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Part43 牙と爪、鎌と炎



「《澹月(たんげつ)》!!」



 一瞬の隙を突いて懐に潜り込み、出の速い刀技を叩き込む。

 淡く輝く刀の一撃は、ペイルライダーの黒鎧を穿ち、そのまま斬り抜いた。


 しかし、ペイルライダーはそんな傷も意に介さないようで、落ち着いた動作で手に持った大鎌を鋭く振るった。

 空中での《エアグライド》によってそれを何とか回避し、着地地点に放たれる青白い鬼火のような炎を横に転がって避ける。



 戦いは熾烈を極めていた。


 ハメに近い一方的な戦闘が出来た第一形態と比べ物にならないくらい、第二形態は凶悪であったのだ。



 まず、機動力がエグい。

 青白い炎の馬は、その巨体に似合わぬ軽快さでエリアを縦横無尽に馳け廻る。

 その為、張り付いて動きを制限することが難しい。


 次に、リーチが長い。

 これに関してはもう、ペイルライダーの持つ鎌がそのままデカくなったからというのが一番の理由なのだが、それに加えて攻撃に炎が付いてくるので見た目以上にリーチが長いのだ。


 そして最後に、制圧力がヤバい。

 機動力と攻撃範囲は、本来ならばあまり両立されることのないものであるが、ペイルライダーはそれを両立する。

 馬と騎士で役割を分担しているからだ。

 それによる凄まじい戦場制圧力は、結果としてこの廃教会という空間の中から安全地帯を消滅させる。

 

 俺単体であればまだどうにかなるが……問題はキルカだ。

 いくら俺がヘイトを受け持っても、容赦ない範囲攻撃は同時にキルカも傷つける。

 流石に紙装甲の俺とは違って耐久力もかなりあるが、それでも放置は出来ない。


 どうせ俺は一撃でも食らえば即死なので、インベントリ内の回復薬を適宜キルカに与えているのだが、薬も有限である以上いつか底をつく。


 つまり、避け続けるだけではジリ貧だ。

 避けに徹するだけでよかった第一形態とは違い、何とか隙を見て攻撃を叩き込まねば、俺たちに待っているのは確実な敗北なのだ。



 既に日は沈み、崩落した天井から月の光が静かに差す廃教会に、青白い炎と黒い斬撃が舞う。


 ペイルライダーが頭上で大鎌を回転させ、馬が嘶いた。

 そんなわざとらしい予備動作をしっかりと目に収め、炎を纏った大鎌の一撃を正確に避ける。

 巨大な圧を持って放たれた斬撃は、切り裂いた地面に火を落とし、戦闘エリアを小さく分断した。

 避けるのは容易いが、その後に響くタイプの攻撃だ。



「くっ……何が最適だ……?」

 


 避けに集中するとき、俺はヘカトンケイルを短剣やメイスなどの短く取り回しのしやすいものに変える。

 しかし、そういったタイプの武器はそれ専用の構成を組まないとダメージが出ないもので、このような回避と攻撃同時に行わなければならない状況にはあまり適さない。


 武器を変形させられるとは言え、変形は瞬時に行われるわけではない。

 攻撃するタイミングで咄嗟に武器種を変えるのは、相手に隙が生まれるタイミングでなければ現実的ではないのだ。


 さて、攻撃力で言うなら俺の最大火力はハンマーだが、当然これは回避に向かない。

 同様の理由から太刀も厳しい。高水準に纏まっている武器種ではあるが、太刀状態のヘカトンケイルは一般的な太刀よりも若干リーチが長いのだ。

 


 いくつか武器を思案し、最終的に俺が選んだ武器は鉤爪だった。

 強力な攻撃系スキルも多く、攻撃面では短剣などより優れるこの武器は、回避と攻撃を両立するのに適している筈だ。

 あとキルカとお揃いって感じなのも良い。



 メニュー画面から事前にスキルセンターで試してあった使えそうなスキルを習得し、発動する。



「《不惜身命》!」



 発動とともに、感覚的に攻撃力が上昇したことがわかる程に、両手が力を持つ。

 今使った格闘系スキル《不惜身命》は、まさに俺向きのスキルである。

 効果は攻撃力の大幅な上昇と、防御力の大幅な減少だ。

 防御力がカスになるというデメリットはあるが、その分倍率も高いらしい。

 ついでに俺は元から防御力がゴミなので、このスキルを使ってもゴミがゴミカスになるだけだ。特に問題はない。


 そしてその状態に、更にもう一つスキルを重ねる。



「《魔拳重掌》!」



 こちらの効果は極めて単純。攻撃に追撃が発生するようになるスキルだ。

 追撃の倍率自体は特筆するほど高くはないようだが、しかし参照される数値はバフのかかった後の攻撃力であるため、大幅なバフである《不惜身命》と極めて相性が良い。


 現状取ってある拳系スキルはこの二つだ。

 冥幻闘士には獲得できるスキルポイントが通常の職より多いというメリットがあるが、その分スキルの選択肢も膨大な為、ある程度切り詰めて行かなくてはならない。

 と言うわけで、今のところは相乗効果(シナジー)のある強力なスキルを武器種ごとに二つ取ることにしている。その上でメインとして使っていけそうなら他のも取っていく感じだ。



