儂と子犬 その4
「なるほどな……そんなことが」
ホタルは椅子に座って項垂れ、本日二度目の真っ白になっていた。
(ううう……儂が言っていいことかどうか悩みに悩んだが、異世界に着いて早々、親友に世界を滅ぼさせるのもなぁ……)
「なんで、お前さん、魔王に転生したんじゃあ……質が悪い……」
「んーあー? お前に言われたかねぇっての。お前こそ、なんだその無駄に良い声は!? そっちも魔王っぽいじゃねえか。深夜に学校の崖下の湖に呼び出されそうな声しやがってよぉ」
「ネタバレよくない! というか、プニがそういう映画見てたとは意外じゃ……」
「当然じゃねえか。女受けしそうなモンは一通り把握しとくモンだろ? タピったりとかよぉ」
「うう~……このリア充が……」
「前世で孫が何人もいた奴が何言ってやがる。つーか、あいつらしつこいなぁ……」
「あいつらって……まさか、あの北○の拳や、マッ○マックスの怒りのデ○ロードに出演してそうな暴漢のことを知っておるのか!?」
と、叫んでから、ホタルは慌ててリュエルを見る。
深く眠っていた。リュエルの疲れた顔は、カーテンの隙間から入る月明かりに照らされていた。
「ああ、まあな。一回追い返したことがあるからな」
「儂もその辺りの話を聞いてもいいかの?」
「かまわねえぜ。俺が初めて、この世界に降臨した日のことだ。風が爽やかな晴れの日だったぜ。ここがどこかわからねえんで、探索気分で子犬の姿でウロウロしていたら、墓場に来ちまった。そこでな、リュエルに拾われたんだ。俺のことをどこかの家で飼われていると思ったリュエルは、俺を抱き上げて飼い主探しを始めた」
プニは一息ついてから静かに言った。
「三日ほどぶっ続けで歩いてな」
「三日も歩き続けてか……」
呟いてから、ホタルは違和感に首を傾げる。
「今のプニの言い方だと、拾われてから三日間、リュエルさんは休まず探し続けたような気が……?」
「それで間違いねえよ。リュエルは俺を抱いて、三日三晩、墓場を中心にぐるぐると円を広げて歩き回ってくれたのさ」
「なんで、休まなかったんじゃ……?」
「リュエルはな、献身スイッチが入ると歯止めが利かねえ。体力の上限を超えても目的を遂行する……人の為に何かしようとする質なんだ」
そう言われ、ホタルは思い出す。
ホタルが隠れていた森と町は、そこそこの距離があった。
リュエルはそれを短時間で走って往復していた。
(思い返してみると、あの時のリュエルさん、箱根の山下りしてる駅伝選手並みの速度だったような気がするのう。草原を駆ける天使……)
「……やだ……リュエルさん、尊い……心が清い……」
「そうくるか。このクソオタが」
「もしや、その……探し回っている時に、暴漢に出会ったのか?」
「そのとおりだ。あいつら、この町のそばにある鉱山を根城にしてる盗賊の一味だ。森の中で、あいつらと会った。そしたら、リュエルに手を出そうとしやがったからよ。魔王の気配でプレッシャー与えて追い返した」
「正体を現して追い返せば……ああ、そうか。町を滅ぼしかねんのか」
「そうことだ。ただでさえへとへとで無理に動いてたところに、あいつらに襲われかかったせいで、リュエルが完全にへばっちまってな。それでも、俺の飼い主探しをしようとするんだよ。しょーがねえんで、腹が減ったふりして、キュ~ンキュ~ンって可愛く鳴いて、目もウルウルさせて、腹をグーっと鳴らしてやったんだ。あなたがおなか空いてるなら、しょうがないねって、言ってな。やーっと、家に戻ってくれたってわけだ。それからそのまま、ここで世話になってる」
「なるほどのぅ……一度、森で危ない目に遭っておるのに、リュエルさんはまたどうして一人で森に行ったんじゃ……一人でお前さんの飼い主を探していたのかの?」
「そうじゃねえ。昼間、町のガキんちょが、リュエルに紙みたいなのを渡しに来た。それを読んだリュエルは血相を変えて飛び出してった。多分、リュエルを襲った下っ端盗賊からなんだろうな」
「何が書いてあったんじゃ?」
「そこまではわからねえよ。リュエルはポケットにその紙を突っ込んで、慌てて家を出て行ったからよぉ」
プニ――高森は番長と呼ばれる乱暴者で、女好きだが、女を傷つけることはなかった。むしろ、助けることもあった。それなのに――
「……なんで、プニは助けなんだ?」
ホタルは呟いてから気づいた。
(そうじゃ……助けに行こうにも、プニが力を使えば、何もかも滅ぶからか……)
続けて思い出す。
家に入った時のプニからの殺意を。
リュエルに何をしたと言った時の声を。
(思い返すと、あの時の声はどこか自責の念を感じた。おそらく、傷ついたリュエルさんを慰めるしかできないと無理に割り切ったんじゃな……高森らしい)
ホタルはプニの背中を優しく撫でながら言った。
「……すまん」
「なんも謝るこたぁねえよ。俺様は魔王だぜ? 町の娘の一人や二人、どうなろうと知ったこっちゃねえっての」
「でも、寝ずに待ってたんじゃろうが」
「そっ、それはたまたまだよ。たまたま。腹減ったんだよ」
「そういえば、メシはどうした? こっちにドッグフードがあるのか? あっても、今日、もらってなかったら……」
