Part1 いざ、VOX-0の世界へ
「友達に勧められたので、VOX-0ってゲームをやってみる。初めてのオンラインゲームだわ」
SNSにそう書き込むと、1分も経たずに複数のリプライが飛んできた。
「またクソゲーかよ!! 最高だな!!」
「ヴォックソとか本気かよ、歓迎するわ」
「初めてプレイするオンラインゲームとして考え得る限り最も最悪なチョイス」
「神ゲーだからVOX-4をやれ」
……なんか余りにも酷い言い様なのだが。
クソゲー……なのだろうか?
俺と違って、神原はクソゲーだと判断したらすぐにプレイをやめて売るなり返金するなりする人間なので、クソゲーである可能性は全く考えていなかった。
まあ、その辺りは実際にプレイして自分で感じよう。
ゲームに対する自分の評価はは、自分で決めるべきなのだから。
台座からヘッドセットを取って、電源を入れる。
VRゲームをするためには必須であるヘッドセットには様々なメーカーがある。
俺が使っているのはバーチャルブレインストーム社のハイエンドヘッドセット、通称キンコジだ。
正式名称はKONJIKIなのだが、ちょうど額のあたりにかかるように一周する金色のラインが孫悟空の「緊箍児」のようだとネタにされ、キンコジと呼ばれるようになったのだ。
起動したキンコジを被り、物理コントローラーを使ってストアを開いた。目線で操作することも出来るのだが、自分はあまり得意ではないので、物理コントローラを使っている。
Vengeanceと検索すると、一番上にお目当てのものが出てきた。
間違いなく《Vengeance Oath of X ZERO》だ。
選択し、ゲームの説明を見てみる。
————
大人気VRアクションシリーズ《Vengeance Oath of X》が遂にオンラインに。
君だけの復讐者を作り上げ、最高峰の自由度を誇るVOX-0の世界を楽しもう。
2週間無料プレイキャンペーン中。
[詳細な説明を開く]
————
「なるほど……」
そもそもVOXシリーズ、というものがあるらしい。
若干名前に聞き覚えがあったのは、おそらくそっちを何処かで目にしたからだろう。さっきのリプライにもVOX-4という名前があったのを思い出した。
VOXシリーズのオンラインゲーム、つまり外伝的存在なのでZERO、というわけか。
配信日は、今年の2月7日。思ったよりも最近のゲームだった。
ダウンロードを開始すると、ダウンロードには10分ほどかかるという表示が現れる。
かなり速いが、おそらくゲームを始めるための最低限のダウンロードなのだろう。キャラメイクやチュートリアルを行いながら、他のデータもダウンロードされていくはずだ。
と、ここで一旦神原に電話をかける。
朝の8時だったが、神原は問題なく通話に出た。
「今時間ある?」
「いまちょうどボトルに」
即座に無言で電話を切る。
1分ほど待って、もう一度電話をかけた。
「……済んだか?」
「そりゃもうスッキリ。で、どうした?」
「とりあえず今ダウンロードしてるんだけど、始めたら何すればいいか教えてくれ」
「おお、勿論いいぞ。キャラメイクには時間かける方か?」
キャラメイクに関しては、割と凝る方だ。
主人公というよりも、人気の高いサブキャラクターのようで、ファンタジーに、しかし悪目立ちしないギリギリのラインを狙っていくのがセオリーである。
「まあ、結構凝る方だけど」
「じゃあ終わったらもう一度連絡してくれ。キャラメイク終わったらチュートリアルあるけど、その辺は俺が教えるから飛ばしていい。あと時間によってはリンネもいるから」
「ん、リンネもやってるのか」
リンネとは、リアルで俺をナツレンと呼ぶもう一人の友人、春原鈴世のプレイヤー名である。
リアルでは割と大人しめではあるのだが、ゲーム中はかなりテンションが上がるタイプの人間だ。まあ、俺も似たようなものなのだが。
「1ヶ月前にな。本当はその時お前も誘おうと思ったんだけど、あの時期のお前、めっちゃ極限状態だったじゃん?」
「ああ、そうだったな……」
……俺にも色々あったのだ。
思い出したくないので話題を変え、そのまま少し話し続けていると、VOX-0のダウンロードが完了した。
「お、ダウンロード出来た」
「マジ?じゃあまた後でな」
通話を終了し、キンコジを操作する。
問題が無いことを確認し、ベッドに横たわったが、若干尿意を催したため、すぐにトイレに向かった。
VRゲームやる前、トイレ行きたくなりがち。
ついでに、冷蔵庫に入れておいた板チョコの半分を食べてから、ベッドに横たわった。
キンコジを装着し、《VOX-0》を選択する。
規約などのポップアップに同意し、ゲームを開始すると、フルダイブへのカウントダウンがアナウンスされ始めた。
『フルダイブまで、5秒』
無機質にカウントを告げる女性の声を聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じる。
『4、3、2、1、0……』
