Part41 キルカ
[キカトリクス・ルプスをテイム出来ます]
「テイムかぁ……」
俺の前に座る、顔に傷のある狼は、ただじっと俺を見つめていた。
テイムというのはテイマーにしか出来ない事だと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。
強者と認めた、とか表示されていたので、もしかしたら普通の方法ではないのかも知れない。
……まあ、居て困るようなものでもないだろう。
幸い、餌に出来そうな肉は適当に雑魚モンスターを狩れば手に入るし。
テイムしたモンスターがどのような扱いになるのかはわからないが、やるだけやってみるか。
「……と言っても何したら良いんだ?」
とりあえず、インベントリから猪肉を取り出して狼の前に置いてみる。
すると、狼は少し匂いを嗅いでから、ガツガツと肉を喰らい始めた。
……これ、体力回復したら普通に反撃して来たりしないよな?
そんな心配とは裏腹に、肉を食べ終わった狼はゆっくりとこちらに近づいてきて、しゃがんでいた俺の側に寄り添うように座り込んだ。
なんか良いな、こういうの。
そう思って、俺は狼の頭に手を乗せようとし——右手の甲が紅く輝いていることに気づいた。
「うわっ!? 何だこれ」
紅い光は徐々に光量を落とし、やがて完全に光が収まった時、俺の右手の甲に、鋭い爪で引き裂かれたような三本の黒い傷痕が残っていることがわかった。
触ってみると、実際に傷を負っているわけではなく、タトゥーのような印が付いているようだった。
それが何を意味するのかを考える間も無く、新たに視界に表示が現れる。
[キカトリクス・ルプスをテイムしました]
ああ、なるほど。
これが契約の証みたいなものなのか。
まあ、何はともあれ問題なくテイム出来たようで良かっ——
[ユニーククエスト 参傷狼伝説 を開始します]
——え?
今ユニーククエストって出た?
メッセージログを見る。
……見間違いじゃない。ユニーククエストだ。
すぐにゲーム内からブラウザを開き、仮想キーボードを叩いてユニーククエストについて検索する。
しかし、予想通りではあったが、wikiや掲示板などを見ても『参傷狼伝説』という名のクエストについて記されていることはなかった。
キカトリクス・ルプスというモンスターについての情報はある。
しかし、あまり詳細な情報は無く、当然のようにテイムについては触れられていなかった。
コメントを見る限り、単に出現率の極めて低いレアなモンスターとして認識されているらしい。
「……秘匿されてるか、そもそも俺が始めて見つけたか……だな」
俺がユニーククエストに関わるのはこれが三度目だ。
一度目は冥き門の試練で、二度目は未だ進めていないが、冥き門の試練を突破した直後に現れたヘカトンケイルの覚醒という名のものである。
冥き門にたどり着いたのはユーゴさんのおかげなので、自力でユニーククエストにたどり着くのはこれが初めてということになる。
……情報を公開するかどうかに関しては一先ず保留にしておこう。
ユーゴさんに口止めされている冥き門と違って、このユニーククエストは俺の裁量で誰に教えるかを選択できる。
つまりは交渉材料として使うことも可能というわけだ。
一応クエストをクリアするまでやってみて、報酬などを確認した上で考えることにすれば良い。
「……一先ず名前を考えるか。何が良いかな」
キカトリクス・ルプスというのは流石に長すぎる。
かといって、ルプスと言うのはそのままラテン語で狼なので味気ない。
俺のプレイヤーネーム命名法則を適用すると、キトクルス……微妙だな。
キカトリクスの頭文字だけとってキルプス……これも何かしっくりこないな。アルプスみたいだ。
キルプス……キル……キルカ。キルカとかどうだろうか。
うん、ある程度気に入ったのでキルカにしよう。
こういうのは早めに妥協するべきだ。考えすぎるとドツボにハマるのが目に見えている。
RPGのギルド名とかマトモに考えようとすると、最悪一日潰れてしまうタイプなのだ。
「よし。行くぞ、キルカ」
俺の声を聞いて、キルカは一瞬首を傾げたが、キルカというのが自分の名前であると理解したのか、すぐに追いついてきて俺の横に並んだのであった。
————
それから十分ほど、俺たちは遺都を歩き続けた。
かつては都市だっただけあって、かなり広いエリアだ。
当然途中で他のプレイヤーに遭遇することも多々あったが、狼を連れているからといって声をかけてくるプレイヤーはいなかった。
実際、一目見ただけではキルカが特殊なモンスターだとは分からないだろう。
狼を連れているプレイヤーなら何人か見たことがあるので、そこまで珍しいものでもないだろうし。
それはともかく、キルカと歩いているからだとは思うのだが、動物系モンスターとエンカウントすることが無くなった。
ふと物陰を見ると居るには居るのだが、やはりキルカの事を恐れているらしく、出てくることはない。
まあ、出てこないのならわざわざ倒すつもりもないし、そもそもこのエリアには動物系モンスターしか出ないわけではない。
例えば、木。
謂わゆる人面樹という奴だろうか。
人の顔を持ち、太い枝が腕の様に自在に動く、木の怪物。
滅んだ都に相応しく枯れ木ではあったが、それによって強さが変化することなどない。
しなる枝は風を切るように素早く払われ、地面からは木の根が突き出し、口の様なうろからは生理的嫌悪感を抱かせる甲高い音が響く。
木のくせに炎の魔法も使ってくるし、かなり厄介な敵なのだが……
「キルカッ!」
「グワゥ!!」
振り払われた直後の枝にキルカが勢いよく飛びかかって噛み付くと、メキリという音とともに枝がひしゃげる。
それどころか、キルカはそのまま牙を紅く輝かせると、牙の魔法の力も合わせて太い枝をそのまま噛みちぎってしまった。
……と、こんな感じで、キルカが強すぎて人面樹の強さが霞んでるんだよな。
一緒に戦ってて動きにくいことなどないし、こちらの意図することを正確に読み取って動いてくれる。
まだ出会って一日も経ってないのに、既に相棒みたいな動きだ。
さて、人間でいう腕に値するパーツを噛みちぎられた人面樹は苦痛に幹を震わせ、暴れまわるようにそこかしこから鋭い根を突き出し始めた。
対象を取らない無差別攻撃だ。
自機狙いよりこういうランダム性のある攻撃の方がよほど避けにくい。
地面の揺れから何となく当たりをつけつつ避け、人面樹に接近し、ヘカトンケイルを斧へ変形させて攻撃へ転じる。
スキルによって切断力を極限まで高めた斧の一撃。
それを人面樹にぶつけるために大きく斧を振るい、それと同時に、未だ残っているもう一方の太い枝が、唸りを上げて迫って来ているのが視界の端に映った。
「……ッ!!」
俺の斧が届くのが先か、枝が俺に届くのが先か。
いや、若干枝の方が速い。
回避は……無理だ、間に合わない。
無理やり体勢を変えてどうにかダメージを最小限に抑えるしかないか……?
そう、思考をフル回転させつつ、死を意識したとき——
「アォ——————ン!!」
——キルカが高く吠え、人面樹の動きが一瞬止まった。
ほんの一瞬の隙だったが、それは勝敗を分けるのに十分過ぎる程で。
「……パーフェクトだ、キルカ」
強く振るった戦斧が、人面樹を二分した。




