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Part36 鬼々迫る



 斧や剣、矢や弾丸が、ケルベロスの堅い表皮を傷つけて行く。

 先程黒の群勢たちが行なっていた物量による圧殺を、今度はプレイヤーたちがお返しとばかりに実行していた。


 ケルベロスもレイドモンスターだけあって全ての攻撃が強く、発生の速い範囲攻撃で容赦なくプレイヤーが死んでいくのだが、徐々に力が衰えっていってるのは明らかだった。



「グルルォォォアアアッッ!!」



 俺の周囲に火炎粉がばら撒かれ、激しい閃光と爆発して大地を抉った。

 何故か俺にヘイトが向きっぱなしなのだが、それはそれで避けに徹しやすいので助かる。

 ソロでは回避と攻撃を両立する必要があるのだが、明確な攻撃役が存在する場合は回避に集中できるので幾分は楽だ。


 敵の攻撃にしても、食らったら即死というのは変わらないし、ゲートキーパーに比べたら楽なんてレベルでは無い——のだが。



「キィ————ッ!!!」


「べっ、別の奴が来たぞーッ!」


「嘘だろ!?」



 高くつんざくような声に振り返ると、巨大な鷹のようなモンスターがこちらに向かって鋭く滑空しているのが目に入った。

 ——いや、それだけじゃない。

 更にもう一体、鬼の様な体躯のモンスターがこちらに走って来ている。

 


[レイドモンスター ディアヴロホーク・レムナント]

[レイドモンスター ハカアバキ・レムナント]



