Part16 龍水
「シャァ——ァアア!!!」
光を放つ半透明の龍は、その全身を震わせて咆哮した。
魔力が込められているのか、はたまたそれ自体が魔法であるのか、龍の叫びは明確なバッドステータスとして俺の身体を鈍らせる。
「動きづれえ……!」
重りを付けられたような重圧。満足に動けない俺を目掛けて、龍はその巨体を叩きつけた。
すんでのところで《グライドステップ》を発動し、どうにか直撃は免れたものの、水飛沫にも攻撃判定があるようで若干生命力が削られてしまった。
本来なら水飛沫はそこまで脅威ではないのだろうが、装甲が貧弱すぎる俺にとっては注意するべき点だ。
あらゆる攻撃が致命傷になりかねない現状、HPはなるべく高く保っておきたい。
「バフ頼む!」
「はい!《攻撃号令:斬》、と……」
「あー、風か土で!」
「了解しましたわ!《属性号令:土》!」
刀が土の魔力を帯びる。
顔から突っ込んでくるワルトレーネを横に跳んで避け、その横っ腹に刀を突き立てる。
しかし……
「予想通りというかなんというか……全然感触がねえな」
龍の形をしているとはいえ完全に水だ。
手に伝わる感触は、まさに水を斬ったような無抵抗。
一応傷をつけた部分から水が流れ出してはいるのだが、それも数秒で塞がってしまった。
魔法以外で勝ち筋として考えられるのは、攻撃を加え続けることで水漏れを引き起こし体積を小さくすることだろうか。フィールド上の水から無尽蔵に体積を補充できるとすればこの方法は不可能だが、正直それ以外に考えられない。
しかしそうなるとかなりの長期戦は覚悟しなければならないだろう。
現状こいつに対してはバフがそこまで重要でないため、リンネを攻撃に回すことはできるがそれでも骨の折れる作業になることは間違いない。
出来れば他に方法を探したいのだが……。
俺が考えている間も、ワルトレーネは攻撃を続ける。
叩きつけや噛み付きは勿論、高圧洗浄機の様なビームや、時間差で爆発する水の塊を生み出すなど、回避するだけで精一杯だ。
何とか隙を見つけて攻撃していくが、傷がすぐに塞がってしまうのを見るとこれであっているのか不安になってくる。
「塞がらない様にするか、そもそも水自体を斬るとか出来ねえかな……」
もしそれが可能であれば、おそらくワルトレーネを倒す為の勝ち筋の一つになるだろう。
そこまで考えて、俺は一つの可能性に行き当たった。
水を切断するという不可能は、ある一つのプロセスを経ることで可能に転じる。
簡単なことだ。凍らせればいい。
「氷属性の号令ってあったよな!」
「ありますわよ!《属性号令:氷》!」
《グライドステップ》を駆使して龍の攻撃をかわし、隙を見て冷気をまとった刃を突き立てる。
ピシリッという音が鳴り、刀に触れた部分が凍り付く。
「重過ぎんだろ……!!」
氷を相手にする分、その抵抗は今までの比ではない。
渾身の力で刀に力を込め、氷に変化していくワルトレーネの身体を砕きながら走る。
身体に亀裂を入れられたワルトレーネは、叫び声をあげながらのたうち回った。
「キシャァァアアァアアアッ!!!」
「ちょっ、暴れんじゃねえ……!」
巨体が暴れ回るとそれだけで脅威になる。
まるで発狂モードのように暴れ回る龍の猛撃を、俺は何とか回避することが出来たのだが……
「きゃああっ!?」
……リンネは吹き飛ばされていた。
かなりかち上げられたなあと思いHPを確認したところ、残り2だった。
落下ダメージで死ぬのでは?
「助けてくださいませー!」
「ちょっ、《グライドステップ》!!」
慌てて加速し、空中でキャッチしようと跳躍する。
しかし、足りない。焦っていたため距離を見誤ってしまったようだ。
俺の手は空を切り、リンネの身体は重力に引かれ落下していく。
そんな光景がスロー再生のように見えるほど研ぎ澄まされた一瞬の中で、俺は、この状況を打開できるスキルを取っていたことを思い出した。
「《マナステージング》!」
足の裏に確かな感触を感じながら、俺は二度目の跳躍を遂げる。
そのまま俺はギリギリでリンネを抱きかかえ、地面との間に自分の身体を差し込むことでなんとか二人揃って生還することに成功した。
俺の体力は残り3。ヤバすぎ。
急いでインベントリから回復薬を取り出して飲む。
味はサイダーだった。
「感謝致しますわ!」
「ああ、せっかくここまで来たんだし、死ぬのはもったいないからな」
とにかく、ワルトレーネ討伐への糸口は掴んだ。
凍らせて砕くという手段は、先ほどの様な発狂を引き起こすデメリットがあるのだろう。
しかし、分かっていれば対処はできる。
「シャァァァアアアア!!!」
龍が吼え、口から高圧の水流を撃った。
咆哮により行動阻害のデバフを負った体を何とか動かしてそれを回避し、《一閃》や《燕返し》を発動してワルトレーネの身体をズタズタに切り裂いて行く。
「ァァァァアアア!!!」
「うるせえ!!」
だんだんと発狂にも対応できるようになってきた。
回避しながら斬りつけ、凍らせて砕く。
それを十分ほど繰り返すうちに、ワルトレーネは徐々に行動を鈍らせていった。
「そろそろ倒せるか……?」
「ナツレン、奥の手を授けますわ!《戦闘号令:超過》!」
リンネがそう宣言すると、俺の身体に変化が訪れる。
何というか、身体がめっちゃ軽い。
身体を勢いよく血が巡るのが認識できるような、そんな高揚感。
暴れ狂う水の奔流も、最早止まって見える。
名前的に、一定時間強力なバフが入るのだろう。おそらくその後のデメリットもセットだ。
直ぐに方をつけてやる。
「行くぞ……《マナステージング》!」
高く跳んだ俺を追いかけて、ワルトレーネは顔を持ち上げた。計画通り。
「《兜割》!!」
天に掲げた氷の刃をワルトレーネの顔に叩きつける。
ミシリ、と一瞬の抵抗の後、バフのかかった一撃は龍の顔を縦に斬り裂いた。
「シャァァァァァ……!!」
ワルトレーネは掠れるような声を上げ、その巨体を力なく地面に叩きつける。
力を使い果たしたのだろう。もう動くことのできない龍の身体はゴポゴポと唸り、やがて破裂した。
輝く水飛沫が散る中で、俺の身体は降下を始める。
「あ、やべっ、落ちるじゃん俺!」
着地のことを考えていなかったため絶賛落下中の俺だったが、地面に激突する寸前に柔らかい感触に包まれた。
「今度は私が助ける番ですわね」
「マジで助かった……」
リンネに抱きかかえられたまま、俺の視界にシステムメッセージが現れる。
[龍水ワルトレーネを撃破しました]
[スキル《半月斬》を獲得しました]
[称号『龍水を討ちし者』を獲得しました]
[称号『ハイ・ジャンパー』を獲得しました]
何はともあれ、龍水ワルトレーネ、撃破だ。




