第五話 入団試験
「近衛師団長、リヒトだ」
「僕は副師団長のシャンテ。よろしくねぇ」
「あ、ライラです……よろしくお願いします」
この人たちは、今なんと言ったのだろう。
師団長と副師団長……近衛師団に入団したばかり、いやまだ入ってすらいない自分を、何故こんな仰々しい面子が出迎えるのだろう。
ライラは、飛びそうになる意識を必死に繋ぎとめていた。
城に連れてこられたライラが通されたのは師団長執務室。
そこで彼女を出迎えたのは、なんと近衛師団のトップとナンバー2だった。
近衛師団長のリヒトは、短い黒髪に銀灰色の瞳を持つ、長身で筋肉質な花守だ。猛禽類を思わせる目つきでライラを見つめてくる。
一方副師団長のシャンテは、白く軟らかな癖毛を肩の上で切りそろえた髪型で、かなり小柄だ。赤金色の瞳がくるくると興味深そうにこちらを伺っていた。
二人とも、黒地に金の刺繍が施された外套を身にまとっており、その精緻さが、二人の階級の高さを物語っている。
「ねぇリヒト。この子、息してなくない?」
「している。浅いだけだ。彼女は極度の緊張状態にある」
「リヒトが怖い顔してるからだよ。ほぉら、スマイル!」
「ふむ、これでどうだ」
「ひぃい!?」
猛禽が、獲物を見定めたまま口を大きく開けている。
今にも喰いつかれそうな迫力に、ライラの口から悲鳴が漏れた。
「……怯えているではないか」
「うーん、姫さまが話してた感じとちょっと違うね。ヴァルキュリアを、けちょんけちょんにやっつけた猛者って聞いたけど」
姫さま、どんな話をなさったんですか! ライラは遠のきそうな意識の片隅で叫ぶ。
一方のシャンテは、まあいいや。と明るく切り替えた。
「試験すれば分かることだしね!」
「し、試験?」
「左様。君には入団にあたって試験を受けてもらいたい。報告では、君はたった一人でヴァルキュリアを打倒したという。それだけでも十分入団に値するが、やはり能力の程を確認したくてな」
「そう。君の実力を、ちゃんとこの目で見たいんだぁ」
シャンテの瞳がきらりと光る。猫がネズミを見る目に似ていた。
ライラは胃が縮むような感覚に耐える。こめかみに冷や汗が滲んでいた。
「シャンテ、お前のせいで萎縮している」
「えぇ、嘘!? 僕優しい副師団長さんって評判だよ!? 怖くないよ!」
「ふん、洞察力が優れている証拠だろう。しかしライラ、そう硬くなるな。難しい試験ではない」
「そうそう、体力測定みたいなものだと思っていいよ」
「あ、はい。が、頑張ります!」
「やぁん、ねぇリヒト聞いた? かーわいいんだけど」
「ひっ」
「止めろシャンテ。私も鳥肌がたった」
「もう、なんでだよぉ」
● 魔力及び魔法技能
「あー、凄いね。ほぼゼロ! きれいさっぱり魔力なし!」
「魔法技能は……見るまでもないな」
● 持久力
「はぁ、はぁ、も、無理です……」
「あはは、出だしでとばすからだよ。長距離の基本はペース配分だよ」
「持久力は、“弱い”いや、“やや弱い”か」
「んー“弱い”にしときなよ。入団したら、延々と城の周りを走らせたいなぁ」
● 反応速度及び瞬発力
「え、今の見た?」
「あぁ」
「あの子後ろから来た球、叩き落としたんだけど。……ねぇ結局何個クリアしたの」
「全てだ」
「あはは、化け物級だね……」
● 馬力
「凄い、すごい! あの子、馬と並んで荷物引いてるんだけど。ウケる」
「あぁ、馬が三頭がかりで引いている重量を、な」
「……ねぇ、あの力を、さっきのスピードに乗せたらどうなるのさ」
「ヴァルキュリアの鎧を貫通する訳だ」
● 防御力
「ひ、ひあぁあ、止めてください、許してくださいぃ」
「ねぇライラ、大人しくしてよ。僕も好きでこんなこと、してる訳じゃないんだからね!」
「嘘をつくな。お前、嬉々として引き受けていただろう」
「でも適役だろう?」
「まあな。ライラ、シャンテの使役虫は見た目はグロテスクだが、決して妖精を殺さない。安心して耐えてくれ」
「そうそう、一番酷くても半殺しだから大丈夫だよ」
「ひやあぁぁぁ!!」
「う、うぅ酷い。服が、こんなにボロボロ……」
「ねぇ僕、ちょこっと脅かしてから、武装の防御力を試そうとしたんだけど……」
「武装は発現せず、しかもほぼ無傷か。評価のしようがないな」
「……僕が直に攻撃してみる?」
「いや、実戦から追々判断していこう。申し分ない防御力であることは確かなのだから」
「お疲れ様。次で最後の試験だよ」
「はい……」
「まず槍を発現してみてくれ」
走らされたり、やたらと思い荷物を引かせられたり、よく分からない気持ち悪い蟲をけしかけられたりで、ライラの心は既に満身創痍である。
しかし、ついに次で最後の試験。もうひと踏ん張りすべく、ライラは指示に従い右手から槍を取り出す。
滑らかで艶のある漆黒の美しい槍だった。
刃の部分が細く長い。柄との境目が滑らかで、突き刺しやすく、抜きやすい形状をしている。
刃先から柄にかけて亀裂のような複雑な模様が広がっており、持ち主の鼓動と共鳴するかのように、金の光が明滅していた。
見たこともない異様の槍に、リヒトとシャンテは言葉を失った。
一方ライラは、あの日以来槍を発現していなかったこともあり、興味津々で眺める。
「うぅん、私もじっくり見るのはこれが初めてなんです。みんなと色が違うような気がしますね。リーリエの槍は、もっと綺麗な金色だったし」
しげしげ見ていたライラは槍を軽く振り、目を輝かせた。
そして、ブンブンと振り回す。
「あ、やっぱり! これ、よくしなりますよ!」
「止めたまえ、危な……」
ビチュワァァ
勢いよく振り切った槍の穂先から、ドロドロとした液体が溢れ、床に飛び散る。
煙を立てて、床が解け始めた。
「ぎゃあぁ、毒っ! 毒出てるって!」
「えぇ!? す、すみません!!」
「よく分からないものを軽率に振るな!」
「本当にすいません!!」
「……まぁ、とにかく発現出来たようで良かった。……現時点で判明している、君の槍の一番の特徴はその外観や性能ではない。敵を殺めても自らは死なない、繰り返し敵を討てるその特異性だからな」
「という訳で、ちょっと魔物を倒してみてよ」
「え?」
「最終試験は戦闘実技。君の栄えある戦いを期待している」
そう言って、試験場から出ていく二人。
その背を追おうとしたライラの背後で、扉が開く音がする。
荒い息づかい、生臭い匂い。
恐る恐る振り返る。
開かれた扉の奥から、紅い瞳がギラギラとライラを睨みつけていた。