Part10 アルゴノーツの船員たち
「着きましたわ。ここが【アルゴノーツ】のクランハウスですのよ」
転移門というワープシステムをいくつか経由し、リンネに連れられてやってきたのは、なんか……なんだこれ?
「近未来的な箱を大樹がブチ抜いてる」
「凄いデザインですわよね……」
まさにそうとしか表現出来ないこの建物がクランハウスらしい。
巨大な黒い立方体……建造物なのだろうが、その上部からは大樹がそびえ立ち、さらに外壁から枝が飛び出しているという、例えるなら人類が滅んだ後に悠久の時を経て生まれた自然の芸術といった感じか。
これはこれでファンタジーとSFの融合という感じでいいかもしれない。
「さ、既に連絡は入れてありますから、中に入りますわよ」
「おう」
黒い立方体の表面に入った薄い線に近づくと、その部分が薄く光り、自動ドアのように開いた。
めちゃくちゃSFだ。VOX-0はファンタジーな世界観のゲームだと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。グッドの装備もかなり近代的、というか重火器だったし。
「ただ今戻りましたわよ!」
「お邪魔しまーす。……内部にSF要素がない……」
「それ、不思議ですわよね……」
壁や床は全て木造。中央にそびえ立つ樹木はうまく螺旋階段として活用されていた。
外壁のような金属系の物質は存在せず、ただただファンタジーな内装である。
「おっ、来たね」
クランハウスの中を見回す俺を、白衣を着た、爆弾頭が出迎えた。
文字通り、爆弾——それも爆弾と画像検索して一番上に出てくるような丸い爆弾だ。被り物?
「私は超人マン。【アルゴノーツ】のクランマスターだよ。よろしくね」
「あっはい、ナツレンです、よろしくお願いします」
「ナツレンくんね。よろしく。私のことは超さんって呼んでいいよ」
差し出された手を握る。不思議な外見だが、なんとなく常識人的なオーラを感じる。
全く性別が読み取れないが、まあVRゲームに性別はあってないようなものだったりするので気にするまい。
「他の皆さまはいらっしゃらないんですの?」
「グッドくんは編集作業、御兎姫ちゃんはPKしに行ってるし、アポロくんは服役中だね」
「PK……服役……?」
妙な単語が聞こえてきた気がするんだが。
「ああ、気にしないで。で、ミーティアちゃんはもうそろそろ戻ってくると思うよ。あと……Aliceちゃんは今日は来てないね」
「集まりが悪いのですけど、仕方ありませんわね」
そう言ってリンネがため息をつくのと同時に、背後で軽く動作音のような音が聞こえた。
振り向くと、女性が二人、クランハウス内に入ってくるところであった。
「ただいま〜。ちょうど姫ちゃんを見つけたから、一緒に帰ってきたの」
「まだ狩り足りない……」
背の高い方の女性は、ブロンドの髪をたなびかせるハリウッド女優のようなアバターをしている。
もう一人の背の低い女性は、黒髪にゴスロリ風装備という、西洋人形のような雰囲気のアバターだ。
このクランの人間なのだろう。
とりあえず挨拶をしようとして、しかし、急に全身の力が抜ける。
「……は?」
身体に力が入らない。
ボヤける視界でなんとか焦点を合わせ、額に何かが付いていることを認識する。
……ナイフ?