 マズい。

 おそらく、ケルベロスにプレイヤーが集中し過ぎて、手薄になった他のレイドモンスターが突破して来たのだろう。

 ……もしかして俺のせいか? なんか号令っぽくなっちゃったし……いや違う。俺は関係ない。うん。



 流石にレイドモンスターと三体同時に戦うのは無理だ。確実に何処かから崩れる。

 俺がヘイトを集めて避け続けて、プレイヤーのリスポーンを待つか……いや、持ち堪えるにしてもせいぜいどれか一体が限界だ。


 超さんたちを見ている限り、どうやら強い人間はこのレベルの敵なら一人で倒せる様で、つまり今この場に集まってきてる人間は総じてあまり強くない。

 実際、ざっと流し見ても全員が初級か中級職だ。

 そしてそれ以上に、武器が偏っている。遠距離攻撃が可能な武器を持っているのが見たところ一人しかいないのだ。

 これでは鷹に対抗できない。


 アルゴノーツのメンバーは、それぞれ別の敵を相手に戦っている。

 それ以外で誰か、俺が呼べる中で鷹に対抗できるプレイヤーはいないだろうか。


 ……いや、いた。


 思い当たって、咄嗟にチャットを飛ばす。

 来ない場合も考えて、念のためもう一人繋がりのあるプレイヤーにもチャットを飛ばしたが……それと同じタイミングで、目当てのプレイヤーは空から舞い降りてきた。



「我が名を呼んだか!!」


「トリバード! この鳥任せていいか!」


「勿論! ナツレンはどうするんだ?」


「俺はこっちの鬼を引き受ける! リンネも手伝ってくれ!」


「当然ですわ!」


「ココロアは……広域の回復魔法を継続してくれ!」


「……! はいっ!」



 良し。とりあえず広域と指定しておけば俺以外のプレイヤーにも回復が及ぶだろう。


 ケルベロスの方も、ある程度装備の整ったタンクがヘイトを受け持ってくれた。

 後は俺の役割を全うするだけだ。


 ヘカトンケイルをハンマーに変形させ、《エアグライド》を発動して鬼の頭部の高さまで跳躍。

 そのまま、脳天に一撃を叩き込む。



「——《頭蓋砕き》ッ!」



 ベギッと砕ける様な音が響き、確かな手応えが手に伝わる。

 隙が大きい技だが、この攻撃によって一定以上のダメージを与えることができた場合、状態異常耐性に関係なく防御低下のデバフを入れることのできる強スキルだ。


 そんな攻撃を先制で入れられたのだから、当然鬼のヘイトは俺に集まる。


 鬼の紅く鋭い眼がギロリと俺を睨んだ。

 それだけで、心臓を鷲掴みにされたような感覚が走り、足が止まる。

 別に俺自身がそう思ったわけではなく、『恐怖』というデバフが入ったのだ。

 移動阻害に加え、詠唱が必要な魔法が使えなくなる厄介なデバフだが、魔法職でない俺にとっては移動阻害にだけ気をつければ問題はない。


 空中でヘカトンケイルを取り回しのしやすいショートソードに変形させ、体勢を整えながら着地し、同時に振り下ろされる巨大な大剣をギリギリで躱す。

 後隙は大きいが、攻撃範囲も広ければ速度も速く、回避するのがやっとだ。

 これが恐らく通常攻撃なのだから、まともにやり合うのは無理だろう。


 幸い、今の俺がやるべきことは敵の攻撃を引きつけることだ。

 死んだプレイヤーたちが戻ってくるか、近くのプレイヤーたちがケルベロスを倒すか、トリバードが鷹を倒すか。とにかくそれまで耐え凌げば良い。


 鬼が脚で地面を強く踏みつけると、一瞬淡く魔法陣のようなものが輝き、同様のものが俺の足元にも現れ、次の瞬間には巨大な石柱が俺を打ち上げようと地中から勢い良く打ち出された。

 しかし、地面からの攻撃には既に慣れている。

《エアグライド》を発動しつつ横に跳んでそれを回避し、鬼の足元へと潜り込み、ついでに二、三度斬りつける。


 シビアだが、やってやれないことはない。

 再度現れる石柱を回避し、少しずつケルベロスから離れるように移動する。

 これでどうにかお互い干渉しない程度にまで距離を取らせることが出来た。


 ふと視界の端に鷹とトリバードが上空で戦闘しているのが映ったが、どうやらあっちも距離を取ってくれているようで、上手くバランスが取れている。


 これなら耐えられる。

 そう思った瞬間、鬼は大剣を地面に突き刺した。



「なんですの!?」


「とりあえずいつでも避けられるように準備しておいて!」



 ドクン、ドクンと剣が脈打ち、ドス黒い何かが地中へと注がれる。

 その滲みは蜘蛛の巣のように地を侵食し、やがてそれが俺の足元にまで達した時、それらは目覚めた。


 地中から突き出してきた白骨の手が、俺の脚を掴もうとして空を切る。

 慌てて避けたものの、避けた先にも手が現れ、その先にも手が現れる。

 どうにか滲みの外まで出ることが出来たが、これはただ脚を掴んでくるだけの技では無かった。


 一斉に、死者の骨が地中から這い出てくる。

 その手にはそれぞれ多種多様な得物を持ち、その虚ろに空いた眼窩はジッと俺を見つめているようであった。


 俺にヘイトを向けているモンスターが召喚したモンスターだ。当然、そのヘイトも全て俺に向いているのだろう。


 一見理不尽にも感じるギミックだが、これはただのボスではなく、そもそもが多人数での攻略を前提とするレイドモンスターだ。このくらいあって然るべきなのだろう。



 しかし、マズい。めちゃくちゃマズい。

 このままだと普通に押し負けるし、何よりトリバードに大見得切ったうえで負けるとか最悪すぎる。

 あいつはこういう時めちゃくちゃに煽って来るやつだ。

 何としてでも勝たなくては。



 武器を薙刀に変形させ、ガシャガシャと音を立てて走り寄って来る骸の群れに飛び込む。

 斬り払い、突き刺し、払い除けるように薙刀を振り回す。しかし、これでは足りない。

 咄嗟にウィンドウを開き、戦いながら薙刀のスキルを取得する。



「《万旋嵐刃》!!」



 薙刀を振るうと、俺を中心として刃の嵐が巻き起こり、切り裂かれ結合を失った骨が風に舞う木の葉のように吹き飛ばされた。

 上級スキルだけあって効果範囲も威力も桁違いだが、骸達はそれでも食い止められないほどに多く、今もなお地面から湧き上がって来る。

 リンネも応戦しているが、もともと攻撃を重視していない彼女の装備では時間の問題だろう。


 どうにか……どうにかもう少し時間を稼げれば。

 一心不乱に振るった薙刀は複数の敵を巻き込むが、捉え損なった一体が鋭い刀を振るう。

 煌めく刀身は俺の喉元へと吸い込まれるように一直線に放たれ——



「《ディメンション・ラプチャー》」



 ——斬撃は空を切り、次元が、歪む。

 断層に吸い込まれるように、骸達は地面ごと浮き上がるが、次の瞬間エネルギーは反転し、全てが地面へと叩きつけられる。

 その圧に耐えきれなかった骸が、一つ、また一つと砕け散り、ポリゴンとなって宙を舞う。



「待たせた」



 そう短く呟いて、彼はその名前に恥じぬ姿で俺の前に立つ。

 黒い服、黒い剣、黒い髪、黒い眼。

 かつて墓場で始めて会った時と同じように、彼は無表情のまま俺に手を差し伸べた。



「ユーゴさん!」


「さあ、立て。共闘だ」



 反撃の第二ラウンドが、今始まった。

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