第六話 戦闘実技
扉から現れたのは、でっぷりとした胴に不格好に細い手足が突き出し、細かな棘が汚らしく生えた生き物だった。
顔はニタニタと下品に笑んだ猿のようで、体色は黒と茶の斑。全身がテラテラと不気味にぬらついている。
「ウコバク……っ」
比較的小型のその魔物は、繁殖力が非常に強く、とにかく食欲の奴隷であった。
蜜を求めて頻繁に王国に侵入してくる彼らは、最も身近な外敵といっていい。
ちなみに、身近だからといって容易に退治できる訳でもない。剃刀のような歯と鋭い爪が厄介で、何より生命力が強くてなかなか死なない。
そして、無駄に動きが速い。
「いやあぁ! こっちに来ないでっ!!」
ザカザカ、と不気味な音を立てながら此方に走り寄ってくるウコバクに、ライラは絶叫して逃げ惑う。
そもそもライラはこの魔物が生理的に苦手だった。
好きな妖精などいないかもしれないが、危険云々以上に、とにかく見るのも嫌で鳥肌が立つのだ。
街にいた頃は、よくリーリエの背中に隠れていたものだ。
ちなみにリーリエは、穏やかに笑いながらウコバクを氷漬けにし、最終的に爆散させていた。我が親友ながら本当に頼もしかった。
「うわぁぁん、怖いよぉぉ、助けてリーリエぇぇ」
街から旅立って僅か半日。ライラは早くも城の門をくぐったことを後悔して、本気で泣いていた。
そんなライラの様子を、シャンテは腹を抱えて笑っている。
「うわぁ、ぎゃん泣きしてる!」
「ヴァルキュリアの方が千倍恐ろしいだろうに……。駄目か。……そろそろ潮時だろう」
ついに隅に追い詰められて絶望的な顔をするライラに、リヒトは溜息をつく。
そして救出に向かうために扉に手をかけた時、シャンテがそれを制した。
「待って。見てごらんよ」
そう言って、試験場を指さした。
そこには、冷や汗を流しながら歯を食いしばり、槍を握りしめてウコバクと対峙するライラの姿があった。
微かに身体を黒い殻が覆い始めている。武装が発現しかけているのだ。
「お、お前なんて、ただの気持ちの悪い油虫よっ! こ、怖いけど、私には絶対敵わない!」
一瞬、何が起きたのかリヒトには分からなかった。
ライラが叫んだ一拍後には、床にウコバクだったものが転がっていたのだ。
そして彼女はといえば、バラバラになってもしつこく動き回るウコバクの手足に戦々恐々としている。
「一撃目は首。その次に腕、立て続けに足を薙ぎ払っていたよ。ふふ……ちょっと僕、震えが止まらないなぁ」
ねぇ、彼女何者なの? シャンテは熱のこもった目でライラを見つめている。
リヒトも彼女について分かっていることは僅かだ。
羽が生えたばかりで、研修を終えてすらいない若い花守であったこと。
その研修の成績も、力が異様に強いこと以外では特に目立ったものはなく、むしろ劣等生の部類であったこと。
そして、先日たった一人でヴァルキュリアを打倒し、生き残ったということだ。
「何者であろうが、これで決まりだろう。あの班に入れるのに何の遜色もない」
「あーあ。どうにかして、僕かリヒトの手元に置いておけないものかなぁ」
「馬鹿を言え。あの方が強く所望されているのだぞ」
「だよねぇ。姫の見る目は確かってことかぁ」
「いずれにしても、……注意して見守る必要があるな」
「あれ、ほとぼりが冷めたら引き抜く気とか? 謀反? 謀反なの?」
「滅多なこと口にするんじゃない」
「だって、リヒトがそんなこと言うなんて、珍しいんだもん!」
楽しそうなシャンテの声が部屋に響く。
そんな相棒を口では嗜めながらも、自身の口角が上がっていることに、リヒト本人は気づいていなかった。