君のことが大好きだと叫ぶと、ツンとした態度で振られた(勘違い)
それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。
遠くの銀河からやってきて、地球の側にまで近づいてきている白い天体。
望遠鏡で見ると巨大なダイヤモンドの原石のように見えるらしく、”天上の白き宝玉”という呼び名でつい先日もテレビで取り上げられていた。
だけど、まさかそれがとんでもないやっかい事を引き起こすなんて、誰にも予想できなかっただろう。
あの日、世界中でパニックが起こった。
身近なところだと僕と彼女の間でも――
授業を終えた後に部活をして、それが終われば日が暮れる前に帰宅する。
なんてことない、いつも通りの日常。
家に着いてリビングに入ると美味しそうな匂いが漂ってきた。
キッチンに目を向けると、僕より先に学校から帰って来ていた春花が夕飯の支度をしていた。
「ただいま。今日は何?」
「おかえり。野菜炒めと焼き魚だよ」
「肉が食いたい……」
「春樹はいつもそればっかりじゃない。ちゃんとバランス良く栄養取らないとだめだよ」
「そんな健康に気を遣うのは年取ってからでいいよ。俺は毎日肉が食いたい。母さんたちは?」
「今日も残業で遅くなるって連絡きてたよ。今月はずっとかもしれないって」
「二人とも?」
「二人とも」
なんで息子の僕じゃなくて春花のほうに連絡入れてるんだろうか。
まあ僕に連絡しても返信しないからだろうけど。
春花は料理の手を止めることなくそのまま続けた。
「それよりも聞いた? 海外で大変なことになってるみたいだよ」
「大変なこと?」
「さっきニュースでやってたんだけどね、なんでもテレビの生放送中に人気俳優とかアイドルとかが告白しあったり、キスしたりで大騒ぎなんだって」
「えっと……ドッキリ?」
「ううん、違うみたい。テレビだけじゃなくて一般の人たちも街中で愛を叫んだりしてるみたいだよ」
「なんだそれ……もしかして最近地球に近づいてきてる星が原因だったりして」
突如地球に近づいてきた白い天体。
そいつが未知の病原菌を地球に降らせているんじゃないかってオカルトな想像をしてみたんだけど。
「うん。科学者や研究者の人たちも同じこと言ってるみたいだよ」
「いやいや、めっちゃ適当に言ったけどそんな訳ないだろ」
「それから愛を叫んだりしてる人たちの症状に”熱愛病”って名前が付いたみたい」
「ええー名前適当すぎじゃね」
「私も思った。でも、その病気のせいで夜になると好きな人への気持ちが抑えられなくなって大変なんだって」
「……へー」
好きな人への気持ちね。
もしそれが本当なら春花への気持ちも抑えられなくなるんだろうか?
食事を終えて一息ついたところで僕はベランダに出た。
空を見上げる。
都心だと満天の星空なんて見れるはずもない。
この前春花の実家に遊びに行ったときは夜でも星明りで明るかったんだけどな。
薄暗い空に二つの大きな星が見える。
一つはまん丸の月。
もう一つは”天上の白き宝玉”。
こうして見ると月が二つあるみたいだ。
少しの間それらを眺めながらボーっとしてると、ふいにドクンッ、ドクンッと、どんどん心臓の音が大きくなっていくのを感じた。
それと同時に思考が春花一色に染まっていく。
なんだこれ?
あ、もしかして……これが…………”熱愛病”?
彼女を求めてふらふらとリビングに戻ると、春花は苦しそうに胸を押さえていた。
その姿を見たときに想いが決壊した。
抱きしめたい、キスしたい、押し倒したい!
