第七話 近衛師団第二班
なんとか入団試験を終えたライラは、ぐったりとリヒト達の後ろについて行く。
なんでも、多少問題はあるものの当初予定していた班に配属が決定したとのことだ。
これからその班に案内されるらしい。
第二班といったか。少人数の班だからきっとすぐに馴染めるよ、と笑ったシャンテの口元が歪んでいた。信じてはいけないとライラの勘が告げている。
しかし、第六感が何を叫ぼうが、ライラは彼らについて行くことしかできないのだ。とても悲しい。
そんな憂いをよそに、ここだ、と短く告げてリヒトが扉を開ける。
目の前で繰り広げられているのは、まさに乱闘だった。
場所としては城の中庭か。
町の酒場をふたつ繋げたくらいの広さで、頭上からは明るい陽光が降り注いでいる。
綺麗に刈られた芝生は見事に青く、小ぶりだが愛らしい花が隅に植えられていた。
そんな美しい広場で、四人の花守が魔法を、時には体術を駆使して互いを激しく攻撃しあっていた。
説明を求めるライラの視線を無視して、シャンテが彼らに呼び掛ける。
「はーい、集合! 君らの班に配属になる新人ちゃんだよぉ」
ぴたりと、動きが止まった。
四人同時に見つめられ、思わず後ずさる。
そして、その中に見覚えのある顔を見つけてライラは息をのんだ。
「貴様……」
先日カメリア姫の護衛をしていた近衛兵フェアギスが、憎々しげにこちらを見ている。
あちらもライラの顔を覚えているようだ。
四人はリヒト達の前に一列に並ぶと、美しく礼をする。
「先日話した新人だ。経験はないが高い資質を持つ。精鋭ぞろいの君たち第二班に相応しい人材だ。どうか磨いてやって欲しい」
「あ、でも要らなくなったら言ってね。色々と使い道がありそうな子だから」
「シャンテ」
「分かってるってば。じゃ、僕達はこのあと会議があるから、後はよろしくぅ」
「詳しい説明が出来なくてすまない。試験の結果は後程知らせる」
「了解いたしました」
リヒト達はそう言うと、足早に中庭から去っていく。
やたらとハードルを上げられてしまい、ライラは内心冷や汗をかいていた。
あの散々だった試験で、資質なんてある訳が無いのに。二人は自分に恨みでもあるのだろうか……。
シャンテは中庭から出ていく前に、ブンブンと手を振ってきた。ライラは、振り返すのもどうかと思ったのでお辞儀する。
四人のうち、一番手前の優しげな花守がライラに微笑みかけた。
「班長のユリアンだ。君の事は師団長から聞いていたよ」
「あ、あの! 師団長たちはあんな事おっしゃられていましたが、私全然、その、駄目なんです!」
「あぁ、心配しなくて大丈夫だよ。過度な期待は針の筵だからね。君に無理な任務を与えたり、上手く出来ない事を責めたりはしない。でも、珍しいんだよ。師団長があんなことを言うなんて」
ユリアンは、栗色の髪を耳のあたりで切りそろえた髪型で、瞳は優しい菫色をしている花守だった。
体格は中肉中背で羽は薄紫色。柔和な顔立ちで、その微笑みを見ていると無条件に安心感がこみ上げてくる。
「私たちの班はカメリア姫の直近でね。少数精鋭を目指していて、訓練も仕事も慌ただしいけれど、互いに支えあって切磋琢磨していきたいんだ。だから、困ったことがあったら何でも言ってね。よろしく」
「あ、よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げるライラ。
その前に、小柄な少女が仁王立ちした。
「妾はマルガレーテ。副班長じゃ! 小さいからと甘く見たら痛い目をみるぞ。あと、ユリアンに迷惑をかけてもお仕置きじゃ! ……でも、仲間外れは嫌じゃからなっ、無視したら妾泣くからなっ」
蜜柑色の髪を二つに結い上げる彼女の名は、マルガレーテと言うらしい。そしてなんと副班長なのだという。
ヘーゼルの垂れ目はいかにも幼く、俄かには信じがたいものの、あくまで近衛兵の先輩だ。侮る理由などどこにもない。
お願いします、と緊張気味に言えば満足そうに下がっていった。
その隣の、細身の花守が短く挨拶する。
「班員のシュネよ。分からないことがあったら聞いてちょうだい。以上よ」
「あ、はい。ありがとうございます」
シュネ、と名乗るその花守は、鋼色の髪を腰まで伸ばしている。瞳の色は薄青で、冬の空を思わせた。羽は淡雪色。
線の細い整った顔立ちだが、にこりともしない。まるで氷の精霊のようだ。
もしや怒っているのでは、とも思ったが、短い言葉ながらライラを気遣ってくれている。
見た目ほど冷たい人ではないのかも知れない。
そして最後に、焼けつくような瞳でこちらを見つめながらフェアギスが口を開いた。
「姫が望んだから文句は言わん。だが私は貴様を仲間とは認めん。名乗るつもりも、貴様の名を呼ぶ気もない」
勿忘草色の髪を後ろですっきりと一つに束ね、黄金色の瞳は射殺すようにライラを睨んでいる。
蛋白石色の羽は、ゆらゆらと陽炎のように煌めいていた。
長身で見栄えのいい体躯で、正しさの見本のような姿勢で起立している。
潔く、美しい妖精だった。
「……あと、姫におかしなことをしたら殺す」
「…………」
こんな綺麗な花守に嫌われている。
そのことが地味にライラを落ち込ませ、思わず視線を落とした。
言い返しもせず足元を見て顔を上げないライラの様子が、酷くショックを受けているように見えたのだろうか。班長のユリアンが肩を叩いた。力が強く、結構痛い。
「まぁ、そのうち上手く付き合えるようになるよ。さて、今日は試験もあって君も疲れただろう。部屋で休むといい。場所は……」
「妾が案内するぞ! 新人の面倒などお安い御用じゃ」
「私が案内します。迷子の副班長を探すのは、もう嫌です」
「そうだね。じゃあシュネ、頼むよ」
「わ、妾は迷子になんてなっておらん! シュネが迷子になったのじゃ!」
「来て」
喚くマルガレーテをよそに、シュネに短く呼び寄せられた。
そのまま後ろをついていく。
近衛兵の居住棟に向かっているようだ。
廊下を進む間一言もしゃべらず、まっすぐ前だけを向いて歩いている。
無言が気まずくて、ライラが何か話しかけなければと焦っていると、突然前を歩くシュネが立ち止まった。
「フェアギスは、カメリア姫に心酔している。あいつは、愚直で嘘がつけない。好き嫌いも激しい」
「そう、みたいですね」
「でも、根性は曲がっていない」
シュネが振り返る。相変わらずの無表情だが、彼女の瞳が微かに揺れていた。
ライラは、自分の顔がほころぶの感じた。
「心配、してくれているんですね。私のことも、フェアギス先輩のことも」
「!」
「ありがとうございます」
顔をぷい、と背けたシュネの耳が赤い。
肌が白いので余計目立っていた。
今日一日だけで、本当に色々なことがあった。思い出すのも疲れる。
これからの暮らしだって、不安なことばかりだ。
しかし、シュネのほんのり染まった耳を見ていると、なんだか上手くいくような気がするのだった。