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Part37 冥の二人



「バフをかけるぞ——《加護/異炎・白オッドブレイズ・ホワイト》」



 ユーゴさんの足元から白い焔がゆらゆらと現れ、辺りを光で包んだ。

 そのまま光は奇妙な軌道を描いて舞い、俺と、背後で骸骨に応戦していたリンネに対してバフを与える。


 【異炎の加護・白】という名のバフがステータス欄に追加され、それに伴ってパラメーターが変化していた。

 おそらく光の属性も付与されているはずだ。


 そして、それとは別に——妙な違和感が俺を支配する。


 当然、中級職であるリンネのバフに比べれば効果量は高いのだが、それとは別に、もっと感覚的な面で通常のバフとはひどく異なっているように感じた。


 ユーゴさんの職業は冥剣士で、使えるスキルは通常職のスキルと殆ど変わらないはずなのだが……この『異炎』というスキルは、通常のものでも冥き門由来でもない、なにか別のものを由来とする力のような気がする。



 ——っと、そんなことを気にしていている余裕は無いのだった。


 とにかくこの邪魔な骸骨をどうにかしようと、範囲攻撃のできる薙刀のまま敵陣に突っ込もうとした瞬間、激しい攻撃が目前で巻き起こる。



「《黒雨沛然》《天醒眼》《鎖乱》」



 ユーゴさんが、連続でスキルを発動する。

 淡く輝く黒い剣から繰り出される範囲攻撃の数々は、圧倒的質量をもって暴れ狂い、大量の骸骨を塵に還した。


 ああ、俺も負けてはいられない。


 武器をハンマーへと変え、攻撃に転じる。

 狙うのはこの骸骨たちを生み出している鬼だ。

 先程までは大量の骸骨に阻まれて近づくことすらままならなかったが、今ではその数はかなり減っている。

 生み出される数は変わっていないが、ユーゴさんの攻撃がその速度を上回っているのだ。



 ハンマーを思いっきりぶん回し、群がってくる骸骨をスキルの爆発で吹き飛ばす。

 そのままどうにか猛攻を耐え凌ぎ、俺はようやく鬼の眼前に立った。


 未だ鬼は剣を大地に刺したまま、黒いエネルギーを送り込み続けている。



「《戦闘号令:超過(オーダー・スパート)》!」



 背後からリンネの声が聞こえ、俺の身体が一時的な爆発力を得る。以前龍水の時にも使った時間制限付きのバフだ。


 最初の一撃と同様に《エアグライド》で飛び上がり、防御力の下がった脳天に、今出せる最大火力を叩き込む。



「——《アトミック・ハウザー》!!!」



 振り下ろしたハンマーが青白い火を帯び、それが鬼に着弾する一瞬、辺りから音が消えた。


 その一秒にも満たない刹那の無音の後——凄まじい轟音と共に目の前の光景が爆ぜ、ビリビリと手に伝わる衝撃を感じつつ、俺は爆風に吹き飛ばされて地面を転がった。



 ……いや、威力ヤバ過ぎだろ。


 その分反動ダメージがエグいようだが、このゲームは反動ダメージでは死なないようになっているので少なくとも俺は無事だ。

 さっとHPを確認すると、まさに1だった。

 つまりこのシステムがなかったら反動でHPが消し飛ぶというアホみたいな事態に陥っていたわけだ。



「ナツレンくん……!」



 駆け寄ってきたココロアが、俺の口に瓶ごと回復薬を突っ込んだうえで回復魔法を発動した。

 気持ちはありがたいけどやっぱ過剰なんだよ。


 まあ、それでも回復は助かった。

 空き瓶を吐き捨ててココロアに礼を言い、先ほど頭上で大爆発を起こしてやった鬼の方を見ると、鬼は未だに立って剣を構えていたが、側から見ても明らかな程に消耗しているようだった。



「——ォォォオオオオオオ!!!」



 しかし、そんな状態でも鬼は動きを止めない。

 俺やユーゴさんを狙って剣を振り回し続けている。



「やむを得ん、か」



 ユーゴさんがボソッとそう呟いて、俺に指示を出す。



「奥義を使う。準備している間、鬼を引き付けてくれ」


「わかりました!」



 引き付けるのは俺の得意分野だ。

 先ほどの《アトミック・ハウザー》のおかげで、鬼のヘイトは全力で俺に注がれている。

 避け続けるだけならこれほど楽なことはない。



「行くぜ、ハカアバキ……!」


「——天の上に(そら)有り」



 俺に向かって巨大な剣が振り下ろされるのと同時に、ユーゴさんの準備が始まった。

 恐らくは長い詠唱が必要なものだろう。主に魔法職の大規模魔法などによく用いられているシステムらしいが、実際に見るのは初めてだ。


 ハカアバキの振り下ろした剣を僅かな動きで躱し、叩きつけられた剣が勢いよく横に振られるのを軽くジャンプして飛び越える。



「——地の下に骸有り」



 突き上げるように生えてきた石柱は魔法陣の段階で完全に避け、同時に俺を押し潰そうと迫って来た巨大な左手には薙刀の一撃を浴びせ、軽くダメージを与える。



「——天地の狭間に我は有り」



 石柱の生える間隔は徐々に短くなって行き、更には剣で石柱を叩き壊し崩落に巻き込ませようとしてくるような行動まで行うようになった。

 鬼の攻撃はともかく、石柱の倒れる方向を予測しなくてはならないのがかなり難しい。


 しかし、当然ここで負けるつもりなどない。



「——故にこそ我が刃は天地を分かつ」



 ここに来て、初めて見る技が追加された。

 トリガーは総ダメージ量か時間経過か。

 とにかく、鬼の剣はバリバリと何かを引き裂くような音を鳴らし、青白い雷を放ち始めたのだった。


 鬼が剣を振るうたびに、天から雷の雨が降り注ぐ。


 下は石柱、上は雷。

 上下から同時に襲いかかってこられると、見てから回避するのではあまりにもギリギリすぎる。

 しかし、雷を避け続けるのは、とあるゲームのミッションでプレイ済みだ。

 あの時は200回だったが……今なら1000回でも余裕で出来そうな気さえする。



「——故にこそ我が刃は世界をも断つ」



 ちょっ、まだ終わりませんかね!?


 流石に限界が近い。

 そろそろ一撃食らってしまってもおかしくない程に、俺は消耗していた。

 石柱、剣、雷、たまに手。

 そんな猛攻の中で、必死に詠唱が完成するのを待つ。


 そして——



「奥義——《絶界/断斬》!」



 ユーゴさんの剣が振り抜かれた瞬間、ほんの一瞬、目に見える風景の全てがズレた。



 認識すら歪ませるほどの、正確無比にして強大な一撃。


 やがてその歪みは大きな音を立てて一気に収まり、同時に鬼の身体がグシャリと縦に捻れた。


 遂に、鬼は膝をついた。

 手に持った大剣は砕け、もはや攻撃へと移る気配はない。



「ッ……ガ、ァ————」



 口から漏れる断末魔は肉体のポリゴン化によって掻き消え、そして数秒の後、鬼は完全に消滅したのだった。

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