Part32 強さの代償
試練を終え、ログアウトしてすぐに泥のように眠った俺は、そのまま半日ほど寝て昼過ぎに目を覚ました。
適当に冷やし茶漬けを作り、しっかり噛みながら食べる。
昔、体調悪くて何も食べられなかった翌日の朝、食欲に任せてお茶漬けをかっこんだところそのまま吐いてしまったことがあるので、いくら空腹でも噛むことにしていたりする。
とりあえずログインする前にブログの記事を書こう……と思ったのだが……
「何も書けねえなあ」
このゲーム、隠しておきたい情報が多すぎる。
少なくとも冥き門関連の情報は何も書けないし、そうなるとブログに書く内容もない。
そのあたりの描写をせずにステータスの異常な上昇を説明するのは難しいし、そもそも『冥幻闘士』というジョブはかなり特殊なはずだ。
流石にジョブまで隠して書くのは難しい。
「うーん……やめるか、更新」
一応最初からお試しという名目で記事を投稿していたため、フェードアウトしても問題ないだろう。
色々聞かれたら単にMMORPGというジャンルが合わなかったと言えばいいし。
その分別の記事を書く必要はあるが、一応新作の情報を見て候補のゲームはいくつか絞り込んである。
『新作ゲーム、面白そうなのが多くて迷うな』
とりあえず適当に呟きつつ、俺はまたヴォックソにログインすることにした。
————————
「御機嫌よう、ナツレン! お久しぶりですわね」
「確かに、少し会ってなかったな」
前回いつ会ったんだっけ。
……ミーティアの料理食った時か。
リンネは一口目で強制ログアウトが発動してたんだったな。
確かにそれ以降誰とも連絡を取っていなかった。
ゲーム内時間にして一週間くらいだろうか。
一応、リンネのステータスを見てみる。
まあだいたい予想通りで、魔法関連のステータスが500近くあったが、他は200、300くらいだ。
このくらいが普通の成長なのだろう。
「早速ストーリーを進めたいんだけど……ちょっと先に断っておきたいというかなんというか」
「どうしたんですの?」
「ちょっと強くなりすぎて、割とヌルくなってくるかもしれないけど大丈夫か?」
「もちろん大丈夫ですわよ?」
「そうか。それならいいか」
リンネは特にこだわりは無いらしい。
まあ普通はそうか。なるべく早く進めたいだろうし。
さて、次の街ゼーヴェンクライツに向かうためには、アクティエゴ山というエリアを通る必要がある。
そこまで標高が高いわけではないが、山なので難易度は高そうだ。
一応ルートはしっかり存在しているようなので、迷うことはなさそうだが。
「じゃあ、行きますわよ!」
「おう」
————
飛びかかってきた岩のようなモンスターを剣状態で斬る。
1000を超える物理攻撃力に、リンネのバフやヘカトンケイル自体の威力も合わさって、一撃でモンスターは絶命した。
ワンパンかよ。
「い、いつの間にそんなに強くなったんですの?」
「まあ、色々あったんだよ」
「うう……もう追い抜かされてしまいましたのね……」
別にリンネは弱くない。むしろこのエリアで見かける他プレイヤーと比べると、ステータス的には平均を上回っているはずだ。
冥き門の試練でめちゃくちゃにステータスが上がってしまった俺と比べればなんでも霞んでしまうだろうが、それはそれとしてリンネの成長速度はかなり速いように感じる。
「っ、上から来てますわよ!」
「マジか」
見上げると、かなり大きな黄色い鳥が迫って来ていた。
その身体からはバチバチと雷が迸っている。
見るからに強そうなモンスターだ。少しは楽しめるかもしれない。
そのままの勢いで突っ込んでくる雷鳥を避け、すれ違いざまに剣で斬る。
その攻撃が効いたのか、雷鳥はバランスを崩して地面に転がり、近くにいたリンネがレイピアで何度か斬り付けるとすぐに動かなくなってしまった。
…………張り合いがなさすぎる。
この後も色々とモンスターを倒したのだが、戦闘に面白みはないし、ステータスもほとんど上がらなかった。
いろんな意味でヌルすぎる。とっととストーリーを進めてしまいたい。
そのままサクサクと山を進んでいき、頂上付近に達したとき、急に辺りが暗くなった。
「なっ、なんですの!?」
視界が一瞬揺れ、周囲が一段と暗くなる。
暗くなると言っても実際に光量が落ちているわけではなく、周囲の風景から色が失われているような感じだ。
リンネの姿は問題なく見える。
ボス戦か、と呟いた瞬間、上空を巨大なカラスが横切った。
その羽ばたきから生じる暴風に吹き飛ばされそうになるリンネを支えつつ、次に何が起きるのかを予測する。
カラスはそのまま彼方へ消えてしまったが、その身体から抜け落ちた羽根の一枚がひらひらと舞い落ちてきていた。
「羽根……?」
「多分アレがボスだな」
果たして、その羽根はゆっくりと変貌し、やがて一羽の大きなカラスとなった。
先程のカラスと比べるとだいぶ小さいが、それでも象のような大きさだ。
地面に降り立ったカラスは、ジロリとこちらを見つめた。
[ストーリーモンスター 厄鴉の眷属]
予想通り、ボスだ。
もしかしたらユニークモンスターだったりするのかとも思ったが、そんなに簡単に会えるものでもないだろう。
「大丈夫か?」
「問題ありませんわ!」
リンネから手を離し、鞘から剣を抜いて構える。
「キィ————!!」
つんざくようなカラスの鳴き声が山にこだまし、戦闘が始まったのだった。
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