Part21 屍将軍
「あっ……ぶねぇ!」
ジェネラルゾンビの放つ一閃を《グライドステップ》で回避し、追撃に差し込む形で刀を振るう。
鎧の上からでもダメージを与えられるようだが、それが効果的な攻撃になっているかはわからない。というか多分あまりダメージは通ってないのだろう。
「怯みモーションくらいしてくれたっていいんだぜ?」
攻撃範囲があまり広くないのが救いだが、それにしても攻撃速度が速すぎる。予備動作も小さい。
どうせ食らえば致命傷は免れないので攻撃力に関してはどうでもいいのだが、この見た目で低火力ということはないだろう。
スタミナがまずいので、一旦距離をとってエナジーウォーターを飲む。シュワッと爽快。
空き瓶を墓場に不法投棄しつつ、ジェネラルゾンビの次の手を予測する。
一瞬で間合いを詰める技は直線的なので回避が可能だ。問題なのは何か別の攻撃方法がある場合なわけで——実際に今、ジェネラルゾンビは剣を地面に突き刺すという初見の行動を行なった。
「くっ……多分下だ!」
長年のゲーム知識をフル動員して攻撃を予測し、大きく左に跳ぶ。
そんな俺の足先を、地面から現れた巨大な腕が掠めた。
騎士が剣を地面に突き刺す場合は大体魔法だ。
剣を刺す行動が直接魔法の発生を呼び起こすパターンと、手をフリーにしてから魔法を使うパターンがあるが、ジェネラルゾンビは前者だったようだ。
巨大な手は空を掴み、その手首を所在なさげに揺らしてから霧散した。
「近づいた方がいいな……」
遠距離攻撃があれだけというのは考えにくい。
何か別のものがある可能性もあるし、最悪なパターンとして、離れると別のゾンビを呼び出すというものも考えられる。
ゾンビ一体一体は驚異でなくとも、それらを倒しながらジェネラルゾンビの攻撃に対処するというのは至難の技だ。
もう一度ジェネラルゾンビが剣を地面に突き刺したのを確認し、全力で走る。
「よっ、と!」
タイミングを合わせて跳躍。《マナステージング》で高さを稼ぎ、ジェネラルゾンビの脳天に向かって弧を描く様に刀を振り下ろす。
龍水ワルトレーネ戦で獲得した新スキル《半月斬》だ。
隙は大きいが、その分攻撃力と貫通力が非常に高い。
ズバンッ! という今までとは異なる良い感触を感じつつ、着地後すぐに体制を整える。
どうやらようやく怯んだ様で、その僅かな隙に《鎧貫》を放つ。
やはり感触が今までと異なる。
《半月斬》も《鎧貫》も貫通力の高い技だ。やはり鎧を着込んでいるだけあって、ある程度の貫通力がなければダメージを与えるのは難しいらしい。
物理的に腐ってもレアモンスターだ。
序盤に戦えるとは言え、ソロで挑む様な相手ではないのだろう。
実際に依頼者である墓守に「お前正気か?」と原文そのままに言われたので、ステータス的にもかなりの格上である筈だ。このゲームはレベルというシステムが無い分、推奨レベルをNPCの反応から判断できる様になっている。
俺がジェネラルゾンビを倒すぜと言った時の墓守の目は忘れられない。完全にアホを見る目だった。
それでも男には倒さなくてはいけない敵がいるわけで、具体的にいうとアンデット特攻の刀を手に入れたから試し切りも兼ねてゾンビハントと洒落込んだのだった。
さて、ある程度ダメージを与えたところで、ジェネラルゾンビは自分から距離を置いた。
エナジーウォーターを飲みつつ、今までに無い行動を警戒していると、ジェネラルゾンビの剣が変形を始めた。
黒いモヤの様なものが剣を覆い、その濃度が濃くなるのと同時に形も歪な物へと変化していく。
最終的に、剣は——死神が持つような鎌へと変形した。
「やっぱあるよな第二段階……!」
正直これは予想していたことだ。
レアモンスターにしては攻撃の熾烈さが足りないように感じていた。
その為、この形態変化には対して動揺せず——
「ッ!?」
——振るわれた鎌から放出された「飛ぶ斬撃」に度肝を抜かれることになった。
膨張するような黒い斬撃。
その死を内包するような黒は、威圧感を持って俺に襲いかかり、その判断を鈍らせる。
「グッ、《グライドステップ》!」
選択したのは最善手だっただろう。
しかし、それでも、斬撃は容易く俺の足を切り裂いた。
着地に失敗し、バランスを崩して地面に転がる。
左脚に走る痺れが行動を阻害したのだ。
このゲームでは物理的な人体の欠損がない代わりに、局所的に大きなダメージを受けると対応する箇所が痺れてしまう。
これは一種のバッドステータスであり、少なくとも俺が持っている下級の回復薬では治すことができない。
どうにか片脚だけで二撃目、三撃目を避けるが、しかしこれを続けるのは無理がある。
四撃目を転がり込むように避け、しかし、最早動くことはできない。
迫り来る黒い斬撃。
どうにか最期の悪あがきをしようとした俺の身体を、横から現れた手が掴んだ。
ジェネラルゾンビに集中するあまり、別のゾンビの事を完全に失念していたのだった。
後悔する間もなく、斬撃は俺の身体に迫り——しかし俺を掴んだ謎の手は、そのまま放り投げるように俺の身体を投げ飛ばした。
「え!?」
投げ飛ばされたことで攻撃を回避した俺は、地面に転がりながら謎の手の主の姿を見る。
黒い髪、黒い服、黒い剣、黒い眼。
あらゆる要素が黒で統一されたその男はゾンビなどではなく、プレイヤーであった。
「邪魔をしたな。大丈夫か」
「あ、ありがとうございます!!」
礼を言い、墓石に掴まりながら立ち上がる。
剣を構える全身黒づくめの男の立ち姿はまさに歴戦の勇士のようで、ふと気になって名前を表示してみた。
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[名前] †暗黒の黒炎剣士ユーゴ†
[職業] 冥剣士
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……若干名前に地雷臭を感じるが気にしないでおこう。
脚の痺れは治った。
取り落とした刀を拾い、†暗黒の……えー、ユーゴという名前の男の隣に立つ。
「行けるか」
「はい!」
そう言って、ジェネラルゾンビの方へと飛び出す。
再度黒い斬撃が放たれるが、もう当たる気はしない。
俺の《一閃》がジェネラルゾンビの身体を切り裂き、ようやく第二形態戦がスタートしたのだった。




