表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

儂の服

 引っ張り込まれた店内を、ホタルはぐるりと見回す。


 中は長方形で奥に長い形をしていた。


 女性物、男性物、子供服が所狭しとディスプレイされていたり、棚に並んでいたりする。


(元いた世界の商店街の個人経営の洋装店のようじゃな)


「さて、これなんかどうだい?」


 と、女がホタルに向かって広げたのは、ストライプを(しゅ)にしたジャケットだった。


「これは……ズン○コ節を歌っていた頃のき○し君の衣裳のようじゃのぅ……もう少し地味な方がええんじゃが……」


「そうかい。じゃあ、こっちは?」


「なんで、余計派手になるんじゃ。ミッ○ー王子のようじゃ」


「じゃあ、どんなのがいいんだい?」


「そうじゃのう……」


 ホタルは男性物コーナーをきょろきょろと見回した。


(どの服にもなんだかうっすらと埃が積もっているような……)


 男性物から女性物、子供服に目を配る。


(女物や子供服は、そんなことはないのぅ……男性客は少ないのかな?)


 そんなことを考えながら、男性物の置いてある場所を少しうろついて、ホタルが手にしたのは、黒革のベストだった。


「これを主体にして他の服を合わせたいのぅ」


「黒のベストかい。本当に地味だねえ。じゃあ、これとこれと……靴はこれでどうだい?」


「おお、いい。いいの。じゃが、儂……お金が……」


 ホタルが困った顔をしていると、鏡を店の中に運び込み、様子を窺っていたリュエルが駆け寄って来た。


「それなら、あたしが払うわ。助けてもらったお礼に」


「それも気が引けるのぅ……」


「だったら、あたしに考えがあるから、二人とも気にする必要ないよ。さあ、さっさと着替えてきな」


「考えってなんじゃ? 儂、何かさせられたりするのか?」


「まあ、悪いようにはしないよ。さあさあ、リュエルの祖父さんの服が傷まないうちに、さっさと着替えな」


 女はホタルの手に服を押しつけ、カウンターの横にある試着室に押し込んだ。


 ホタルの背後でバタンと閉まったのは木製の扉だった。

 試着室も木製。

 鏡はなく、服をかけるフックがあるだけの簡素なものだ。


(洋服屋さんが何を考えてるかわからんが、ひとまずお言葉に甘えるとしようかの)


 ホタルは女から押しつけられた服を、一枚一枚丁寧にフックにかける。

 最後の一枚をかけ終えると、今、着ているシャツのボタンに手をかけた。

 先程、動いた拍子にはずれてしまったボタンを確認する。

 ボタンを縫い付けている糸は切れることなく、生地もほつれることなく、綺麗なままだった。安堵して、着替えを続ける。


「長い髪も素敵だけど、生活するには邪魔っけじゃないかい? (くく)った方がいいと思うんだけど」


 試着室の外から、女が声をかけてきた。

 ホタルは自身の長い髪を手遊びしながら答える。


「そうじゃのう……しかし、儂、自分で括ったことがなくてな……」


「へえ、爺さん、どこかの貴族様か何かかい?」


「しがない庶民の勤め人じゃ。貴族ではないよ」


 ホタルの返答に、女は軽く首を傾げ、横に立つリュエルに顔を向けた。


「リュエル、どう思う? 爺さん、ボケてて適当なこと言ってると思うかい?」


「どうかなぁ……あっ、そうだ。ホタルさんの髪、あたしに括らせてもらっていい? このリボン、あたしが買って、プレゼントしたいの」


 リュエルが手にしたのは、黒く細いシルクのリボン。

 女は満面の笑みで、何度も頷いた。


「それなら値段も手頃だし、いいんじゃないかい?」


 試着室の外でのやり取りを耳にして、ホタルは慌てて声をかける。


「リュエルさんや、本当にそこまで気を使ってくれんでも……」


「いいのっ、ホタルさんは着替えるのに専念して」


「お、おうぅ……」


 存外に強い調子で言われ、ホタルは黙って着替えるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