これが……儂……?
ホタルとリュエルを取り囲んだ女達は、血相を変えて一斉に口を開いた。
「リュエル!」
「リュエルちゃん、大丈夫かい!?」
「あたしは大丈夫だけど……みんな、どうしたの? フライパンや包丁持って……」
「あたし達は決めたんだよ。あいつらの言いなりになるのは止めようって」
「ごめんよ、リュエルちゃん。あんたまで、あいつらに連れて行かれた時に止めることができなくて……あたし達、ものすごく後悔したんだよ」
「だけど、どうしたんだい? 無事に帰って来たと思ったら、洋服を持ってまた森に向かって行ったけど……その爺さんのせいかい?」
リュエルを気遣い、涙を浮かべながら話していた女達が、一斉にホタルを見る。
「この爺さん、ひょっとして、あいつらの仲間なのかい? だったら……」
「違うよ。この人……ホタルさんって言うんだけど、あたしを助けてくれたの。ここがどこかわからないし、全裸だったから、連れて来たの」
「全裸!?」
「一体、どういうことだい!?」
「事情を聞いたけど、あたしもよくわからないの。だから、ホタルさん……もしかしたら……」
棘のある視線を投げつけてきていた女達の目が、一斉に同情に変化した。
「ああ……ボケちまっている人なのかい……」
「徘徊癖があるんだね……しかも、全裸で……」
「それは気の毒だねぇ……こんなにいい男なのに……」
「まっ、待ってくれ! 儂はボケとらん。その……この世界に来たのが初めてで……」
「やっぱり、ボケてるよ……いい男なのに……」
「妙なこと言ってるよ……こんなにいい男なのに……」
「いい男……?」
「ホタルさんのことだよ。自分の容姿もどんなのか忘れちゃったんだね。誰か、鏡を……」
「あたしんとこのを持ってくるよ。ちょっと待ってな」
女の中の一人が『洋品店』と書かれた看板がぶら下がる店に飛び込み、すぐに出て来た。
カラカラカラと音をたてて押しているのは、木製のキャスターがついた背の高い姿見だった。
「ほら、ホタルさん。これがあなたの姿だよ」
リュエルに促され、ホタルは姿見の前に立った。
そこには、均整が取れ、しっかりとした筋肉に包まれた長身の老人が映っていた。
ボディビルダーのような観賞用の筋肉というよりは、実戦向きのしなやかな筋肉だ。
大木の幹を想起させる、がっしりとした首。
鎖骨の中央から左右対称にくっきりと盛り上がる胸筋。
その表面で、日の光を受けて産毛のようにキラキラと煌めく白髪の薄い胸毛。
左右にがっしりと幅のある胸筋から、搾るように締まり下る形良い胴。
内側に引き締まり、キュッと上がったヒップライン。
バツンと張った逞しい太腿。
そして、シャープな長い脛。きゅっと盛り上がる脹ら脛。
(キャラメイクしたままの体躯じゃ……)
この世界に来てすぐの時や、リュエルから借りた服に着替えた時に軽く見てはいたが、鏡を通して自身の全身をじっくりと見て、ホタルは漸く自分が理想的な体躯になったことを実感した。
その中でも、一番感動に震えたのは顔だ。
きりりと上がる太く白い眉。
経年で瞼が垂れ下がることなく、ぱっちりと大きく開いた目。
そこに煌めく宝石のような深い紫の瞳。
すっと通った形良い鼻梁。
その下にある、しっかりとした分厚い唇。
鼻と唇の間の白い口髭。
がっしりと男らしい形をした顎を包む白い顎髭。
理知的な印象を与える少し平たい額。
それらを包み込むような、腰まで届く長い白髪。
この容貌にキャラメイクした時、割り振る数値がどうしても余ってしまった。
筋肉に数値を回せば、自分の美意識が完璧だと思っているラインが崩れてしまう。
散々思案した結果、残っていた数値をすべて魔力に振り、髪に込めたのだった。
斯くして、ホタルの髪は、太くてハリとコシのある、毛量の多い、暗闇で光を放つような艶やかさを孕む長い白髪となったのだ。
(本当は短くして、ジョ○フ・ジョー○ターを目指したのだが……これはこれでガ○ダルフっぽくて……いいな! うん。いいぞ。声はス○イプ先生だし!)
己のキャラメイクテクニックに満足して、ホタルは胸を張った。
(あっ…しまった!)
そう思ったが、時、既に遅し。
リュエルが貸してくれた祖父の衣類は、ホタルには少し小さかった。
その為、ピチピチのパツパツ。
躰のラインがしっかりと浮かび上がるほどに。
首元までシャツのボタンを止めたかったが、止めてしまうと破れそうになっていた。
致し方なく、胸毛が見える位置まで開くしかなかった。
ホタルがそろそろと歩いていたのは、大きく動いて、借りた衣類を傷めることがないように配慮していた為だったのだ。
だが、ここに来て……己の姿に陶酔したばかりに……つい……胸を張ってしまった……!!
「あ~~~!!」
パッツーーーーン
シャツのボタンがいくつもはずれ、逞しい胸筋だけでなく、くっきりと八つに割れた腹筋までさらけだすことになってしまった。
「あら」
「まあ」
「すごい」
「やだ」
「かっこいい……」
上半身が半裸になってしまったホタルの姿を見て、女達は悲鳴を上げるどころか、賞賛の言葉を熱く羅列する。
「えっ……?」
はだけた上半身の素肌を隠すよう、ホタルは少し猫背、内股になって、周囲を見回した。
ホタルはどきりとする。
自分をじっと見つめる、目、目、目……
視線が纏わり付いてくる。
見えない檻のようなものに囲まれた面持ちになった。
(すっ……すっごく見られてるぅぅぅ!! 大勢の女性からこんなに見られたのは初めてじゃ~~!! しかし……視線とは結構露骨なものじゃなぁ)
大半の女達は、露わになったホタルの胸筋や腹筋を見つめていた。
その他は様々だ。
猫背になったせいで、さらりと垂れた髪を眺める者、丸く膨れる上腕二頭筋を注視する者、食い入るようにヒップラインを見つめる者……皆、ホタルに向かい、思い思いに視線を刺してくる。
(それぞれが萌えるところが違うという訳か。それにしても、この感じ……壁に反射する光やレーザーポインターを見つめる猫やペンギンのようじゃな!)
そう思ってしまったホタルは、ついつい……
(あふん)
(うふん)
と、躰を左右に小さく揺する。
すると、女達の視線も、
(あふん)
(うふん)
と、動くホタルの肢体を追いかけて来た。
(わはは、本当にペンギンや猫っぽい!)
――などと遊んでいる場合ではなかった。
「こ、困った……やはり、この服は少し小さいようだ。このままでは酷く破ってしまう。借りているものを傷めるのは申し訳ないんじゃが……」
ホタルがそう言うと、リュエルがはっとした顔で口を開いた。
「ホタルさん……もしかして、服を気遣ってゆっくり歩いていたの? 足腰痛くないって本当だったの?」
「そうじゃ。借りたものだし……何より、この服、とても大事にされている感じがしてのぅ。破るのもボタンが傷むようなこともしたくなかったんじゃ」
「だったら、うちで見繕ってあげるよ! さあ、入りな!」
洋品店から姿見を引っ張り出して来た女は、返事を聞くことなく、意気揚々とホタルを店内に引っ張り込んだ。




