表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

一話・半熟侍-卵海朱連-

 ここは人間と洋怪が共存する世界ジパング。


 江戸時代と呼ばれる歴史を過ごしていたある日、人間だけの世界に伝説上の生き物でしかない洋怪(ようかい)が世界に発生した事により、文明開化が起こった。

 ジパング歴1989年。人間の文化に映像記録のビデオデッキが発達して来た時代に洋怪が出現し、次はパソコンの発達という前に、とてつもない事態が起こったのである。


 その後、人洋戦争という人と洋怪の戦争もあったが、今は人と洋怪が共存した世界になってる。


 人間界に馴染む洋怪達は洋風文化をジパングに持ち込んだ。和と洋が混じり合う文明開化は人間の生活を大きく変化させて行ったのである。


 現在の時はジパング歴1999年。

 ジパング大陸の東に位置する江戸城下町の郊外にある、とある洋食屋では一人の若い侍が焼酎を飲んでから目の前にあるオムライスをじっくり観察していた。文明開化と洋怪の出現は、侍達の仕事を増やす厄介なもので有り、侍達は洋物全てを毛嫌いしている連中が多いがこの男は違うようだ。


「半熟卵のオムライスは最高だなぁ。美しく、美味い。文明開化様様だぜ」


 と、侍の癖に侍らしくない若侍は、頭髪は昔の侍らしい長めのポニーテールである総髪だった。服装は朱色に無数の卵が描かれた着流しである。侍である故か、文明開化の象徴である洋服は着ていない。そして、その腰にも侍の近くにも、侍の魂である刀は無い。


「さて、いただき――」


「きゃあ!? く、食い逃げーーーっ!」


「ぐへおあっ!?」


 一口食べたオムライスは、驚きで身体のどこに入ったかもわからない状態だった。紙ナプキンで口を拭い、看板娘の叫び声方向へ振り向く。


「……食い逃げ? ったく、酔いも回ってイイところだっつーのによ!」


 追いかけようとする看板娘の肩を叩き、疾風のように侍は食い逃げ犯を追う。その足は鬼のように早く、群衆の中を駆ける黒いフード姿の食い逃げ犯に追いついた。


「うらぁ!」


「ぐはっ!」


 食い逃げ犯は侍の蹴りを背中にくらい倒れた。食い逃げ犯も群衆も驚いているが、手に持つスプーンを突き出した男は息一つ乱さず言う。


「半熟野郎が食い逃げなんてしてんじゃねーぞアホが。この侍、卵海朱蓮(たまうみしゅれん)が貴様を狩るぜ」


「うるせー! そもそも侍の癖に丸腰かよ? 舐めた侍だ。死にたくなきゃどきな」


「この手にあるスプーンでお前さんなんぞ、イチコロよ」


「そうかよ何もしなくても給与が貰える税金泥棒のクソ侍が!」


 スッと食い逃げ犯は懐からピストルを取り出した。それを見た群衆は悲鳴を上げ、朱蓮はニヤリと笑う。


「半熟の包茎野郎がピストルか。文明開化様々だぜ」


「な、何でそんな事を言うんだ? 何でそんな事がわかるんだよ?」


「その黒いフード見て言っただけの事よ。まさ図星とは、びっくり仰天だぜ」


 どっと周囲の群衆も笑い出す。それに耐えられない黒フードの食い逃げ犯は、弱い子犬のように叫び出す。


「黙れ! お前はその文明開化に負けた存在なんだよ! 古い時代の侍野郎!」


 侍という職業の朱蓮に怒る食い逃げ犯は怒りのまま、ピストルの引き金を引いた。


『――!』


 その瞬間、空間の時が止まったかのように群衆達を静止させていた。血が足から滴り落ち、相手の足を見つめる朱蓮はアクビをしてスプーンを人差し指の先端で立たせていた。


『……』


 唖然とする群衆は何が起きたのかわからない。それを身をもって知る食い逃げ犯は血が出る足を抑えながら言う。


「テメー……そのスプーンで弾丸の軌道を変えたのか? 器用な侍だぜ」


「このスプーンも文明開化の賜物だぜ? なんせオムライスが食えるからなぁ」


 食い逃げ犯の言う通り、放たれたピストルの弾を朱蓮はスプーンを使って食い逃げ犯に送り返したのである。そして、ようやく群衆達も言葉を発し出した。


「おいおい、あれ文無しの朱蓮じゃね?」


「しっ! 侍なんだから聞かれたらマズイわ」


「この江戸城下町じゃ、文無し朱蓮は有名だよ」


 どうやら、この朱蓮という男は江戸城下町ではそれなりに有名な侍のようだ。残念ながら文無しのようだが。それが聞こえ、懐から生卵を取り出して野次馬達に手を振り挨拶をする朱蓮は、ニコニコしつつ歌舞伎役者のような動きで言う。


