二話・江戸楽市楽座
人間社会に洋怪が現れ文明開化が起こった国ジパング。和と洋が混じり合う世界でも、士農工商の士分である侍連中はそのほとんどが和装のままである。
自分達の階級が上であるという意識が武士階級をそうさせているが、幕府の警察機構は動き易さの観点から洋服を着ていた。
そして、朱色に卵柄の着流しを着て歩く背の高い男は、刀も腰に帯びずに江戸の町をゆらゆらと歩いている。その瞳は、祭りのように屋台がひしめいている場所に注がれている。人もわんさかいて、活気もあった。
「今日から三日間は江戸楽市楽座だ。ここで珍しい物を見つけられたらいいねぇ」
朱蓮の言う通り、今日から三日間は江戸楽市楽座であり、特別な品物が手に入る品物市だ。ジパング国で手に入る和物だけではなく、洋怪文化であるレアな洋物が手に入る。
その他、ダンジョンでしか手に入らない品物も存在するので、商人達は安く買って高く売る転売ヤーという存在も現れている。売人には洋怪も混じっており、人間と洋怪が互いのレア物を売る市でもあった。
洋怪は人間社会において、士農工商の農工商の扱いになっている。それぞれの得意分野を活かし、洋怪は人間社会で生活している。
幕府直下のエリートである士分には決してなれないが、洋怪達はその生活に満足しているようだ。士分になれば幕府の犬となり、農工商人のように稼ぐ事が出来ないからでもある。
道行く連中に、文無しの朱蓮が何してる? と知り合い達に聞かれたが、女を物色してると言ってのらりくらりとかわした。しかし、その連中からダンゴや焼き鳥を押し付けられた。
「ったく、文無しだからって色々くれやがって。いい奴らだぜ」
もらったダンゴを食いつつ、朱蓮は露天の品物に目を光らせている。
「色々と珍しい物があるねぇ。毒のナイフに耐熱マント。洋怪メガネに三途の三度笠。ほぅ……あのタバコは面白そうだな」
と、朱蓮はスタスタ歩き丸メガネをかけた露天の洋怪女に声をかける。黒髪ぱっつんで白い着物の中学生みたいな見た目だが、周囲の温度の低さとカキ氷を食べてる所から雪女の家系というのが伺える。
「よぅ、久しぶりだなメガネ雪女の嬢ちゃん。相変わらず中々良い品を揃えているな。特にその洋怪タバコはレア物だろう?」
「お目が高いな朱蓮のあんちゃん。これは洋怪タバコの中でも数少ない葉で作られた物。ちと、値段は張るがいい代物じゃて」
「その洋怪タバコを買おうと思うんだが、一番キツイやつはどれだい?」
「ホッホッホッ。一番キツイやつとは、あんちゃん中々面白いね。ならオススメはこれだよ」
メガネ雪女は黒い洋怪タバコを手に取り見せた。
「人体に大きな害はないけど、人間の肺には合わないぐらいの濃度だよ。好きな洋怪は好むけど、吸わない洋怪には耐えられないだろうね。特に人間のあんたにゃ好きモノでない限りはきついタバコだ。ホッホッホッ」
「そういうのが必要なのさ。今は」
ホッホッホッと口真似をした朱蓮は金を払ってから何から何かの騒ぎを聞き振り返ると、モンスターオークションが始まると話しながら歩く人々の声を聞いた。
口元を笑わせ、市販されていない人間の肺には強いタバコに火も付けず、くわえタバコのままでテント設営されているオークション会場まで歩いた。
※
「モンスターオークションねぇ。一度倒したダンジョンのモンスターを教育してペットとして飼う。洋怪の知恵を借りて人間が真似しただけにせよ、文明開化様々だぜ」
江戸楽市楽座の目玉の一つとして、モンスターオークションは行われるようであり幕府関係者もこぞって参加していた。ここで使う金は人間と洋怪に対しての自分の権力の強さを証明し、飼っているモンスターの強さとレア度が人々の羨望を集める材料だった。
すでにモンスターオークションは始まっており、そのモンスター達は一度人間達に倒され教育を受け毒気が無いが、観客の安心の為に柵に入れられてステージに上がる。それからモンスターの紹介が有り、観客達は司会のオークションスタート案内と共に入札が開始される。
欲にまみれた連中を見てアクビをしながらも、くわえタバコの朱蓮はメインステージを眺める知り合いの自称ギャンブラー連中に声をかけた。
「よう、オメー達。モンスターを買うわけでも無く、ここで見物だけしてるのも退屈だろ? ちょっとレア物のタバコで一服しようぜ」
朱蓮はオークション会場にいる連中に買ったばかりのタバコを分け与えた。飲み屋のような会話になり、何故か今日は気前のいい事を突っ込まれた。
「こんなタバコは吸った事ないな。文無しなのに気前がいいな朱蓮ちゃん」
「そうだ、そうだ。パチンコか競馬でぼろ儲けしなきゃ買えないぞ?」
「いや、スロットだろう? 中央の京都とか遠くの店行って、目押しの朱蓮の力で出禁にならない程度に稼いだんだ」
おいおい、と朱蓮の方も違うと否定した。
「こりゃ、幕府の仲間連中の金で買ったもんだ。なんせ暇な侍は俺ぐらいだら色々頼まれてまいるぜ。文無しだけど、義理には厚いぜ」
『ハッハッハッ!』
どんどん吸えと、群がって来た連中にもおまけでもらったマッチで火をつける。テントの中はだんだんと特殊なタバコの匂いで満たされ出し、咳き込む人間もいた。だが、普段から酒にタバコをやってる人間の為、すぐに洋怪タバコのキツさにも慣れた。
すると、本日の目玉らしいモンスターの発表になった。