番外編 鍍金の王子4
「はは……、凄いなこれ」
資料を大方読み終えて、自然と乾いた笑いが漏れた。
手にしているのは、ライラに関する報告書だ。
近衛師団に入団する際の試験の他、その後も度々受けている検査について詳細が記載されている。
それに目を通してみて、まず異様なまでの検査の頻度に驚いた。
しかしそれ以上に、内容が想像をはるかに超えていた。
まずライラの基本的な身体能力、これが桁違いなのだ。
体力も馬力も、何もかもが花守の枠を軽く超えている。
数値だけ見れば、ドラゴンに匹敵する位だろうか。
当たり前だが、これは明らかにおかしい。
いくらライラが長身だろうが、岩山ほどあるドラゴンと同等の力が備わっているなんて、どう考えても辻褄が合わない。
思わず調査に何か不備があったのでは、と何度も見返してしまった。
しかし、そう考えたのは調査した当人たちも同様だったようで、念入りに何度も計測しなおした記録が残っている。
どうやら数値に間違いはなさそうだ。
さらに異彩を放っているのは彼女の槍だ。
鋼を貫く強靭さも、肉を腐らせ神経を破壊する猛毒も、普通の槍では有り得ない。
だが最も注目されていたのは、何度でも振るうことが出来る特異性だった。
花守の槍は、高い攻撃力を持つが一度きりしか使えない。
命と引き替えの、捨て身の一撃だ。
もしもその槍を、死に怯えることなく、何度でも敵に突き刺す事が出来れば……。
そんな戦う花守達の夢が現実に現れたのだ。
当然、近衛師団はその力を欲しがり、何とか他の花守にも応用出来ないかと、メカニズムを解き明かそうと躍起になっていた。
執拗に、いっそ妄執を感じさせるほど念入りな調査が実施され、幾度もライラに槍を発現させては様々な実験を繰り返し、その結果を解析してはまた、あれやこれやと試している。
……ところで、その実験には苦痛を伴う類のものが多数含まれているのだが、彼女に拒否権はあったのだろうか。
疑問が浮かぶのとほぼ同時に、見当がつく。
あの子はきっと、嫌だ、なんて言えない。
気弱に笑いながら、ひたすら痛みに耐えるライラの姿が容易に想像できて、腹の底が焦げ付くような不快感を覚えた。
ちなみに、彼等の欲しい情報は未だ手に入れられていないようだ。
そもそも槍自体が詳しく解明されていない分野であるため、仕方がないと言えばそれまでだが、こんな無茶な調査にライラをいつまで付き合わせるのかと思うと、無性に腹が立つ。
その他にも報告書には、身体的な特徴、各種耐性、生活パターン等、ライラに関する詳細な情報が記述されていた。
俄かには信じがたいライラの記録を前に、ふ、と細身でしなやかなライラの姿が思い浮かび、次の瞬間、水に垂らしたインクのように、輪郭がじわじわと滲んでいく。
凄まじい力を秘めた肉体と、驚異的な性能の槍。
……まるで途轍もなく強大な何かを、花守の形に押し込めたかのようだ。
そんな自分の妄想に、慌てて首を振る。
馬鹿々々しい。あの子は、ライラは、普通の女の子だったじゃないか。
気弱で、謙虚すぎる程に謙虚で、そして心の優しい女の子。
きっと何代か前に螺旋の剣によって付与された情報が、隔世遺伝でもしたのだろう。
稀にだが、そういった事例は以前にもあったようだし。
そう自分に言い聞かせて、資料を閉じる。
そして、ふと明かり取りの窓を見やれば、空が夕日で染まっていて焦る。
没頭していて時間を失念していたようだ。
今日は、晩からライラが来てくれる。
早く部屋に戻って準備をしなければ。
……なにより今日は、贄の日でもあるのだから。
トリトンに軽く手を振って、梯子に手をかける。
早く、片付けねばならない。
ライラがやってくる前に、全部済ませるのだ。