「いいんだよ。俺ぁ魔王だからな。メシは生きる為っつーより、嗜好の為のモンだ。酒や煙草みてえなもんなんだよ」
「素直じゃないのぅ」
「るせえ」
「それで、プニや。鉱山にいる盗賊のことを何か知ってるかのぅ?」
「この町の女達の井戸端会議で知った程度の知識だけどな。鉱山を占領した盗賊達が、どこから来たか、誰もわからねえ。鉱山は今はもう発掘作業はされてねえが、レアアイテムの素材があるんで、この国の王さんの命令で立ち入り禁止。封印もされていたらしい」
「封印された鉱山を、盗賊達はどうやって封印を破ってた占領したんじゃ?」
「なんでも、魔法を使える盗賊の首領が封印を破ったそうだ。それで、鉱山を占領したあと、町の男達を強制連行して働かせてるんだと」
「と、いうことは……」
「察しの通りだ。鉱山に連れてかれた男達には、町に残された者達がどうなってもいいのかと脅してる。町の者達には、鉱山にいる家族がどうなってもいいのかと脅してる」
「けっ、警察は!? 自衛隊は!?」
「そんなモン、こっちにねえだろ。王族直属の騎士団が一度来てくれたらしい。だけど、町も鉱山も盗賊の人質状態になっちまってる。人間や鉱山、町がどうなってもいいのかと脅されて、どうしようもなかったんで、一時撤退してるんだと」
「それで町に男の姿がなかったんじゃな……それにしては、町に盗賊の姿はなかったな。建物に襲撃の跡もなかったし……」
「単純に町と女達が人質として利用価値があるからだ。騎士団が鉱山に攻め入れば、破壊されていない町も生きている人間もどうなるかわからないという盗賊の脅しに利用されてるんだろ。利用価値がなくなったら、容赦なく襲われるだろうな」
「じゃあ、町に盗賊が襲ってこないのはボスが命じておるのかのぅ?」
「らしいぜ。人質の価値を保つ為、手下達に町へ行くのを禁じてるみたいだ。食い物を要求したり略奪したりしに来ないところを見ると、別ルートで入手してるか、潤沢に用意してんだろうな。でもまあ、女のリュエルに手を出そうとしたってことは、女は連れてねえんだよ。女日照りになってるところにリュエルを発見して、執拗に狙ってるんだろうな」
「なんということじゃ……それで皆、どこか暗い顔をしておったのか……ところで、レアアイテムとはなんじゃ?」
「宝石の鉱山なんだとよ。この町は、大昔、鉱山で働く人間の為に作られたらしい。昼は金と赤、夜は銀と紫に光る宝石が採れるんだと。アークドルクって名前の宝石だ」
「なんとも不思議な宝石じゃのう。それに高価そうじゃ」
「高価も高価、簡単に値段がつけられるような代物じゃないくらいのレアアイテムらしいぜ。美しいだけじゃなく、装備すると絶大な魔力増加効果があるんだとさ。この国の王様の王冠を飾る宝石になってるんだと」
「なんか、ハ○レンの第一話みたいな話になってきたのぅ……」
呟いてから、ホタルは目を瞠る。
「ちょっと待てぃ。もし、魔力増加アイテムを装備した王様が施した封印だとして、それを破った盗賊のボスって、すごいんじゃないか? そんな奴が宝石を見つけたら、やばくないか?」
「今は発掘作業がされてねえのは石がなくなったかららしいけど、まったくないかどうかわからねえんだと。だから、盗賊が宝石を手に入れている場合を考えると、騎士団も手の施しようがないんだろうな」
「……気になるのぅ。ちょっと様子を見てこようかの……」
「は? お前が? お前、台風の日に田んぼ見に行くタイプか。そういや、お前、今はいいガタイしてっけど、性格は前世のままだよな。それで喧嘩なんかできたのか? どうやって盗賊の奴ら追い返して……って、なんで涙目で顔真っ赤にしてんだよ」
「……聞かないでぇぇ……」
「なんだ、なんだ? 面白そうじゃねえか。風呂でさんざん好きにしてくれた礼だ。どうやったのか、教えてもらおうか?」
「う、うう……『面倒な喧嘩は、奇声を上げて暴れりゃ問題ねえよ』ってお前さんの台詞を思い出してのぅ……奇声を上げて……踊った……っ……キ○○タ踊りみたいなのを……ぜっ……全裸……で……力一杯……」
プニは少し黙ったあと、ぶふっと大きく噴き出しそうになったが、リュエルを起こすまいと、頬を大きく膨らませて耐えた。
「さっ、最高じゃねえか……それ見て、あいつら逃げ出したのかよっ……! 見たかった……見たかったなぁ……! よし、俺もついてってやるよ。もう一度、あいつらに踊りを披露してやれよ。全裸で。全員逃げ出すかもしんねえぞ。そしたら、お前……英雄だぜ。全裸の」
「全裸はいやじゃあ。じゃが、お前さんがついていってくれるのは心強い。それじゃあ、今から……」
立ち上がろうとしたホタルは、まだ自分の左手をリュエルがきゅっと握っていることに気づいた。
「どうした?」
「……行けん……リュエルさんを一人にすることはできん……リュエルさん、相当怖い思いをしたじゃろうし……目覚めて儂だけじゃなく、お前さんもいなくなっていたら、どれだけ心細いか……」
「じゃあ、やめるか?」
「……それものぅ……儂に何かできることがあったら、なんとかしたいし……」