「ちょっ、御兎姫ちゃん!?何で殺ったの!?」という超さんの声を聞きながら、俺は意識を失った。
——————
「……申し訳ない。咄嗟にPKしてしまった」
クランハウスに戻ってすぐ、黒づくめの少女に謝られた。
「いや、まあ何も盗られてないんで別にいいんですけど……」
「そうか……ならあと4回殺させてくれ」
「何で!?」
「ごめんね。この子、PKが趣味なのよ」
そう言って、長身の女性が、ナイフを待ってジタバタする少女を抱きかかえる。
PKが趣味て……。
「私はミーティア。この子は御兎姫。口下手だけど、仲良くしてあげてね?」
「お前……また子供みたいに……!」
御兎姫と呼ばれた少女が、震えた声で怒った。
「よろしくおねがいします」
「あら、敬語じゃなくていいのよ?」
「まあ……それは正式にクランに入ってから、ですかね」
ミーティアさんは、それもそうねと言って、超さんの方に目を向ける。
「この子の入団テストは、もう終わったのかしら?」
「いや、まだだよ。ちょうどログインもしてないしね」
「あ、やっぱりテストみたいなものがあるんですね」
「うん。基本的には来るもの拒まずではあるんだけどね。ひとつだけ条件があるんだ」
めちゃくちゃ強い敵倒さないとだめとかだと辛いな。
まあ始めて一ヶ月、クランに入るまでで言うなら二週間ほどしかプレイしていないリンネが入れているのでそこまで厳しい条件ではないと思うが。
「その『条件』と言うのは?」
「Aliceちゃんに……いや、Aliceちゃんの『熾天剣』に、敵と判断されないことだよ」
「……敵と判断されない……?」
それがどういうことなのかを聞こうとした瞬間、何かが軋む音が階上から響いた。
ギシッ、ギシッ、と等間隔で鳴るその音は、段々と下に降りて来る。
それが何者かが階段を降りる音であると分かり、そしてその何者かの姿を認識した瞬間、超さんは叫んだ。
「ミーティアちゃん、ナツレンくんを!!」
「わかったわ!」
一瞬のうちに、ミーティアさんが軽々と俺を担ぎ上げる。
ぐらっと視界が揺れ、重力が遠のく。凄まじい風圧を受けながら、俺は米俵の様に担がれて外に運び出された。
そのままの体勢で、彼女に聞く。
「何処に向かってるんです!?」
「なるべく人のいない方よ!!」
何が起きているんだと混乱していると、クランハウスの方から何かが追って来るのが見えた。
だんだんと近づいて来るそれが、先程階段を降りてきていた少女だということに気づくのに、1秒もかからなかった。
しかもただ迫ってきてるのではなく、ノーモーションで横移動しながら近づいてきている。
スライドバグかよ。
「めっちゃ近づいてきてるんですけど! バグですか!?」
「バグだって考えるのが一番楽ね!」
ってことはバグじゃないのかよ。むしろバグだった方がまだ理解できたわ。
「森の中入るわよ、振り落とされないようにね!」
「うおお……」
若干酔ってきたが、鋼の精神力でなんとか抑えつける。
かなり木の密集した森のようだが、ミーティアさんは木の枝の上を跳躍し、上手く進んでいるようであった。
追ってきていた少女は見えない。撒いたのだろうか。
そんなことを考えた瞬間……
「……!?」
……何か巨大な圧のようなものを感じ、体が硬直してしまった。
どうやらミーティアさんにもその圧は伝わっていたようで、一瞬バランスを崩し、そのまま地面に転がり落ちてしまう。
瞬間、背後に存在する木が、文字通り消し飛んだ。
「うわぁ…………」
「えぇ…………」
もう、何? マジで。
体勢を整えてなんとか逃げ出そうとするが、時すでに遅し。振り返ると、背後に件の少女が立っていた。
ついよろめいてしまい、尻餅をついてしまう。
「……………………」
無言の少女が、じっと俺を見つめている。
その表情から思考を読み取ることはできない。
しかし、その小さな身体からは想像できない程の威圧感が、俺の思考を縛り付ける。
「や、やられる……」
思わず目を閉じ、そう呟いてしまう。
これがゲームの中であっても、この恐怖という感覚は現実であるかのように俺の中で振舞っていた。
……しかし、想像していた衝撃は訪れない。
恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。
「…………」
ちょこん、と。
少女は、俺の横に座っていたのだった。
「……えっ?」
状況が飲み込めないでいる俺をよそに、ミーティアさんは安堵のため息を漏らした。
「よかったわ〜。本当に、どうなることかと……」
「えっと……?」
あとから走ってやってきた超さんが、俺を見て満足そうに頷く。
「うん、問題なかったようだね。おめでとうナツレンくん、合格だよ」
「……え?」
……うん、あの、誰か俺に状況を教えてくれませんか?




