番外編 鍍金の王子6
それは、朝から待ち焦がれていた彼女のシルエットだった。
頭のどこかで、もう彼女が部屋に来る時間になっていたのか、と場違いな考えが浮かぶ。
しかし実際には、目の前の細身が発する異様な気配に身動きが取れないでいた。
逆光で影となった顔の中で、金の瞳だけが、ぎらぎらと輝いている。
肌がひりつき、頭から押しつぶされるような威圧に固まっていると、視界の隅でエンプーサが僅かに身じろいだ。
次の瞬間、エンプーサの手足が吹き飛ぶ。
始めは何が起きたのか分からなかった。
余りの速さに、全く目が追い付かなかったのだ。
おぞましい悲鳴をあげるエンプーサの顔に槍が突きつけられるのを見て、やっと、彼女の仕業であることを知った。
資料で眺めたデータが本物であると、頭では理解していたつもりだった。
しかし本当のところは、何も分かっていなかった。
いや、分かろうとしていなかったのだ。
今、目の前の光景は、能力値からすれば、何の不思議もない。
当たり前の、ただの現実。
これが、彼女の真実の姿なのだ。
情けや憐みの一切含まれない、ガラスのように冷たい瞳。
容赦なくエンプーサを尋問する彼女に、半ば夢を見ているような気持ちで声をかける。
「多分、まだ言葉を覚えていない個体だと思う」
ライラが、はっとした様子でこちらを振り返る。
彼女の無機質な瞳の色が、たちまち温かな光をたたえた。
「怪我しているじゃないですか!? すぐに、誰か呼ばないとっ」
そう言って、先程の冷徹さが嘘のように、あたふたと挙動不審になる。
ライラの余りの変わりように、驚いて、そして思わず笑ってしまった。
魔物を無慈悲に追い詰める彼女。
僕を心から思いやってくれる、不器用な彼女。
全くの別人のようなのに、ライラはどちらも偽っているようには見えない。
僕は自分が短絡的だったことに気が付く。
たった一つ、彼女の知らない側面を見たからといって、それを真実だと思うだなんて。
どちらのライラも、ただただ、僕を守ろうと必死だったというのに。
こんな、鍍金塗れの僕を……。
しかし、暖かな感動は長くは続かなかった。
何故ならば、その分厚い鍍金の甲斐もなく、一番隠しておきたかったことが、今夜彼女の目に触れてしまったからだ。
忌々しく、おぞましい秘密。
魔物の生命を奪い、生体情報と魂を啜る、僕の醜悪な所業が。
どうやら鈍感なライラは、自分が目にした事の意味が分かっていないようだ。
しかし彼女が今後、その意味を理解してしまったらどうだろう。
やはり怯えるだろうか。
僕のもとを、離れてしまうのだろうか……。
ライラと初めて会った時は、彼女を怖がらせたくないと強く願ったし、それは今も変わらない。
でも、今夜が最後になってしまうなら、正面から僕の姿を見せてみたい。
その結果、彼女の顔が恐怖に歪んでしまったとしても、悲鳴をあげて逃げ去ってしまうとしても。
彼女のありのままの姿の一つとして、大切に心に焼きつけたい。
僕にしか見ることのできない、聞くことのできない、ライラの真実として。
そんな薄暗い欲望を胸に秘めながら、僕は魔物に手を伸ばす。
心配そうに見つめてくるライラの顔を、味わうように眺めながら。
欠片ほど残った良心から、怖かったらお逃げ、と退出を促すも、彼女は動かない。
不安そうな、心配で堪らないと言わんばかりの表情に、僕は心底満足し、そして僅かに高揚した。
そんな僕の顔を見た魔物が怯えている。
僕は可笑しくて、声をあげて笑ってしまった。
「本物の化け物は、僕かもしれないよ?」




