儂と子犬 その3
ホタルとプニは、すっかりほこほこになって風呂場から出て来た。
「いやはや、リュエルさんが用意してくれていたパジャマのサイズが丁度で良かった。またピチピチだと全裸で寝ることになっただろうからなぁ。これもお祖父さんの形見かのぅ?」
ホタルは胸の前で抱いているプニに声をかける。
プニは白目を剥いてぐったりとしていた。
「返事がない。
ただの しかばねの ようだ」
「…………生きてるっての……」
「なんでそんなにぐったりしとるんじゃ? 儂、洗うの上手だったろう? 耳にも鼻にも水、入らんかったろう? 痒いとこないじゃろ?」
「おう……完璧だったぜ……気持ち悪いくらいにな……つーか、そんなの関係ねえ。俺ぁもう野郎と風呂ってのが無理なんだよ……なんだよ、そのデカマラ……見栄張りやがって……」
「さすが、子供の頃からの付き合い。儂が見栄を張って大きくしてしまったのを見抜いたか……見抜いても黙ってて欲しかった……」
ホタルがプニを抱いて食堂に戻ると、テーブルに突っ伏しているリュエルの姿が目に入った。
「リュエルさん、どうしたんじゃ!?」
驚いたホタルはプニを椅子に載せ、リュエルの肩を軽く揺する。
「……ん……あ……お風呂上がったんだね、ホタルさん……」
リュエルはゆっくりと上体を起こし、寝ぼけ眼を拳でこしこしと擦った。
うたた寝していただけとわかり、ホタルは安堵する。
「こんなところでうたた寝していると風邪を引くかもしれん。ベッドに入った方がいい」
「うん……そうだね……」
眠そうな顔でふらりと立ち上がったリュエルは、プニをひょいと抱き上げると、ホタルに押しつけた。
「「へ?」」
と、ホタルとプニが、素っ頓狂な声を揃える。
リュエルは気にせず、プニを抱いたホタルのパジャマの上衣の裾を摘まんだ。
「リュ、リュエルさん、どうしたんじゃ?」
半分寝たままのリュエルは返事をすることもなく、ふらふらと歩き出した。
祖父の形見のパジャマが破れるようなことがあってはと、訳が分からないままホタルも従い、リュエルの歩みに合わせてついていく。
「プニよ、儂はどうされてしまうんじゃ?」
「たぶん、寝室につれてかれてんだと思うぜ」
「ひょっとして、案内しようと待ってくれていて、うたた寝してしまったのかのぅ。申し訳ないことをした。昼間……」
リュエルがされた無体を思い出して口にしそうになったホタルだが、慌てて止めた。
(リュエルさんのデリケートな問題じゃ。あまり吹聴するのものぅ……)
リュエルが立ち止まり、扉を開けた。
簡素だが、可愛らしい色のカーテンやシーツで彩られた部屋だった。
ベッドや椅子やテーブルが一揃い。
リュエルの寝室のようだ。
「え? あれ? 儂の寝室じゃない……?」
ホタルのパジャマを掴んだまま、リュエルはもそもそとベッドに入った。
「えっと、その……リュエルさんは、お祖父さんと同じベッドで寝ていたのかのぅ……?」
「知らねえよ。つか、どう見てもシングルベッドだ。んなわけねえだろ。完全に寝ぼけてるだけだと思うぜ」
「困ったのぅ……プニや、客室か、お祖父さんが使っていた部屋がどこかわかるかの?」
「それくらいなら、まあ。案内してやるから一人で寝とけ」
「えっ? 一緒に寝てくれんのか? お前さんは、どこに……まさか……」
プニはニヒルに笑った。
「俺は女と一緒に寝ることにしてるんでな」
「なるほど、わかった。今日は儂と寝ようなぁ」
「いやだっつの。離せっつの」
「ん……」
二人の声に、リュエルが身じろぐ。
あわてて二人はおしゃべりをやめた。
ホタルのパジャマを摘まんでいたリュエルの手がはらりと落ちる。
「おやおや。寝冷えしてはいかん」
シーツの中に入れようと、ホタルはプニを右手で抱き、左手でリュエルの手をそっと取った。
ホタルの手を、リュエルは強く掴む。
「……じいじ……」
夜の静寂の中でないと聞こえないほど細い、震えた声だった。
仰向けに眠るリュエルの目の端に、じわじわと涙が小さく溜まる。
(そりゃそうか……お祖父さんが亡くなって、あんな目に遭って一人で眠るのは怖いよな……)
リュエルが食堂でうたた寝していたのは、ホタルを待っていたからだけでなく、昼間のことで心細さを覚えたからだと慮り、ホタルは眉間に皺を寄せた。
「プニや。ちょっと大人しくしとるんじゃぞ」
ホタルはプニを左肩に載せる。
ベッドの横に木製の勉強机があった。
揃いで作ったような可愛らしい木製の椅子をゆっくりと引き寄せ、座る。
「ふう」
と、息をついて、プニを膝の上に移動させた。
「もしかして、このまま寝る気か?」
「儂が眠くなっても、リュエルさんが手を離さんならの。なぁに、二十四時間戦えますかの時代を超えた社畜じゃからの。椅子で寝るなんぞ朝飯前じゃ」
「まだ眠くねえんだな?」
「おお、そうじゃな。前世話でもするかの?」
「いいや、今の話をしようぜ。例えば……リュエルに何があったのか、とか」
プニの気配がずんっと重くなった。
「う、うう……儂の一存で話していいかどうか……」
「かまわねえ。言え」
「でもでも~~~……」
「俺が子犬の姿になってるのは、女にちやほやされる為ってのもあるんだけどな……別の理由もあるんだよ」
「えっ、ええ……な、なんじゃ~?」
「俺は魔王だって言ったよな?」
「う、うむ……ちゃんと覚えてるぞ」
「今、お前が感じてるプレッシャーは『魔王』の気配だ。俺が本当の姿になったら、こんなもんじゃねえ。このモルテテの町どころか、国ごと滅ぶかもしんねえぜ?」
「そっ、そうなの~~~!?」
「さあ、どうする? お前が口を割らねえせいで俺が真の姿を現すか、それとも、お前が話すか。二つに一つだ」
「ファ、ファイナル・アンサー……?」
「ファイナル・アンサー」
脅すプニの声は、ス○ークを想起させるようにとても渋かった。
「え、え~~~……」