Part40 久しぶりの単独行動
さて、生産職のことはきっぱり諦めて、俺は新たなるダンジョンへと来ていた。
生産職に関しては、信頼できる人物を見つければ良い。ダメだった事は諦めましょう。そして素晴らしい道が開かれる。
ついでに、今回は久し振りにソロで攻略することにした。
思えば、ストーリーのうちソロで戦ったのは最初の大猪だけだった気がする。
龍水ワルトレーネや鴉の眷属と戦った時はリンネと一緒だったし。
そのリンネについてだが、どうやら女優として割と重要な仕事があるらしく、少しの間ログイン時間が確保できないらしい。
リンネがリアルで有名になることは嬉しいが、そうなると多忙になって一緒にゲームする時間が無くなってしまうんだよな。
そんなことを考えつつ、俺はボロボロの道を進む。
エリア名は『遺都メノスランテ』。その名の通り、遺棄された都市の骸である。
ストーリーに何かしら関わってくるのかはわからないが、建物のディティールなどをよくよく見てみると、なんとなくそれがゼーヴェンクライツなどの都市のものと異なっているように思える。
少なくとも俺が今までに通って来た都市の街並みは、中世ヨーロッパと言って良いのかはわからないが、「ファンタジーと言えば」をそのまま再現したようなものであった。
しかし、この遺都に現存する建築物には若干古代文明のような意匠が施されているようだ。
この都が放棄されたのが時系列的にかなり昔であるということを示しているのかもしれない。
このゲーム、結構考察要素があるらしく、そう言ったものの情報収集を精力的に行なっているクランもあるのだとか。
確か、十二クラン同盟にも【イルミネーター】という名の考察系クランがあったはずだ。
実際、買い切りでないゲーム——つまりオンラインゲームとかソーシャルゲームというのは完全な『終わり』を作ることが難しいので、ストーリーを楽しんでもらうためには考察要素を随所にちりばめて行くのが良いのかもしれない。
さて、何となく入ってみた民家跡を物色していると、背後の部屋から低く唸り声を上げて三匹の狼が現れた。
このエリアの主な敵は、遺都に住み着いた野生生物。
見た目は今までの動物型モンスターと大差ないが、その凶暴性は段違いだ。
なんというか、明らかに人を狩り慣れているんだよな。
顔に傷のついた、恐らくリーダー格であろう狼が一つ吠えると、残りの二匹の狼はそれぞれ俺の腕と喉元を狙って飛びかかって来た。
咄嗟に横に転がり込むようにしてそれを避け、ついでに部屋の構造を把握する。
やはり部屋の中はかなり狭く、俺としてはもう少し距離を取りつつ戦いたいのだが……仕方ない、一対二を作る方向で考えるか。
大きな窓の前に陣取って、二度目の攻撃に備える。
予想通り再度喉元を狙って跳躍して来た狼を、ギリギリでしゃがみこむようにして避ける。
背後でガラスの割れる音が響くのを聞きながら、二体目の狼の攻撃をしゃがんだままの体勢で倒れこむように避け、右手を軸に前転する形で大きく移動する。
二匹の狼を抜き去った俺は、ナイフに変えていたヘカトンケイルを素早く剣に変形させ、傷の狼に向かって攻撃を繰り出した。
「《十字光》!」
しかし、十字に重なって放たれた斬撃は狼の毛を刈り取ったのみ。
半ば奇襲に近い攻撃だったのだが……反応速度が速いな。もっと発生の早い技を使うべきか。
背後で軽く地面を叩くような音——つまりは狼が俺に向かって高く跳んだ音がするのを確認して、今度はヘカトンケイルを槍の形に変え、そのまま柄の先端で狼の喉元を突き上げる。
浮き上がった狼の身体の下をサッと後ろに退いて避け、着地を狙って槍を投擲する。
空中でバランスを崩された狼は着地も不安定で、投擲スキル《射貫く霹靂》による大幅な加速を伴った槍の一撃は、容易く狼を貫いてそのまま死に至らせた。
「っし、良いぞ……」
インベントリから取り出した投げナイフを投擲して傷の狼を牽制しつつ、床に深々と突き刺さった槍を抜いて構えを改める。
丁度そのタイミングで、窓を突き破っていった狼が戻ってきた。
「グルルルル……」
流石に傷の狼も自分自身が動く必要があると理解したようで、唸りながらジリジリとこちらににじり寄ってきた。
一瞬の静寂。
先に動いたのは、先ほど窓ガラスを突き破って行った方の狼だった。
