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槍の乙女と螺旋の剣  作者: トト
第一部 「王国篇」
34/42

番外編 鍍金の王子6

 それは、朝から待ち焦がれていた彼女のシルエットだった。

 頭のどこかで、もう彼女が部屋に来る時間になっていたのか、と場違いな考えが浮かぶ。

 しかし実際には、目の前の細身が発する異様な気配に身動きが取れないでいた。

 逆光で影となった顔の中で、金の瞳だけが、ぎらぎらと輝いている。


 肌がひりつき、頭から押しつぶされるような威圧に固まっていると、視界の隅でエンプーサが僅かに身じろいだ。

 次の瞬間、エンプーサの手足が吹き飛ぶ。

 始めは何が起きたのか分からなかった。

 余りの速さに、全く目が追い付かなかったのだ。

 おぞましい悲鳴をあげるエンプーサの顔に槍が突きつけられるのを見て、やっと、彼女の仕業であることを知った。

 

 資料で眺めたデータが本物であると、頭では理解していたつもりだった。

 しかし本当のところは、何も分かっていなかった。

 いや、分かろうとしていなかったのだ。

 

 今、目の前の光景は、能力値からすれば、何の不思議もない。

 当たり前の、ただの現実。

 これが、彼女の真実の姿なのだ。


 情けや憐みの一切含まれない、ガラスのように冷たい瞳。

 容赦なくエンプーサを尋問する彼女に、半ば夢を見ているような気持ちで声をかける。


「多分、まだ言葉を覚えていない個体だと思う」


 ライラが、はっとした様子でこちらを振り返る。

 彼女の無機質な瞳の色が、たちまち温かな光をたたえた。


「怪我しているじゃないですか!? すぐに、誰か呼ばないとっ」


 そう言って、先程の冷徹さが嘘のように、あたふたと挙動不審になる。

 ライラの余りの変わりように、驚いて、そして思わず笑ってしまった。


 魔物を無慈悲に追い詰める彼女。

 僕を心から思いやってくれる、不器用な彼女。

 全くの別人のようなのに、ライラはどちらも偽っているようには見えない。


 僕は自分が短絡的だったことに気が付く。

 たった一つ、彼女の知らない側面を見たからといって、それを真実だと思うだなんて。

 どちらのライラも、ただただ、僕を守ろうと必死だったというのに。

 こんな、鍍金塗れの僕を……。


 しかし、暖かな感動は長くは続かなかった。

 何故ならば、その分厚い鍍金の甲斐もなく、一番隠しておきたかったことが、今夜彼女の目に触れてしまったからだ。

 忌々しく、おぞましい秘密。

 魔物の生命を奪い、生体情報と魂を啜る、僕の醜悪な所業が。


 どうやら鈍感なライラは、自分が目にした事の意味が分かっていないようだ。

 しかし彼女が今後、その意味を理解してしまったらどうだろう。

 やはり怯えるだろうか。

 僕のもとを、離れてしまうのだろうか……。


 ライラと初めて会った時は、彼女を怖がらせたくないと強く願ったし、それは今も変わらない。

 でも、今夜が最後になってしまうなら、正面から僕の姿を見せてみたい。

 その結果、彼女の顔が恐怖に歪んでしまったとしても、悲鳴をあげて逃げ去ってしまうとしても。

 彼女のありのままの姿の一つとして、大切に心に焼きつけたい。

 僕にしか見ることのできない、聞くことのできない、ライラの真実として。

 

 そんな薄暗い欲望を胸に秘めながら、僕は魔物に手を伸ばす。

 心配そうに見つめてくるライラの顔を、味わうように眺めながら。

 欠片ほど残った良心から、怖かったらお逃げ、と退出を促すも、彼女は動かない。

 不安そうな、心配で堪らないと言わんばかりの表情に、僕は心底満足し、そして僅かに高揚した。


 そんな僕の顔を見た魔物が怯えている。

 僕は可笑しくて、声をあげて笑ってしまった。


「本物の化け物は、僕かもしれないよ?」




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