ってろ」
心強い言葉だ。額にナイフが突き刺さっているので色々と台無しだが。
……にしても、ユニークモンスターの初撃破か。
何となく惹かれるものがあるな。
あの『参傷狼伝説』に関しては自力で見つけたものではあるが、ユニークモンスターは出現しなかった。
ゲートキーパーは正真正銘ユニークモンスターだが、これに関しては先にユーゴさんが倒している。
「いつかアナウンスされてみてえなあ……」
そんな風に呟きながら、俺はヴァトルクライの店を後にしたのだった。




