儂、初めて地に降り立つ
ホタルがまず始めに感じたのは風の感触だった。
馥郁たる香りがホタルの鼻腔を満たす。
それは嗅いだことのある香り――森の木々の香り。
ホタルはゆっくりと目を開いた。
まず目に入ったのは、香りのとおり、緑豊かな森の木々だった。
風に踊る木漏れ日は白く輝いている。
初夏の真昼を思わせた。
それと比較すると、森は暗い。
それだけ木々が鬱蒼としているということだろう。
次に、ホタルが見たのは己の手。
無限の闇中でキャラメイクしていたときに見ていたままの手がそこにあった。
指の節がしっかりとした分厚い掌だ。
「手は……造ったとおりだ」
呟いた声にもホタルは目を瞠った。
「やばい……儂の声、スネ○プ先生……!!」
なんと、キャラメイクは声まで選ぶことができた。
ス○ーク、スネ○プ先生、サー・イ○ン……
どのタイプの、深くしっかりとした憧れのナイスミドル低音ボイスにするか、ホタルは悩んだ。
悩んで悩んで悩んだ結果、少し甘さのある声を選んだ。
全身を確認したいが、泉などは見当たらない。
「人のいる場所に向かうとしても、このままでは……」
ホタルは周囲を見る。
今のホタルに適した大きさの葉が茂る木は、視界に入る限りなかった。
「どうしたものか。だが、いつか空腹になるだろうし、文明があるならあやかりたいし……しかし、う~む、しかし~~~~」
と、悩んでいるホタルの耳が人の声を捉えた。
耳を澄ませてみる。
数人の男と……少女のような声。
「んんん? 何を言っているかわからんな……」
英語でもない。ヨーロッパの主立った言葉でもなさそうだ。聞き覚えが一切ない、不思議な言語に、ホタルは眉間に皺を寄せる。
「行ってみるか……? いやしかし、この姿では……だが、じっとしているのも……」
やがて、少女の声が変化した。
悲鳴に。
はっとして、ホタルは顔を上げる。
「もしや、暴漢に襲われとるのか!? それはいかん! だが、儂……勝てるのだろうか……」
キャラメイク画面を脳裏に浮かべる。
躰を象るごとに妙な形になっていった円グラフ。
あの数値どおりなら、暴漢を追い返すくらいはできるのではとホタルは思う。
それと同時に、暴漢もあのような円グラフのパラメーターであったら……
「勝てる気がせん……!」
ホタルがおろおろと逡巡している間にも、少女の悲鳴は説破つまりだした。
「えっ……ええい、この姿であれば、暴漢も驚いて逃げるかもしれん! 一か八かだ!」
ホタルは悲鳴の方へと駆けだした。
足の軽さ、腕の可動域の広さに驚きながら駆けているうちに、不思議なことに、男達や少女がかわす会話が聞き取れるようになってきた。
「やめてっ、お願いですからやめてください!」
「ここまで来て、やめられるわけねえだろうが!」
案の定、少女は男達に襲われていた。
「ううううむむむむむ、なんとかせねば、なんとか……なんとか……」
駆ければ駆けるほど、声はどんどん近くなる。
そして、茂み一つ抜けたそこに、いくつもの人影が見て取れた。
「ええい、もうヤケだ! やめぇぇぇぇぇぇい!!」
ホタルは張りのある低音ボイスで叫び、茂みを越えた。
――全裸で。