体勢は低い。狙いは脚か。
機動力を削ごうとしているのか、それとも先ほど避けられたのが禁止行動に指定されたのか。
それはともかく、その攻撃を俺は飛び避けて、側にあった食卓っぽい机の上に乗った。
相変わらず傷の狼は動かない。
視界の端に捉えつつも、今はこっちの狼に対処しよう。
——そう思って槍を構えたとき、視界の端で紅く光が煌めいた。
急いで横を向くと、何もしていないと思っていた傷の狼が此方を向いて大口を開けていた。
その牙は全て血塗られたように紅く輝いて——
「……マズいっ!」
その大きく開かれた口は、俺が机から大慌てで飛び降りたのと同じタイミングで勢い良く閉じられた。
瞬間、紅いエフェクトが上下から交差し、砕かれたように机が破損する。
「遠距離攻撃持ちかよ!」
相変わらずこのゲーム、雑魚敵が強すぎる。
まあ、そのぐらいやりごたえがあった方が俺としては嬉しいのだが。
空中で《エアグライド》を短く使い体勢を整え、壁際に着地して狼との位置関係を確認する。
さっき俺が使った《射貫く霹靂》は、当たればこの狼程度であれば即死させることができる威力を持っているが……先ほど目の当たりにした回避速度を考慮すると、使いどころを考えなければ回避されてそのまま返り討ちにあう可能性が高い。
強力なスキルなのでそれを軸に考えはするが、別の攻略法も考えておくべきだろう。
一応の方向性も決まったところで、俺はこのエリアに入る前に会得した二つの槍スキルの内、もう一方を発動した。
「《捷焚べる天道》!」
スキルの発動と共に、鋭く光る黒鉄の穂が揺れる焔を宿した。
このスキルは、発動段階では武器に火属性を付与するものでしかない。
しかし、この状態で敵に連続してダメージを与えることによって、攻撃力が徐々に上昇していくという追加効果を得ることができるのだ。
ある程度時間が空いてしまうと上昇した攻撃力も減っていってしまうのだが、逆に言えば攻撃さえ当て続ければ半永久的にバフがかかるということでもある。
「グルルルァ!!」
くるりと槍を回しながら、再度牙の魔法が飛んでくるのを確認して低く跳躍。
背後に木材の砕け散る音を受けながら、もう一体の狼に肉薄し槍を振るう。
当然のように狼は優れた回避能力を発揮して飛び退くが、しかし熱を帯びた穂先が薄くダメージを与えたようで、纏う焔が一際大きく煌めいた。
いくら効果量が控えめとはいえ、これだけでバフが入るのはかなり強いな……。
と、関心するのも束の間、攻撃を飛び退けた狼は翻って更に連続で攻撃を重ねてくる。
しかし、もう既に攻撃パターンは大体理解した。
三連続の噛みつきを避け、予想通りの位置に飛びかかってきた所を勢いよく刺し貫く。
腕に狼の体重が重くのしかかるが、逃れようともがく狼を突き刺したまま《エアグライド》で無理やり跳躍し、空中から傷の狼に狙いを付ける。
紅く輝く牙は俺を狙っていたが、それよりも速く攻撃をすれば良いだけだ。
「——《射貫く霹靂》!!」
一閃。
雷霆の如く放たれた槍が、廃墟の床を破壊して階下に突き刺さる。
槍の通った後に開いた大穴に飛び込み一階へ行くと、ポリゴンとなって消えていく狼の傍で、傷の狼がゆっくりと立ち上がった。
仕留め損なった……が、相手も無傷ではない。
かなりのダメージは与えたはずだし、電撃を浴びたことによる痺れもあるはずだ。
しかしその目は死んでおらず、鋭く俺を睨みつけている。
槍は手元になく、今の俺は丸腰。
それを好機と見たのか、傷の狼は力を振り絞って勢いよく攻撃を繰り出した。
ただ——残念ながら、プレイヤーにはインベントリがある。
もはやメニュー画面を見なくても取り出せるほどにお世話になってしまった角材を虚空から引き抜き、体重を乗せて横方向へ押しのける。
これで、完全に位置関係は逆転した。
伝説の武器のように突き刺さった槍を引き抜き、構える。
後はトドメを刺すだけ。
そう思った瞬間——
[キカトリクス・ルプスは貴方を強者と認めました]
[キカトリクス・ルプスをテイム出来るようになりました]
「……えっ」
困惑する俺の目の前で、そんな表示が淡く明滅したのだった。
戦闘描写、もっと削った方がいいですかね?
どのくらいが適正なのかあまりよく分かってないです。