番外編 鍍金の王子11
ベルテーン祝祭の前日。
窓の外は、前夜祭の準備で騒がしい。
一方の僕は、あの夜から何日か経った今でも寝台から出られずにいた。
あれからライラから聞いた話だと、僕は「ラングスイル」という呪具により、命を落としかけたらしい。
そんな危険な状態の僕を救ったのは、誰であろう、僕が想像上でさんざんに嬲り殺した“彼”、ライラの幼馴染シックザール君だ。
それを聞いて、僕は心の中でそっと彼に謝罪した。
妄想の中でとはいえ、命の恩人の君にたくさん酷いことした。本当に申し訳ない。
だが、ライラを引き離そうとするのは絶対許さん。
それから幼馴染だからといって、べたべた触るのもどうかと思う。やっぱり許さん。
……あの日から、波は収まったものの、時々黒い感情が吹き上がってくる。
自分の中に、これほど凶暴で、分別も何もない自分がいることは驚きだった。
しかし、どこかで納得もしている。
自分が救えない程ねじくれた、ろくでもない性格だということは自覚していたし、ことライラに関わるとなれば、冷静でいられないことは経験済みだ。
そういう訳で感情の浮き沈みが激しく、日頃と比べてなかなか上手く集中できないが、そうも言ってはいられない。
とにかく、寝台の上でも出来ることをしようと、読書で情報を集めながら思考を整理していた。
まず、水晶蘭による監視の甲斐なく、またしても僕は暗殺されかけた。
ライラと会う直前まで地図を確認していたにも関わらず、だ。
では、地図に何かしらの問題があったのか。
たしかに僕が造った光の地図は、水晶蘭が根を伸ばしきるまで、監視できない場所があったのは事実だ。
しかし、少なくともここ数日は城の全域を網羅していたし、記録も丁寧に遡ってチェックしていた。
普通に考えれば、暗殺実行までに尻尾の一つも掴めそうなものだが、結局何も分かっていない。
ただただ、敵の厄介さだけが浮き彫りになっているようだった。
こうなってしまうと、僕に取れる手段は少ない。
少ないというか、実質一つしかない。
ライラと亡命する、という選択だ。
もし僕が理性的で高潔な男ならば……いいや。
彼女の幸せを願う普通の男ならば、こんな手段はとらない。
きっとライラを自分から遠ざけるに違いない。
何故なら僕が彼女に与えられるものは無いに等しく、奪う物の大きさは計り知れないからだ。
現に、僕とてラングスイルとかいう呪具で死にかけるまでは、この選択肢に気付かないふりをしていたのだ。
自分を、そんな下種な男だと思いたくなかっただろう。
だが、実際死の淵に立って、ライラと二度と会えないと思ったら、もう駄目だった。
僕が死んだ後に、彼女の隣に別の男がいることを考えたら、余計に我慢が出来なくなった。
正直なところ、本当はまだ心が決まっていない。
ライラはこの国で幸せに暮らしていくべきだと、頭では分かっている。
今までは考えるだけで吐き気がしたが、彼女の幸せの礎になれるのなら、運命を受け入れて、熊成の国へ行くのも、そう悪いことではないのかもしれない。
しかし、やはり離れがたいもの事実で……。
だから今夜、ライラと会って決めようと思う。
一緒に前夜祭の花火を見てから。
この部屋の窓は、実はよく花火が見える穴場なのだ。
彼女の喜ぶ顔を見てみたい。
その顔を見て、再度自分の心に問おう。
そう、思った。
日はとうに暮れて、西の空が藍色に染まっている。
一際明るく光る宵の星を見上げながら、ライラが来るのを待っていた。
風に乗って火薬の匂いが部屋まで運ばれてくる。
恐らく爆竹のものだろう。
前夜祭の乱痴気騒ぎは以前にもここから見たことがある。
酒を飲んで、大声で歌って、跳ね馬のように踊り、時に殴り合う。
そうして気分が高まると、そこら中で爆竹を鳴らして気が触れたように笑い転げるのだ。
傍から見ると正気とは思えない光景だが、そんな前夜祭でも、打ち上げられる花火だけは気に入っていた。
今年は熊成がやって来るので、例年より盛大な祝祭になるようだ。
花火もきっといつもより華やかなものになるだろう。
ライラに綺麗な花火を見せてあげられると思うと、自然と心が弾む。
早く、彼女に会いたい。
もっと、とっぷり日が暮れてしまえ。
そう空に念じた時、部屋にノックの音が響いた。
一瞬、ライラが来たのかと喜びそうになったが、すぐに思いなおす。
彼女が来るには、まだ少し早すぎる。
訝しく思って振り返った先に、灰色のフードを目深に被った人影が幽霊のように立っていた。
灰色の影が、敬礼の姿勢をとる。
「こんばんは、エリアス殿下」
その聞き覚えのある声に目を瞠った瞬間、灰色の影が音もなく飛びかかってきた。




