プロローグ それはもはや呪いのように
「グゲァーーァァアアアアッ!!!」
俺の一撃を受けて、叛神ラグレオは、汚い断末魔を上げて地に倒れた。
その背中に生えた異形の翼(羽の一つ一つが全て人間の手で出来ている)は徐々にその動きを止めていき、やがて全ての羽が動きを止めた時、巨躯は眩く光を放ち始めた。
咄嗟に、背丈ほどある大剣を盾にするように構える。
ラグレオは、身体を覆う光と共に、その指の端から徐々に爆ぜていった。
……大量の血と内臓をばら撒きながら。
グチャ、ベチャ、と音を立てて辺りを赤く染めていくグロテスクなものから逃げるように眼を閉じる。が、もう既にムービーに入っているらしい。目を閉じても御構い無しにグロシーンが続く。
嘘みたいにゆっくりと進む崩壊と、明らかに消えた体積と釣り合っていない血飛沫のなかで、俺は一つの感想を呟いた。
——またクソゲーだった、と。
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『ラグナロク・パラドクス』
7月3日発売
ジャンル:VRアクションRPG
神々の争いに巻き込まれた男の物語。
……のはずなのだが、ストーリーがふわふわとしていて確信が持てない。
会話や設定は何処と無くカッコいいので雰囲気ゲーとしてはかなりクオリティが高い。造形もかなり好み。
ストーリーに関してもよくわからないだけで不快になるものではないのでまだマシ。
問題は行き過ぎたゴア要素だ。敵を倒すと血が出るし、超リアルな内臓が出る。
内臓の造形はリアルな癖に、透き通った緑色のスライムから大量の鮮血と内臓が飛び出してくる雑さがもはやギャグ。
パッケージの女キャラは可愛いがチュートリアルで死ぬ。当たり前のように血と内臓が出る。俺の環境では心臓が3つ出た。何者だよ。
今では一般的である「重要シーン中は目を閉じても周囲が見え続ける」というシステムも、このゲームにおいてはボスが体の端からグズグズに融けていくのを目に焼きつかせるための拷問システムとなっている。
では、ここから先はSSも交えてレビューをしていく。
※グロ耐性が無い方や、焼肉を食べる予定のある方は見ないほうがいい画像が続きます。
まず始めに………………
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「よし、と」
ブログの投稿を終え、忘れずにSNSにURLを流す。
数分後、早速反応が来ていた。
「今回もクソゲーじゃないか!(歓喜)」
「ナツレンさんお疲れ様です!」
「なんでまたクソゲーやってるんですか?」
うん、いつもの反応だ。
俺は中学生の頃から、定期的にブログを書き続けている。
中学生が書くようなブログだ。当初はたいして日の目も浴びずにひっそりと続けていたのだが、ある日突然爆発的な人気を得た。
三年ほど前だろうか。俺のブログはSNSで広く拡散されたのだ。
「このクソゲーのレビューが面白い」というコメントと共に貼られた俺のブログのスクショは、瞬く間にネットの海へと放流された。
当然のように、俺のブログのPV数も跳ね上がった。
その結果、現在俺はSNSでクソゲーの人として認知されている。
別に、クソゲーが好きなわけではない。クソゲーを狙って買っているわけでもない。
だが、しかし、俺が買うゲームは、何故かクソゲーなのだ。
基本的に俺は、ネットで事前に情報を収集するようなことはしない。僅かなことでもネタバレは避けたいし、ゲームの評価は自分のみで決めたいからだ。
そういう信念のもと、俺はゲームをプレイし続けるのだが……何故だろう、本当に全てクソゲーなのだ。
ストーリーがつまらない、なんてものではない。
度重なるバグ、未完成での発売、音声の使い回し、バグ、ただひたすらに時間がかかる無味無臭な戦闘、バグ、バグ。
もちろんクソゲーとは言えないものもある。しかし、それらは往々にして「だからといって名作でもないよね」という程度のものなのである。つまりは平凡。
結果として、俺のブログのメインコンテンツはクソゲーレビューとなってしまっている。
自分としてはクソゲーを選んでいるつもりはないし、何度もそう明言している。