それらの欲望を最後に残ったちっぽけな理性で押し止める。
だけど、好きだという気持ちまでは抑えきれなかった。
「春花、君のことが大好きだ!」
突然の告白に、春花は――
「……そう」
ツンとした態度で一言、それだけを残して春花は自分の部屋へと消えて行った。
ああ、これは……僕は……振られたのか…………
翌日、学校からの帰り道で親友の龍斗にその話をすると、笑いながら背中をバシバシ叩かれた。
「というかお前らまだ付き合ってなかったんだな。同じ家に住んでるし、やることやってると思ってた」
「付き合ってねーし何もやってねーよ、悪いか!」
「悪くはねーけどよ。遠い親戚なんだっけ? 別に手を出しちゃまずいとかじゃないんだろ?」
僕と春花の関係は六親等以上離れた遠い親戚。
生まれも育ちも別々だし、もはや他人のようなものだ。
だけど、その細い糸のような繋がりを頼りにして、田舎生まれの春花は都心の高校に通うため去年の春に我が家へとやって来た。
それから二年近く経った現在、僕は春花に惚れてしまった訳なんだが。
「うっせーな」
「早いところ付き合っておかないと誰かに取られるぞ? 春花ちゃん可愛いんだから」
学校一の美少女とまではいかないけど、春花はクラスで一、二番目ぐらいの可愛さだと言われてる。
僕にしてみればアイドルよりよっぽど可愛いと思うんだけど、そこはまあ価値観の違いだ。
そしてそんな身近で手の届きそうな女の子だからこそ、実は春花の隠れファンは多かったりする。
そのファンの誰かが春花に告白して、もしも付き合うなんてことになったら……
ブンブンと頭を左右に振って嫌な想像を振り払った。
「そういうお前はどうなんだ?」
「どうって、俺と真白は付き合ってるからなー。昨日も別にどうってこと無かったけど」
「そうなのか?」
「いつもよりも熱ーい夜を過ごしたってだけだよ」
「あっそ」
いまは惚気話なんて聞きたくもない。
適当に流してると龍斗は嫌なことを思い出したかのように顔をしかめた。
「あ、でも」
「何かあったのか?」
「いやな、真白と会う前に部活の仲間だけで遊んでたんだけど……そのときに……」
「そのときに?」
「先輩から告白された……」
「え、僕たちの部活って男しかいないよな?」
龍斗が無言で頷く。
その瞳は虚ろで、深い闇を抱えているように見えた。
相手が誰かは聞くまい。
「ご愁傷様」
「まじでやばいんだって、優しい先輩だとは思ってたけどまさかホの字だとは思ってなかったよ、俺は!?」
空に浮かぶダイヤモンドの効果は性別を超えて惚れた相手への想いがあふれてくるって聞いたけど、まさか龍斗がそんな目にあっているとはさすがに予想外だった。
はぁ、と大きなため息が隣から聞こえてきた。
「ま、今日は様子見で出たけど明日からは部活を休むことにするよ。万が一にも先輩に襲われたくないからな。それにしても結婚してる場合は問題ないってのもよくわからんよな?」
「そもそもが謎に包まれてるし今更だな。それに親のラブシーンなんて見たくないから助かるけど」
「そりゃそうだけどよ」
車通りの少ない住宅街にある交差点。
いつもはここで別れるだけなんだけど、今日は二人して立ち止まった。
「それで、春花ちゃんはなんでそんな態度になってるんだろうな?」
「僕の片思いってことだろ……」
「いやいや俺の見立てだとお前ら両思いだぞ? こんなことになる前に告っておけば良かったものを」
「何を根拠に言ってるんだよ」
「なんとなく?」
なんとなくってお前な……
「もしかして我慢してるんじゃねーかな」
「我慢ってどういうことだよ」
「俺と真白で試してみたんだよ。このよくわからん病気を我慢できるかどうか」
「暇人か」
「そう言うなって。それでな、我慢してる間かなりきつくて、そっけない態度っていうか、突き放すような態度しかとれなかったんだよ。だから春花ちゃんも実は春樹への想いを我慢してるんじゃねーか?」
「なんで我慢なんてするんだよ? 両思いなら別にそんなことする必要ないじゃん?」
「そんなん俺が知るかよ。まあ、あと数日もすればあれも地球から離れるんだし、そうしたらこの変な病気も消えるだろ。たぶん」
その数日がきついんだけどな。
