儂の服
引っ張り込まれた店内を、ホタルはぐるりと見回す。
中は長方形で奥に長い形をしていた。
女性物、男性物、子供服が所狭しとディスプレイされていたり、棚に並んでいたりする。
(元いた世界の商店街の個人経営の洋装店のようじゃな)
「さて、これなんかどうだい?」
と、女がホタルに向かって広げたのは、ストライプを主にしたジャケットだった。
「これは……ズン○コ節を歌っていた頃のき○し君の衣裳のようじゃのぅ……もう少し地味な方がええんじゃが……」
「そうかい。じゃあ、こっちは?」
「なんで、余計派手になるんじゃ。ミッ○ー王子のようじゃ」
「じゃあ、どんなのがいいんだい?」
「そうじゃのう……」
ホタルは男性物コーナーをきょろきょろと見回した。
(どの服にもなんだかうっすらと埃が積もっているような……)
男性物から女性物、子供服に目を配る。
(女物や子供服は、そんなことはないのぅ……男性客は少ないのかな?)
そんなことを考えながら、男性物の置いてある場所を少しうろついて、ホタルが手にしたのは、黒革のベストだった。
「これを主体にして他の服を合わせたいのぅ」
「黒のベストかい。本当に地味だねえ。じゃあ、これとこれと……靴はこれでどうだい?」
「おお、いい。いいの。じゃが、儂……お金が……」
ホタルが困った顔をしていると、鏡を店の中に運び込み、様子を窺っていたリュエルが駆け寄って来た。
「それなら、あたしが払うわ。助けてもらったお礼に」
「それも気が引けるのぅ……」
「だったら、あたしに考えがあるから、二人とも気にする必要ないよ。さあ、さっさと着替えてきな」
「考えってなんじゃ? 儂、何かさせられたりするのか?」
「まあ、悪いようにはしないよ。さあさあ、リュエルの祖父さんの服が傷まないうちに、さっさと着替えな」
女はホタルの手に服を押しつけ、カウンターの横にある試着室に押し込んだ。
ホタルの背後でバタンと閉まったのは木製の扉だった。
試着室も木製。
鏡はなく、服をかけるフックがあるだけの簡素なものだ。
(洋服屋さんが何を考えてるかわからんが、ひとまずお言葉に甘えるとしようかの)
ホタルは女から押しつけられた服を、一枚一枚丁寧にフックにかける。
最後の一枚をかけ終えると、今、着ているシャツのボタンに手をかけた。
先程、動いた拍子にはずれてしまったボタンを確認する。
ボタンを縫い付けている糸は切れることなく、生地もほつれることなく、綺麗なままだった。安堵して、着替えを続ける。
「長い髪も素敵だけど、生活するには邪魔っけじゃないかい? 括った方がいいと思うんだけど」
試着室の外から、女が声をかけてきた。
ホタルは自身の長い髪を手遊びしながら答える。
「そうじゃのう……しかし、儂、自分で括ったことがなくてな……」
「へえ、爺さん、どこかの貴族様か何かかい?」
「しがない庶民の勤め人じゃ。貴族ではないよ」
ホタルの返答に、女は軽く首を傾げ、横に立つリュエルに顔を向けた。
「リュエル、どう思う? 爺さん、ボケてて適当なこと言ってると思うかい?」
「どうかなぁ……あっ、そうだ。ホタルさんの髪、あたしに括らせてもらっていい? このリボン、あたしが買って、プレゼントしたいの」
リュエルが手にしたのは、黒く細いシルクのリボン。
女は満面の笑みで、何度も頷いた。
「それなら値段も手頃だし、いいんじゃないかい?」
試着室の外でのやり取りを耳にして、ホタルは慌てて声をかける。
「リュエルさんや、本当にそこまで気を使ってくれんでも……」
「いいのっ、ホタルさんは着替えるのに専念して」
「お、おうぅ……」
存外に強い調子で言われ、ホタルは黙って着替えるしかなかった。