Part20 これがゾンビですか
一話の長さをどのくらいにするか……
黒い木製の家具が並べられ、全体的に暗い印象を受ける小隊長室。
その中で俺は、太陽の光を背に浴びながら机の上に足を投げ出す黒髪の女と対峙していた。
幻水という名のこのプレイヤーはかなり有名で、戦争屋だの黒幕だの言われている。
謀略、裏切り、騙し討ち。あらゆる手段を使って人を弱らせるのが好きなこいつにはぴったりの名前だ。
ちなみに《ティースリー》における「軽戦車ソロ自爆」を考案したのもこいつである。最悪だ。
あと声を変えられないゲームには出ないので十中八九ネカマである。
以前、RPG系のゲームだとデバッファーを選びがちだという話を聞いたし、ついでにゲームの腕もある。
かなり性格に難があるが、自分の居場所を確保するために身内とはうまく交流出来るタイプなので、恐らくどうにかなるだろう。
「で、何か用があるんだろう? 君が訪ねてくるなんて、流石に珍しすぎるからねぇ」
「まあ、そうだな。単刀直入に言うけど《VOX-0》に興味はないか?」
「ああ、勧誘ってことかぁ」
そう言ってしばらく考える幻水。
「ヴォックソは興味あるっていうか、もうキャラクターは作ってあるんだよねぇ。クランには入ってないし、今はこっちに篭りっきりだけどさ」
「えっ、そうなのか?」
「ああ、始まってすぐにプレイはしたんだよ。VOXシリーズは前からやってたからねぇ」
そういえば、VOXシリーズはかなり人気なのだと聞いたことがある。それ故にVOX-0もサービス開始時は今の数倍の人がいたようだが、全体的な初心者殺し要素が多すぎて人口が減っていき、ヴォックソと呼ばれるようになったのだとか。
まあ、幻水は死にゲーをかなりやる方なので、VOXシリーズをやっていてもおかしくないだろう。
「ティースリーはそろそろイベントの時期だからねぇ。それが終わったら考えてみようかな」
「なんか……意外とあっさりだな」
「ナツレンくんの頼みだよ? そりゃあ前向きに検討するってもんだよ〜。それに……君の動きは分析しがいがあるからねぇ」
目を細めながら楽しそうにニヤニヤ笑う幻水。
なんというか、俺自身変人に好かれやすいとは思っているのだが、こいつはその中でも更に変だ。
俺がある死にゲーを世界で七番目にクリアしたとき、こいつは俺の動きからステージ構造やバグの仕組みなどを完全に分析して九番目にクリアした。
それ以降、こいつはなにかと俺の動きを分析したがるのだ。
そもそも分析が趣味らしく、上手いプレイヤーの動きを分析して自分用に構築し直すという作業が楽しいらしい。
俺を分析したい理由については、動き方が奇妙だとか、かなり失礼な事をよく言われる。
「……まあいいや、いつまで待てるかはよくわからないから、なるべく早く頼む」
「善処するよぅ」
そう言ってヒラヒラと手を振る幻水にかなり不安を覚えつつ、俺はティースリーからログアウトするのであった。
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さて、翌日になってログインした俺は、ちょっとした依頼を受けて「昏き跡地リデトロ」へとやってきていた。
おどろおどろしい雰囲気の漂う、放棄された村だ。
当然のように依頼の内容もとあるゾンビの討伐というジメジメしたものである。
俺の周りを浮遊する火の玉を、事前に買っておいた聖鉄の刀で斬りつつ進む。
「なんつーか、ボロッボロだな……」
村がボロボロなのは放棄されたから当たり前だが、それ以上に大地が酷い有様なのだ。
草木は枯れ、土は黒く変色し、ところどころに深い地割れが残っている。
村を放棄することになった原因に関係するのだろうが、その辺りの考察は専門のクランに任せておこう。
さて、集団墓地と思われる場所にたどり着くと、予想通りゾンビの群れが土を突き破って湧き出てきた。
溶けた表皮にズタボロの服。両手を突き出しながら歩く様はまさに王道のゾンビだ。
エゲツないスピードで走るようになった最近のゾンビと比べれば対処は容易いだろう。
聖鉄の刀を構え、ゆっくりと近づいてくるゾンビたちを迎撃する。
アンデットに対する特攻を持つこの刀は、当然ゾンビに対しても効果抜群だ。
勢いよく放たれた《一閃》を胴に受けて崩れ落ちたゾンビは、復活することなくサラサラと消滅した。
「一撃か……その分数が多いけど、それはそれで無双って感じだな」
なるべく多くのゾンビを巻き込みながら攻撃を繰り返す。
しかし、既にかなりの量を倒したが、目的のゾンビはいまだに見つからない。
「そもそもここにいないのか、それとも……」
そう呟いたのと同時に、視界の端にそれまでのゾンビとは異なる特徴を持つものが現れたことに気づく。
蛍光色のような緑色を全身に纏うそれを注視すると、サライヴァーゾンビと表示された。
恐らくビンゴだ。
こういった無限湧きの雑魚モンスターは、倒し続けることで別種の個体が出始めることがある。
予想通り、サライヴァーゾンビの出現と同時に、さまざまなゾンビが現れ始めた。
酸性の唾液を吐くもの、手を伸ばすもの、厚い脂肪に守られたもの、空を滑空するもの。
急に開催された万国びっくりゾンビショーは、一気に俺に向かって襲いかかってきた。
「いやちょっと流石に多いな!?」
ゾンビの数自体は減ったとはいえ、それ以上に個々が強化されたら単純に負担が増えるだけだ。
それぞれのゾンビがどんな攻撃をしてくるのかを瞬時に見分け、回避しつつ攻撃も加えるという極限状態での曲芸は精神的にかなりキツい。
攻撃力はともかく、ほとんどの攻撃が状態異常を伴うため、掠っただけでも死に至りかねない。
酸を避け、多腕を切り尽くし、自爆を止め、空の敵を斬り落とす。
それを繰り返し、やがてゾンビの湧きが収まったとき——そいつは現れた。
「……随分と遅い到着じゃねーか」
[レアモンスター ジェネラルゾンビ]
そう表示された彼は、俺の言葉に対し、全身を覆う鎧を軋ませながら直剣を構えた。
……構えに全く隙がない。
レアモンスターだけあって、迂闊に攻めれば一瞬で勝負を決められてしまいそうな威圧感が、そこにあった。
やはりここは相手の動きを見てから動くべきだ。
そう考えた瞬間——ゾンビはその身体からは想像もつかない速度で間合いを詰めた。
「嘘だろっ!?」
ジェネラルゾンビの剣が凄まじい勢いで振り抜かれる。
死してなお動き続ける騎士の魂が、昏い墓場に一筋の剣光を煌めかせた。