それに対して当初は「いや、絶対クソゲー選んでるだけだろ」みたいなコメントもあったのだが、『超有名シリーズの新作が発表されたので早い段階で「購入する」と宣言したら、発売が近づくに連れてプロデューサーの悪行や内部のゴタゴタが露出していき、発売後には「ナンバリングから外せ」という署名が大量に集まる程の騒動になった』というようなミラクルが二度起きたために、今では「めちゃくちゃ見る目と運がない人」という扱いをされている。
なんなら俺が未発売のゲームに興味を示すと「このゲーム終わったな」だの「クソゲーになる運命が確定してしまった」だの言われてしまうのだ。
若干傷つきはするのだが、まあ、こうやって有名になることで結果的にバイトをしなくて済んでいるので、別にいいかなとも思っていたり。
キーグローブとディスプレイグラスを外し、時計を見ると、日付が変わる直前であった。
ひとつ伸びをして、ベッドに潜り込む。
明日は夏休み前最後の日だ。特に何か変わるわけではないが、とりあえず遅れないように行こう。
そう考えて、俺はゆっくりと目を閉じ……結局眠れなかったので、少しゲームで遊んでから、もう一度布団に入ってぐっすりと眠ったのであった。
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教師のありがた〜いお言葉を船を漕ぎながらなんとか聴き終え、帰宅する俺の肩を、何者かが叩いた。
「よう、ナツレン。一緒に帰ろうぜ」
姿を見なくても誰なのかがわかる。
友人が少ないわけではないのだが、ハンドルネームで声をかけてくるやつは二人しかいないし、その内一人は女だ。
振り返ると、予想通りの顔があった。
なんとなく俺もハンドルネームで返す。
「そのつもりだよ、グッド」
「ゴッドなんだが……」
彼の名前は神原逸人。
重度のオンラインゲーム廃人で、高校時代からの同級生だ。
「それより昨日の記事見たぞ。またクソゲー引いたんだな」
「ああ、いつも通りね。パッケージとかいい感じだったんだけどな」
「……いや、あれ結構パッケージから地雷臭ハンパなかったけど……やっぱお前見る目もないな」
「うるせえ」
他愛ない会話をしながら、俺たちは駅へ向かった。
8月の暑さはなかなかにえげつなく、照り返す太陽光が俺の白い肌を容赦なく突き刺してくる。
途中コンビニでアイスを買い、食べながら歩いていると、神原がふいに話題を変えた。
「なあ、話変わるけど、次にやるゲームとか決まってる?」
「いや、調べたんだけどピンとこなくて。折角だしレトロゲームでもやろうかと思ってるんだよね」
「うーん……結構豊作なんだけどな、今の時期。まあでもちょうど良いや、オンラインゲームやらね?MMORPGのやつ」
「MMORPGかー……」
MMORPG。VRゲームでは特に人気なジャンルではあるのだが、やったことは一度もない。
なんとなく、始めにくさを感じてしまうのだ。
「それ系のやつやったことないんだけど、大丈夫か?」
「まあなんとかなるでしょ。俺がついてるしな」
「ボトラーが言うと安心感が段違いだな。俺はせめてトイレぐらいは人間の尊厳を維持していたいんだけど」
「いや別にそれを強要するつもりはねえよ」
自身がボトラーであることは否定しない、そんな男である。
人混みを避けつつ、話しながら駅の改札を通る。
「なんていうゲーム?」
「《Vengeance Oath of X ZERO》、略して《VOX-0》ってやつだよ。知らないか?」
《VOX-0》……名前は聞いたことがあるような、無いような。多分ちゃんと目にしたことはないだろう。
「知らないな。ゲームの情報はほとんど見ないし」
「そういえばそうだったな。まあ、ヘッドギアはキンコジ使えるし、最初の二週間はタダだし、とりあえず試しでやってみようぜ?」
「……そうだな。明日から長期休みだし、どうせ暇だからやってみるか」
「おう、よろしくな!わからないことあったら聞いていいぞ!」
「まあ、頼りにしてるよ」
手を振って別のホームへ向かう彼を見送り、ちょうど停車していた最寄り行きの電車に乗り込む。
「《VOX-0》か……」
人の多い電車の中で、俺の意識はまだ見ぬゲームへの想像で埋め尽くされていたのだった。
キーグローブは装着するタイプの入力デバイスです。
なくても入力や操作は空間認識や視線認識などの技術で行えるのですが、ナツレンは「押した感じがないと嫌だ」と感じるので使っています。