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槍の乙女と螺旋の剣  作者: トト
第一部 「王国篇」
33/42

番外編 鍍金の王子5


「――痛っ!」


 焼けつくように痛む左腕を抑えながら、扉を慌てて開ける。

 勢いがつき過ぎて、足がもつれて床に倒れ込む。

 傷口が身体の下敷きになり、痛みが脳天から全身に突き抜けた。

 痺れるような痛みに呻きながら、小部屋から離れようと床を這いつくばる。

 ギチギチと不気味な音が、背後から響く。

 振り返ると、小部屋の入り口から魔物が顔を覗かせていた。


 上半身が若い女、下半身が虫の怪物――エンプーサ。

 エンプーサは凶暴だが知能が低く、生け捕りにしやすい為、贄によく送られてくる魔物だ。

 しかし、動いている所を見たのは初めてだった。

 いつもは抵抗できないように半死半生の上、拘束の魔法がかけられているからだ。

 そして、今日も当然そうであろうと小部屋の隅に蹲るエンプーサに近寄ったところ、突然襲い掛かってきて今に至る。


 魔物が部屋から這い出てくる。

 恐怖のあまり、格子の向こうの廊下へ助けを求めて叫んだ。

 しかし、すぐに気付く。

 誰も来るはずがないのだ。

 今日は贄の日で人払いがされている。

 ただでさえ普段から忌避される区画だ。都合よく誰かが通りかかるなんて考えられない。


 エンプーサが、ギチギチと歯噛みしながら近づいてくる。

 少しでも距離を取ろうと後ろに下がれば、背中に壁が当たった。

 逃げ場がないことを突きつけられ、冷や汗が流れる。

 どうする。どうすればいい。

 鼓動の音がいやに響く。

 歯の根が合わない。視界が滲む……。

 すると、真っ白になった頭の中で、口汚い喚き声がした。

 ふざけるな……ふざけるな!

 こんなところで死ねるか! 

 何も出来ず、全てを奪われ、挙句の果てにはただ殺されるのを待てだと……。

 どれだけ馬鹿にすれば気が済むんだっ!!


 気がつくと震える手が、傷口近くの破れた服を掴んでいた。

 そして血で濡れた布地を引き千切り、吐息と共に魔物へと吹き付ける。

 次の瞬間、布地を織りなしていた糸がほどけ、血と絡み合い、巨大な蔦となってエンプーサを取り囲んだ。

 青白く発光する白い蔦には、柘榴石のように深い赤色の棘が並んでいる。

 行く手を阻む植物の壁に、エンプーサは歯をむき出しにして苛立ちを露にした。


 咄嗟に放った魔法は、守りの加護を応用した防壁だ。

 今は何とか食い止めているが、強度は十分ではない。そう長くは持たないだろう。

 エンプーサの腕で引き裂かれていく蔦の壁を見やりながら、今のうちに次の防壁を張ろうと再び服に手をのばす。

 その時、蔦の間をのぞき込んだエンプーサの唇から何かが吹き付けられた。


「ぐああぁぁ!?」


 傷口が焼け爛れる感覚に、思わず声をあげる。

 吹きかけられた黄色い粘液から、じゅわり、と嫌な音を立てて小さく蒸気が立ちのぼった。

 消化液の類だろう。

 痛みに気取られていると、ふと目の前に影が差した。

 視線をあげると、目の前でエンプーサが笑みを浮かべている。

 目を離しているうちに、蔦の壁を突破されてしまったのだ。

 鋭利な腕が、ゆっくりと振り上げられていく。

 その時だ。


「どきなさいっ!」


 鋭い声が響いた。

 同時にエンプーサの巨体が傾ぐ。

 重々しい音をたてて倒れた魔物の向こうに、少女が立っていた。



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