「よし……行くぞ!」


「ガウッ!!」



 不規則に歪む斬撃を躱し、《エアグライド》でペイルライダーの高さまで跳躍。

 その勢いのまま、黒鎧に爪を突き立て、引き裂く。


 フシュウと音を立て、傷口から黒い霧が漏れ出して行く。

 触れたら感染するとかだと嫌なので霧に当たらないように一度退き、傷口が塞がったのを確認して再度突撃する。

 同じ手は二度も喰らわないとばかりに大鎌を構えて鬼火を飛ばすペイルライダーだが……残念ながら本命は俺じゃない。



「今だ、キルカ!!」

 


 ペイルライダーの認識範囲外からキルカが飛び出し、黒い兜に噛み付く。

 突き立てられた牙は紅く輝き、ゴシャリと強い音を響かせてペイルライダーの頭部を噛み砕いた。


 頭部を破壊されたペイルライダーは、目に見えて狼狽し始めた。

 無差別に鎌を振り回し、頭部を再構築しようと霧を集めるが、上手く行っていない。

 ……つまり、ボーナスタイムだ。



「よし……槍にするか」

 


 爪を槍へと変化させ、《捷焚べる天道(ソウェイル)》で穂に炎を宿す。

 そして、その炎に薪を焚べるように、暴れ回るペイルライダーの背後から連続してダメージを与えてゆく。



「いい感じに燃え盛って来たな……頃合いか!」



 バフが理想的な倍率に達したのと同時に、ペイルライダーの頭部がズズズッと急速に再生を始めた。

 それはボーナスタイムの終わりを表すのと同時に、絶対に回避されることのない致命的な隙を晒したことも表していた。



「俺の最大火力——では無いけど、食らえっ! 《射貫く霹靂(スリサズ)》!!」



 煌々と燃え燦めく炎の槍に雷の力を乗せて放つと、その瞬間夜の闇を払う程の光量が溢れ、爆発するような音が響いた。

 まさに、霹靂だ。


 辺りを照らす光が月光だけへと戻ったとき、飛んで行かないように斜め上から放った槍は、教会の地面に柄の半分ほどまで突き刺さっているのがわかった。

 とんでもない威力だ。


 そんな攻撃を食らったペイルライダーが無事な筈もなく、頭部の再生も半ばと言うところで胴に大穴を穿たれてその動きを止めていたのだった。



「平気か……?」



 俺が用心しつつ槍を引き抜くと、ほとんど同じタイミングでペイルライダーの黒鎧が頭の方から崩壊を始めた。

 砂の山が風に流されて舞い崩れていくように、サラサラと流れてゆく。



「……っし、勝った!!」



 そんな光景を見て、俺は力強くガッツポーズを決めた。


 このペイルライダーは、俺にとってはかなり強敵であった。

 ゼーヴェンクライツへ行くためのエリアボスが瞬殺だったために少し油断していたが……キルカがいなかったらどうなっていたことやら。



「キルカ〜……マジで助かった、本当に」

 

「グルルル……グワゥ!!」


「えっ」



 抱きつこうとした俺を遮って、キルカが吠えた。


 え、俺拒絶されてね?


 ……と、一瞬思ったが、違う。そうではない。

 キルカは俺ではなく、俺の背後を見ていた。


 俺の首筋を嫌な予感が撫でる。

 恐る恐る振り向くと……ああ、本当に恐れていた事態が起きていた。



 ペイルライダーは消滅していなかったのだ。


 崩落は首元までで止まり、頭部があった場所には青白い炎が勢いよく燃え盛っている。

 その姿はペイルライダーというより首無し騎士(デュラハン)に近く、黒鎧の所々から炎が吹き出し、下半身などはほとんど馬と一体化している様だった。



「第三形態かよ……!!」



 これはマズい。アイテムが底をつきそうなことよりも、俺の集中が途切れたのがマズい。

 連戦自体はさほど苦ではないのだが、その途中で意識を切らしてしまうとテンションを戻すのに時間がかかってしまうのだ。


 

「——————ッ!!!!」



 魂を震わせるような、人に理解させる気のない咆哮が教会内に反響し、俺に恐怖のデバフを付与する。


 とにかく戦わなければ生き残れないと、俺は得物を強く握り……同時に、右手の甲の傷痕が、印を刻み付けられた時と同じように紅く光を放ち始めた。



[キルカの覚醒スキルを発動できます]


「覚醒スキル!?」



 目の前に現れた表示に記された初めて聞く単語に、俺の心臓が踊る。

 覚醒スキルって何だよ、かっこよすぎか……?


 何が起きるのかはわからないが……考えている余裕はない。

 目の前に現れたウインドウに指を運び、覚醒スキルを発動させる。



「アォ————ン!!」



 キルカが高く吠えたのと同時に、辺りの光が唐突に喪われた。

 月明かりすら存在しない完全な暗闇の中で、ズン、と響くような音が鳴る。


 霧が晴れて行くように、辺りには徐々に光が戻り——



「……ッ! かっけえ!!」



 ——俺の横に、馬と同じくらいに大きく、更に凛々しくなったキルカが佇んでいたのだった。

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