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槍の乙女と螺旋の剣  作者: トト
第一部 「王国篇」
39/42

番外編 鍍金の王子11


 ベルテーン祝祭の前日。

 窓の外は、前夜祭の準備で騒がしい。

 一方の僕は、あの夜から何日か経った今でも寝台から出られずにいた。

 あれからライラから聞いた話だと、僕は「ラングスイル」という呪具により、命を落としかけたらしい。


 そんな危険な状態の僕を救ったのは、誰であろう、僕が想像上でさんざんに嬲り殺した“彼”、ライラの幼馴染シックザール君だ。

 それを聞いて、僕は心の中でそっと彼に謝罪した。

 妄想の中でとはいえ、命の恩人の君にたくさん酷いことした。本当に申し訳ない。

 だが、ライラを引き離そうとするのは絶対許さん。

 それから幼馴染だからといって、べたべた触るのもどうかと思う。やっぱり許さん。


 ……あの日から、波は収まったものの、時々黒い感情が吹き上がってくる。

 自分の中に、これほど凶暴で、分別も何もない自分がいることは驚きだった。

 しかし、どこかで納得もしている。

 自分が救えない程ねじくれた、ろくでもない性格だということは自覚していたし、ことライラに関わるとなれば、冷静でいられないことは経験済みだ。

 

 そういう訳で感情の浮き沈みが激しく、日頃と比べてなかなか上手く集中できないが、そうも言ってはいられない。

 とにかく、寝台の上でも出来ることをしようと、読書で情報を集めながら思考を整理していた。

 まず、水晶蘭による監視の甲斐なく、またしても僕は暗殺されかけた。

 ライラと会う直前まで地図を確認していたにも関わらず、だ。


 では、地図に何かしらの問題があったのか。

 たしかに僕が造った光の地図は、水晶蘭が根を伸ばしきるまで、監視できない場所があったのは事実だ。

 しかし、少なくともここ数日は城の全域を網羅していたし、記録も丁寧に遡ってチェックしていた。

 普通に考えれば、暗殺実行までに尻尾の一つも掴めそうなものだが、結局何も分かっていない。

 ただただ、敵の厄介さだけが浮き彫りになっているようだった。

 こうなってしまうと、僕に取れる手段は少ない。

 少ないというか、実質一つしかない。

 ライラと亡命する、という選択だ。


 もし僕が理性的で高潔な男ならば……いいや。

 彼女の幸せを願う普通の男ならば、こんな手段はとらない。

 きっとライラを自分から遠ざけるに違いない。

 何故なら僕が彼女に与えられるものは無いに等しく、奪う物の大きさは計り知れないからだ。

 現に、僕とてラングスイルとかいう呪具で死にかけるまでは、この選択肢に気付かないふりをしていたのだ。

 自分を、そんな下種な男だと思いたくなかっただろう。

 だが、実際死の淵に立って、ライラと二度と会えないと思ったら、もう駄目だった。

 僕が死んだ後に、彼女の隣に別の男がいることを考えたら、余計に我慢が出来なくなった。


 正直なところ、本当はまだ心が決まっていない。

 ライラはこの国で幸せに暮らしていくべきだと、頭では分かっている。

 今までは考えるだけで吐き気がしたが、彼女の幸せの礎になれるのなら、運命を受け入れて、熊成の国へ行くのも、そう悪いことではないのかもしれない。

 しかし、やはり離れがたいもの事実で……。


 だから今夜、ライラと会って決めようと思う。

 一緒に前夜祭の花火を見てから。


 この部屋の窓は、実はよく花火が見える穴場なのだ。

 彼女の喜ぶ顔を見てみたい。

 その顔を見て、再度自分の心に問おう。

 そう、思った。



  

 日はとうに暮れて、西の空が藍色に染まっている。

 一際明るく光る宵の星を見上げながら、ライラが来るのを待っていた。

 風に乗って火薬の匂いが部屋まで運ばれてくる。

 恐らく爆竹のものだろう。

 前夜祭の乱痴気騒ぎは以前にもここから見たことがある。

 酒を飲んで、大声で歌って、跳ね馬のように踊り、時に殴り合う。

 そうして気分が高まると、そこら中で爆竹を鳴らして気が触れたように笑い転げるのだ。

 傍から見ると正気とは思えない光景だが、そんな前夜祭でも、打ち上げられる花火だけは気に入っていた。

 今年は熊成がやって来るので、例年より盛大な祝祭になるようだ。

 花火もきっといつもより華やかなものになるだろう。

 ライラに綺麗な花火を見せてあげられると思うと、自然と心が弾む。

 早く、彼女に会いたい。

 もっと、とっぷり日が暮れてしまえ。

 そう空に念じた時、部屋にノックの音が響いた。


 一瞬、ライラが来たのかと喜びそうになったが、すぐに思いなおす。

 彼女が来るには、まだ少し早すぎる。

 訝しく思って振り返った先に、灰色のフードを目深に被った人影が幽霊のように立っていた。

 灰色の影が、敬礼の姿勢をとる。


「こんばんは、エリアス殿下」


 その聞き覚えのある声に目を瞠った瞬間、灰色の影が音もなく飛びかかってきた。




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