「この文無しの朱蓮。酒とタバコと女にゃ弱いが、悪党相手にはドS街道真っしぐら!」


「歌舞伎じゃねーんだぞ! 今度は外さねー!」


 遊び人の目から冷徹な紅い殺人鬼の目になる朱蓮は冷たい口調で言った。


「半熟が……文明開化に散れ――」


 スプーンを投げて構えたピストルを落とし、瞬時に相手の懐に入った朱蓮の生卵が額にヒットして、食い逃げ犯は気絶した。


「んま」


 と、生卵を一口で飲み干して事件解決となった。





 そして、幕府警察に食い逃げ犯を引き渡し、朱蓮は少し冷めたオムライスを食べ終えて洋食屋・筋肉隆々を出ようとする。その時、看板娘のお町から声をかけられた。


「はい、半熟さん」


「……はい?」


「オムライスと焼酎のお代がまだですけど?」


「つれねぇなぁ、お町っちゃんよ。食い逃げ退治したんだから、奴につけておいてくれよ。侍の心得一つ。侍は全てにおいて正しい!」


「本当にそう思ってるのなら、卵海朱蓮(たまうみしゅれん)さんも税金泥棒の悪党ですね」


 そのお町の冷たい視線に耐えかねた朱蓮は、


「わかった、わかった。奴も安いが賞金首だ。金が幕府から入れば払う。そしたらまたオムライスと酒が飲めるぜ」


「あの男の賞金額だと、今月のツケ分で消えますね。残念!」


「うげっ!?」


 少しコケながら、朱蓮は洋食屋・筋肉隆々を出た。そのモヤモヤした心とは違い、快晴の江戸の空を見上げて呟く。


「うーん。半熟侍には金が無くて世知辛い世の中だぜ。これも文明開化様々かねぇ……」


 歩き出そうとすると、ある男から声をかけられた。


「なら賞金首のハントはどうだ?」


 少し薄い笑みを浮かべ、白髪のザンギリ頭に幕府警察の青い制服を着ている優男に朱蓮は返した。


縦野幸輝(たてのゆきてる)……幕府警察機構高官のお前がこんな所ウロついていていーのかよ?」


「私は町で賞金首がいないかを探すのも仕事の内だよ、血染めの朱蓮君」


 少しイラつく朱蓮はパンチを繰り出し言う。


「嘘こけ税金泥棒が」


「税金泥棒なんて、侍全体がそうだろう?」


 そのパンチを片手で受け止めた幸輝は微笑む。ケッと息を吐く朱蓮は、


「ん? まぁそうだな。士農工商の最上位にいても、侍なんぞは戦国乱世でも無い限りはクソの役にも立たん。そして飲めん」


「そこは食えんでしょう。一応、賞金首に懸賞金がかけられるぐらいの乱世だから君はちゃんと侍の仕事をしてよね」


「当然よ。侍の心得一つ! 酒とタバコと女は侍の本懐である!」


 と、宣言すると幸輝は朱蓮の胸元に次の任務命令が書かれた紙を入れた。


「ついでにオムライスもでしょう? まぁ、今の調子なら問題無いですよ。まだまだ侍として働いてもらいますからね。フフフ」


「ケッ、食えねー野郎だ」


 新しい任務を意識していると、いつのまにか幸輝は群衆の中へ消えている。


「さて、鬼が出るか邪が出るか。半熟か熟熟か」


 胸元の紙切れの内容を確認しようと手に取る。幕府警察機構の高官からの勅命なら、マトモな仕事ではないのは明白だ。しかし、侍の本分は侍にしか果たさせない為に、朱蓮は動かなければならない。その内容を一通り目を通して、ゆで卵を口にしながら大きく息を吐く。


「……さてと。美味い酒とオムライスの為に、文明開化の世で働きますかね」


 朱色に卵が無数に描かれた着流し姿の朱蓮は、もう一つのゆで卵を軽く宙に投げてキャッチして、和と洋が混じり合う江戸城下町の群衆の中へと消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