思考が引っ張られるような感覚とともに、俺の意識は一旦途絶えた。
————
VOX-0の世界にダイブすると、顔を仮面で覆った、魔法使いのような風貌の男が俺を出迎えた。
「おや、新しい復讐者様の魂がいらっしゃいましたね。私の名は『死神』。貴方を歓迎致しますよ。では、まずは貴方の姿を映し出して行きましょうか」
死神と名乗る男が指を鳴らすと、周囲の様子がガラリと変化した。
早速のキャラメイクだ。
変更できるパーツの一覧を見てみると、最高峰の自由度を謳うだけあって、ページ数が大変なことになっている。
髪一つとっても膨大な量だ。しかも毛量の調整までできるらしい。
種族設定は無いようだが、このパーツ量ならどんな種族でも作れてしまいそうだ。
「これは……時間がかかるな」
圧倒的な項目量を目の当たりにして、俺のキャラメイク魂は、メラメラと音を立てて燃え上がるのであった。
————
「うん、完成だな」
銀色の短髪に、赤い瞳。黄金比をイメージしながら形作った顔や、しっかりと引き締まった肉体。
数時間かけて完成させてだけあって、かなり納得のいくものに仕上がった。
声も変えられるようなので、多少弄ってはみたのだが、普段と違う声が自分からするというのは少し違和感があったので、「若干クリアに聞こえるかな?」程度の調整に留めておいた。多分ほとんど変わっていない。
キャラメイクを終えると、周囲の様子が切り替わり、初期ジョブの選択を行う空間へと移った。
この手のゲームは、まず最初にいくつかの初期ジョブが存在し、中級、上級と変化するにつれて分岐して行く、という風に聞いたことがある。
そのため、初期ジョブの数は多くないだろう。
そう考えていた時期が俺にもありました。
「うっわ」
ずらっと並ぶ文字列。全て職業。
しかもスクロールするとまだまだ出てくる。
「色々あるなぁ」
最初の方に存在するのは、戦士や剣士、魔法使いに忍者や召喚士など、ファンタジーものではお馴染みな職業たち。
しかし、少しずつ見て行くと、だんだんと雲行きが怪しくなってくる。
科学者、魔物使い、ギャンブラーなどは、ゲームによっては見る方だろう。
しかし、もっと下に行くと、侵略者や浮浪者、猫なども出てくる。
『かたつむり観光客』に至ってはもはやなんなんだ。要素絞れよ。
それぞれの職業を詳しく見ると、職業ごとの特性や使用可能な武器について表示されるほか、次の段階の職業も見ることが出来た。その次以降の職業に関しては解禁条件がわかるのみで、具体的なことについては伏せられている。
色々見た結果、「ナイト」か「侍」の二択に絞り込むことが出来た。
あまり見ない職業も興味はあったが、それは今後気になった時に使っていこうと思う。最初なのだから、安定感のあるものを選ぶべきであるはずだ。
格が違うナイトにするか、それとも侍にするか。
結局決めあぐね、ホームメニューからフレンドであるGOODに連絡する。
「お、ナツレン。キャラメイク終わった?」
「今ジョブ決めてるとこ。ナイトと侍ならどっちがいいと思う?」
「侍」
即答だった。
「ナイトって微妙なのか?」
「ナイトってか、タンクを最初に選ぶのだけはオススメしないわ。このゲームじゃ絶対無理。侍が初心者向けってわけじゃないけど、使いこなせればかなり強いし良いんじゃね?」
「わかった。ありがとう」
侍を選択し、決定する。
すると、俺のアバターが侍の初期装備を纏った状態で表示された。
黒く、和風なシルエットにファンタジー的装飾が調和したその服は、銀の髪と合わさってかなり良い雰囲気を出していた。
「これが貴方の姿で宜しいですか?」
いつのまにか現れていた死神が問いかけてきた。
肯定すると、途端に視界がブレて、すぐに元に戻る。
作ったアバターが適用されたようだ。
死神が笑顔の仮面のまま、大仰に手を広げて言う。
「貴方はこれから、貴方自身が許すのであれば何をしても良い、残酷な程に自由な世界を彷徨います。さあ、世界に足を踏み出す前に、その名前を教えていただけますか?」
「ナツレン」と、短く呟く。
中学の頃から変わらないハンドルネームだ。
本名を一文字飛ばしで読んだだけだが、何となく気に入って使い続けている。
「ナツレンですか、良い名前です。それでは、この世界で貴方の復讐が叶うことを、心から願っておりますよ」
その言葉と共に、視界は渦のように捻じれ、黒く染まり、やがて一つの闇が訪れた。
自分の手すら見えない深い闇の中で、一つ、光る何かを見つける。
光に向かって歩いて行くと、その光は急速に膨張を始めた。溢れ出る光の奔流に耐えかねて目を閉じ……慣らすようにゆっくりと開いたとき、視界に飛び込んできたのは一面の草原であった。
どんなゲームでも、フィールドに降り立つ瞬間の興奮というものは必ず存在するものだ。
それはこのゲームにおいても例外ではない。
現実さえ超えるような圧倒的なリアルが、俺の五感を研ぎ澄まさせる。
《VOX-0》での俺の人生が、まさに今始まったのだ。