最後にまた明日なと言って龍斗と別れた。
家に着くと春花がキッチンに立って夕飯の準備をしてた。
その姿を陰から覗くように確認する。
まだ夜になってないからあの症状は出てないけど、あんな形とはいえ告白をして振られたんだ。
まともに会話をする自信がない。
さすがに食事のときは顔を合わせる必要あるけど、いまは部屋で大人しくしていよう。
そしてとうとう夕飯の時間になった。
いつも通り向かい合って食事をするだけ。
それだけのはずなのに――
「肉汁がじゅわーっと出てくるハンバーグも、味の染み込んだ豚の角煮も、このだしの効いた味噌汁も、ああもう春花の作るご飯は全部さいっこうに美味しいよ!」
なんかいつもより肉料理が多い気がするけどそんなのはどうでもいい。
春花が作ってくれた料理を今日も食べれるなんて僕は幸せだ。
「好きだ! 付き合って欲しい! 毎日僕のためにご飯を作ってくれ!」
そのあともアホみたいに口から出てくる愛のセリフはことごとくが無視された。
表情を硬くした春花は黙々と箸を進めている。
熱に浮かされた僕はそんな姿も可愛いなーと至福の時を過ごしていた。
食事の時間が終わると春花は昨日と同じように自室に籠った。
春花の部屋に夜這いしに行きたい気持ちをどうにか抑え、寝るまでの時間を悶々と過ごした。
そして翌朝。
昨夜の自分を冷静に振り返ると死にたくなった。
酔っ払いみたいに記憶がなくなる訳じゃないから精神的にきっついわこれ。
朝食のときに昨日の痴態について言い訳したら「変な病気のせいなんだよね。大丈夫、分かってるから」と、なんでもない事のように流された。
いやたしかに変な病気のせいだけど!?
でも言ってることは全部本心なんだよ……
それから数日間、僕は夜になると愛を叫ぶ滑稽なピエロになった。
「次は世界に混乱をもたらした”天上の白き宝玉”についての速報です。本日の朝方に”天上の白き宝玉”が地球から離れ、遠くの銀河へと旅立ちました。また、それに伴い”熱愛病”の発症が収まったと研究機関から発表されました。詳細については――」
朝のニュース。
そこで報じられた内容を聞いて僕は安堵のため息をついた。
その日から夜になっても愛を叫ぶことがなくなり、全て元通りになった。
平穏な日々が戻ってきたんだ。
だけどあの病気に侵されているときにした告白の答えは結局聞けずじまい。
いや、あの態度が何よりの答えだ。
龍斗は春花が我慢してるって言ってたけど、あれを我慢するとか無理だろ。
僕はそう思っていた。
”天上の白き宝玉”が地球から離れて三日が経った。
春花が作ってくれた夕飯をおいしく頂き、いまは食後のコーヒーを飲みながらくつろいでいる。
たまには僕が食器洗いをやろうかと提案したら「住まわしてもらってるんだから家事はできる限り私がやる」とやんわり断られた。
料理は無理でも食器洗いぐらいなら僕でもできるんだけどなとテレビを眺めながらぼんやり思う。
食器を洗い終えた春花がやってきて向かい側に座ったのを視界の片隅に捉えた。
ここ最近、春花と二人きりのときに何を話せばいいのかわからず、逃げるように部屋に戻る日々が続いた。
僕が腰を上げようとしたところで春花から声がかかった。
「もしかして今日のご飯、おいしくなかった?」
「え、おいしかったよ。どうして?」
意外な質問に素で驚いた。
中途半端に上げていた腰を戻して春花に視線を向ける。
すると、ためらいがちに理由を話してくれた。
「だって……あれが出てたときは毎日美味しい、美味しいって言ってくれてたから、急に言われなくなるとやっぱり変な病気のせいで無理して言ってくれてたのかなって、ちょっとだけ不安になっちゃって……」
僕を見つめている瞳が不安そうに揺れている。
少しでも安心させたくて、病気に侵されていたときみたいに思いのたけを叫んだ。
「そんな訳あるか! 春花が作ってくれるご飯はいつだって美味しいよ! 病気のせいで無理して言ったとかじゃない、全部本心だから!」
「その、それじゃあ……私のことが好きって言ってくれてたのも…………本当?」
どこか期待の込められた上目遣いと甘えるような声のダブルパンチに、僕の頭はショート寸前にまで追いやられた。
ここで叫ばなかったら男じゃない!
