三話・モンスターオークション
「レディースアンドジェントルマン! さあさ、とうとうモンスターオークションの目玉とも言えるべきモンスターのオークションの開始です!」
バニーガール衣装の金髪美女が現れ、運んで来た台車の上には小さな鉄の檻ある。その中には、かの有名なクリムゾンスライムの姿があった。クリムゾンスライムとは羽の生えた赤いスライムであり、炎さえも吐く異世界モンスターだ。
その異世界とはまだ謎が多い、ジパング大陸の地下にあるダンジョンの異世界モンスター(通称・イセモン)の中でもスーパーレアなモンスターである。
そんな司会者からの説明が終わると、バニーガールの金髪美女は奥に引っ込みクリムゾンスライムのみがステージに存在した。そうして、司会者は観客に入札をスタートさせた。
「一億!」
『!?』
その一億円という金額を叫んだ朱色に卵柄の着流しを着る、ポニーテールの若侍に会場の人間は釘付けになる。手始めは一千万円から始まったオークションで、いきなり一億円が出された事で会場の空気は一変した。後方の位置に座る朱蓮は特に顔色も変えずに洋怪タバコをふかしていた。
観客達はざわざわし出し、止まっていた司会者も更なる金額を求めて声を出した。だが、観客達は訳の分からない若侍の行動に戸惑いを覚えて動けない。
「おいおい、クリムゾンスライムの相場は一億円だぜ? まさか、いきなり一億円なんかだされたら流石にみんな動かなくなるな」
「だな。何考えてるんだ文無しの朱蓮は?」
と、知り合い達すら不安にさせる朱蓮は文無しと呼ばれているにも関わらず、一般の侍では持ち得ない一億円という入札金額を提示してオークションの動きを止めている。
すると、そのオークション会場の後方左隅に金髪の髪の長い女が座った。黒いパンツスーツの女は座るなり言い放つ。
「一億一千万!」
『おおっ!』
とうとう動いた入札額に観客はどよめく。これでクリムゾンスライムは金髪女が獲得権利を得た。次のコールが無い限り、このオークションは終わりになる。一様に観客達は朱色に卵柄が描かれた若侍を見た。
『……』
ぷはぁ……と口から煙を吐く朱蓮は口を動かした。
「一億二千万」
会場が新しいどよめきが発生すると、そのどよめきは混乱へと移行して行く。
「一億三千万」
「おぉ! 一億三千万が出ました。さぁさ、若いお侍さん。一億三千万以上の金はあるでしょうか?」
その司会者の催促のような声に、朱蓮は冷たい目をもって返す。会場は若侍と金髪女の一騎打ちに興奮するだけに成り果てている。もう、誰もこの二人に介入する人間はいない。そして、新しい洋怪タバコにマッチで火を付けるとまた口を開いた。
「一億五千万」
少し跳ね上がった金額に、またも会場は湧いた。特に顔色を変えない朱蓮はタバコの煙を吐き続け、濃度の高い洋怪タバコの煙たさに、金髪女は咳き込み出す。司会者も会場のヒートアップを煽るように盛り上げ出す。
しかし、入札主人公の二人は冷静にオークションの値段を跳ね上げていた。
「ならば一億六千万」
「んじゃあ俺は一億七千万」
「一億八千万」
「一億飛んで百円」
「? い、一億九千万」
「二億」
と、言うと朱蓮は金髪女を見た。会場のタバコの匂いが気になるのか鼻をハンカチで抑えている。だが、維持を張り合うようにまた金額を釣り上げた。
「二億一千万」
「おぉ! 二億一千万出ました! さぁさ若いお侍さん。この次はありますか! どうですか!」
「ん? 俺はここで終わり。つまらんオークションもここいらでお開きだぜ」
そう言う朱蓮に、金髪女も司会者も会場全てが唖然とした。この男はクリムゾンスライムを欲していないというのが、ありありと見えたからである。焦りの色が見える金髪女は話し出す。
「貴様……侍の身分で金もある。それなのに欲しくもないモンスターのオークションに参加して金額だけ釣り上げるとは、どういう了見なの? あり得ないわよ?」
「吸わない洋怪には特にキツく感じる洋怪タバコがクサくて仕方ねーのに、急に多弁になったなぁ金髪女。どういう了見はコッチの台詞だぜ。そもそも、金額を釣り上げていたのは俺じゃなくお前……いや、お前等だろう洋怪変化共」
『――!?』
洋怪変化という言葉に、金髪女と司会者は困惑した。すでに会場の雰囲気もオークションどころではなくなっている。司会者の方はビビリまくっているが、金髪女の方は何か覚悟が出来たようで朱蓮に殺意を向けた。
「このオークション会場に入るには身分チェックと金の残高確認が必須。使える金は予め、本当に持っているかを確認される。お前は侍の高官であり、使う額として三億以上あったはず。その金を一体何に使うつもりだった?」
「俺の質問には答えてねーが、答えてやるよ。確かにオークションに参加するには、金の手持ちと身分を確認される。だけどよ、このカードが俺のカードとは限らねーよな?」
「それは貴様のカードだと確認した……他人のカードのわけが無い。幕府の手の者が偽造でもしない限り……」
「フッ」
と朱蓮が鼻で笑うと、金髪女は全てを察した。この男は幕府警察の手の者であり、自分は罠にハメられたという事を――。
今回、文無しの朱蓮が高い洋怪タバコを買えた理由は、今回の件が幕府警察からの依頼仕事であり、捜査料が支払われていたからである。その金でオークション会場で洋怪をあぶり出す為のタバコを買い、無理矢理値段を釣り上げたモンスターを高値で買わせる悪徳オークション関係者を逮捕する算段だった。
やれやれという顔の朱蓮は語る。
「幕府の人間は金回りがいい。だからこそ、レアモンスターが相場より高くてもオークションという開けた場所では買わなくてはならない。人の目と自分の身分の問題があるからなぁ。まぁ、上手くやってたがここいらが潮時だな洋怪変化」
「洋怪変化とまでよく気付いたものだ。私は洋怪商人達と金を釣り上げ過ぎないよう、上手くやってたはずなんだがな。どうして、気付いた?」
「ん? 真の悪を探してたら、たまたま引っかかってしまった魚ってとこかな。江戸の警察は性格の悪ーい男がいるから、文句があるなら伝えておくぜ。文句は捕まえた後に聞く」
「んだらば逃げよ。さいなラッキョ」
と、クリムゾンスライムを使って火を吹かせた隙をついて逃げた。ボカーン……と朱蓮だけでなくその他大勢の人間達もクールな金髪女のキャラ変に驚いていた。すでに精神状態が悪化してる司会者の変化も解け、洋怪姿になってるのを誰も気付いていない。誰もが、金髪女に釘付けだった。
「……んだアイツ? キャラ違くねーか? って、そんな言葉言ってる場合じゃねぇ! みんな! 俺は金髪女を追う! オークション関係者は警察が来るまでここから出さねーようにしてくれ! 頼んだぜ!」
朱蓮はオークション会場の知り合い連中に声をかけると、疾風のように逃げた金髪女を追った。クリムゾンスライムより、面白そうな金髪女が目当てでもある。