「何回でも言うよ。僕は春花のことが大好きだ!」
”天上の白き宝玉”がまき散らした正体不明の病気によって強制された告白とは違う。
ありったけの想いを込めた、本当の意味での告白。
しんと静まり返るリビング。
数秒、数十秒……もしかしたら数分かもしれない。
春花の零した囁き声が、長い沈黙を打ち破った。
「……………………うれしい。私もね、春樹のことが好きだよ」
二年近くずっと一緒に住んでいて初めて見た春花のとろける笑顔に、脳みそを直接殴られたような衝撃を受けた。
「え、でも、春花はなんで……?」
いままでのツンとした態度はなんだったんだ? と言おうとしたけど上手く口が回らない。
それでも春花は僕の言いたいことがなんとなくわかったようだ。
「えっとね、あれが空に浮かんでるときは本当に春樹の本心で告白してくれていたのかどうかわからなくて不安だったの……、だから告白にも答えられなかったんだよ」
「でもそれならなんで春花は大丈夫だったんだ?」
「ずっと我慢してたんだよ。本当は私も春樹のこと好きって言いたかったんだから」
「いやいやいや、我慢なんてしなくてよかったのにどうして?」
「それはその、私の気持ちは……ちゃんと私が伝えたかったの」
春花の言いたいこともわかるような、わからないような。
「どうせ僕は病気に負けましたよ」
「すねないでよ、春樹はいいの。私は毎日好きって言ってくれて……その、うれしかったよ」
その理論はなんだか僕だけが損してないか? と思ったけど、まあいいか。
うつむいていた顔を持ち上げると、頬を赤く染めた春花の顔が目の前にあった。
僕は春花が好き、春花も僕が好き、つまりは両想い。
「春樹? どうしたの?」
椅子から腰を浮かして春花の細い肩に手を置いた。
そのまま引き寄せる。
「え? え? ちょっと待って!?」
恋人同士になったのならすることは一つ。
テーブル越しにゆっくりと顔を近づけると、春花も覚悟を決めたのか目をつむった。
僕も瞳を閉じる。
軽く触れ合うだけのキスを交わした。
瞼を開けると春花が恥ずかしそうに微笑んでいた。
もう一度キスをしようと再び瞳を閉じて……
「ただいまー!」
無駄に明るい母さんの声が家の中に響いた。
そのまま軽快な足音とともにリビングまでやってくる音が聞こえた。
「二人とも帰ったわよー……ってなんであんたらそんな顔を背けて座ってるのよ? 喧嘩でもしたの?」
「お、お帰り。今日は早いね」
不思議そうな顔を浮かべている母さんに思わず引きつった笑みで答えた。
内心ではどうして今日に限って早く帰ってくるんだよ!? とツッコミを入れていたけど。
それからというもの、僕と春花は正式に付き合うことになった。
両親にはまだ僕たちのことを言ってないけど、もしかしたらばれてるかもしれない。
さっきも家を出るときに母さんからニヤニヤとした嫌な笑顔を向けられた。
今日は週末、そして春花との初デート。
約束の時間よりも前に駅前に着いた。
同じ家に住んでるんだから一緒に出ればいいのにと思ったけど、春花が待ち合わせをしてみたいと言うんだから仕方ない。
少し待つと遠くに春花の姿が見えた。
僕が手を振るとちょっと駆け足になって近づいてくる。
その姿がなんだか可愛くてたまらない。
「ごめんね、待った」
「僕もいま来たところだよ」
「ふふっ、嘘ばっかり。私よりも三十分前に家出たの知ってるんだから」
「一度言ってみたかったんだよ」
じいっと春花の姿を見つめる。
初めて見る服装、おそらくデート用に着飾ってくれたんだろう。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
いままでの僕なら内心で褒めるだけ、きっと口には出さなかっただろう。
だけどいまの僕は前までの僕とは違う。
「その服、春花に似合ってて可愛いよ」
「……えっと、ありがとう」
照れつつも嬉しそうにする春花を見て、ちゃんと口に出してよかったと思う。
世間を騒がせた”天上の白き宝玉”はもう空に浮かんでないけど、それでも僕は自分の気持ちをはっきりと伝えるようになった。
さすがにあの時みたいに叫んだりはしないけど、花に水をあげるように、毎日欠かさずに。
「ねえ」
「なに?」
「好きだよ」
春花は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべて、そして――
「私も大好きだよ」
満開の笑顔が咲き乱れた。