番外編 鍍金の王子2
――こんな大きな女がいてたまるか
なんて言った奴は誰だ。
数日前にライラを雄だと早合点した自分を、内心で罵倒する。
昼間の部屋に再度現れた彼女は、どこからどう見ても普通に女の子だった。
確かに長身だが、高い位置にある腰は細くくびれ、長い手足は華奢な印象すら受ける。
今となっては、どうしてあんな勘違いをしたのかが不思議なくらいだ。
きっと、発作のせいで判断力が鈍っていたんだ。目も霞んでいたし……と、心の中で言い訳しつつ、彼女を迎える。
「やぁ、また来てくれたんだね」
あぁ、普通に笑う事が出来ているだろうか。
顔が引きつっていたらどうしよう。
僕は内心を悟られないように、とにかく平然を装おうと必死だった。
「じゃあ、君はしばらくこの周辺の、というより僕の警護を任されたのか」
話を聞いてみれば、なんと女王陛下から直々に僕の警護を“お願い”されたのだとか。
お世話になります、と慌ただしく頭を下げる少女に、思わず同情する。
相手が女王では断れるはずもないだろう。
それなのに、あくまで“お願い”の体をとるのが白々しい。
しかし、どういうことだ。
これまで檻へは誰も近づかせなかったくせに、何故今になって彼女を寄越してくるのだろう。
あい変らず女王の考えは読めないが、言いなりになってやるのも癪だ。
何より、未だ城の事について右も左も分かっていなさそうな新人の彼女が、騙し討ちのように巻き込まれるのは見ていられない。
だから、僕から断っておくつもりだった。
こんな子羊みたいな子に、負担をかけるわけにはいかないと思って。
「め、迷惑じゃないです!」
弾かれたように顔を上げて、ライラはそう言った。
蜜色の瞳がきらきらと輝き、思わず見惚れてしまう。
そんな彼女の威勢は長続きせず、やっぱり私がいるとお邪魔になるし、とすぐに弱気な顔に戻ったが、その時には、僕の気は変わってしまっていた。
彼女にどうしようもなく興味をひかれ、逃してあげる気が失せてしまったのだ。
なぜだろう。
長い孤独のせいで、僕は気が狂いかけていたのかもしれない。
……いや、格好つけた言い方をしてもしょうがない。本当は単純な話だ。
僕は、寂しくて、寂しくて仕方がなくて、とにかく他者からの好意に飢えていた。
だから僕を恐れず、心配までしてくれる彼女の存在を手放すのが惜しくなったのだ。
そうして彼女を引き留めた僕は、少しでも長くこの部屋にいてもらいたくて話をねだった。
この時には既に開き直っていた節があって、少しあざとく、哀れな感じを意識して頼んだ自覚がある。
ちなみに効果はてきめんだった。
彼女は恐縮しながらも、色々なことを教えてくれた。洗いざらいと言ってもいい。
ライラは素直ないい子だ。
素直すぎて、変な輩に騙されないか心配になるくらいに。
いや、僕が言えたことではないのだが。
近衛兵になった経緯、大切な友人達、彼女の育った街のこと……。
彼女は喋ることが得意ではないようで、所々つっかえたり前後するのだが、丁寧に語ろうとしてくれる。
一生懸命に、僕を喜ばそうとしてくれているのが話の端々から伝わってきて、胸がじんわりと熱くなった。
こんなに誰かに思い遣ってもらえたことなんて、これまで何度あっただろう。
取り敢えず、城に入ってからは一度も無いのは確かだ。
だから、それは僕にとってはまるで夢のような時間だった。
……まぁ、夢心地で聞いていられない内容も、ありはしたが。
まず、さらっと言ってくれたが、ヴァルキュリアを一人で倒したとは本当だろうか。しかも魔法ではなく槍で。
普通に考えれば何かの間違いとしか思えないが、どうも話を聞くにライラは生来尋常ならざる身体能力を有していたようだ。
……僕も軽々抱き上げられたしな。
それはまぁ、ひとまず置いておこう。彼女自身もよく分かっていない口ぶりだし、調べてみなければ何とも言えない。
それから、カメリア姫に執着されているのも気になる。
あのお姫様は、見た目は砂糖菓子のようだが中身は女王と同じくらい利己的で、僕より遥かに厭世的だ。
可愛らしい笑顔は言わば仮面で、他者を容易に信用せず、敵は容赦なく排除する。
そして、他の多くの王族と同様に、労働階級を自分を守り保つ為の消耗品と考えている。
まさに次期女王の鑑のような少女だ。
そんなカメリア姫が、たかだか命を助けられたくらいで一介の労働階級に好意を持つとは思えない。
ライラに、何か特別な要素がまだあるのだろうか。
様々気がかりな事は多かったが、一番違和感を感じたのは、ライラの自尊心が異様に低い事だ。
彼女は、自身を役立たずと呼ぶことに、何の躊躇いも感じていなかった。
普通であれば、どれほど平静を装おうが、どこかに悔しさや憤りの感情が滲むものだ。
ところが、ライラにはそれが無い。
まるで、自分が役立たずであると、心の底から納得しているようだ。
……そんな事、あり得るのだろうか。
彼女の話が本当ならば、ライラはこの王国で最もフィジカルに恵まれている事になる。
そんな花守が、何故これほどの劣等感を抱かなければならないのか。
家族同然の友人もいて、街の仲間に愛着もあったようだから、孤独とは無縁だろう。
特異な能力のせいで、周囲から爪弾きにされていた訳でもなさそうだ。
頑強な肉体。
仲間に囲まれ愛される環境。
素直で純粋な心。
―― 僕とはまるで正反対じゃないか
思わず彼女からそっと視線を逸らした。
どうしてか今、いつものように表情を取り繕う自信がない。
心がそのまま顔に出てしまいそうで、 僕は怯えてすらいた。
あの澄んだ琥珀のような瞳に、僕の汚泥のような内側を晒したくない。
絶対に、このしみったれた気持ちを悟られたくない。
もしも見透かされでもしたらと思うと、死にたくなる。
……僕はこの時、ライラのことが羨ましくて、たまらなく嫉ましかったのだ。
僕に無いものを当たり前のように持ち、その幸運に気付いてすらいない彼女が哀れで。
それ以上に、純粋な鈍感さに怒りを覚えていた。
筋違いも甚だしいことだが。
我ながら、酷く捩じくれた想いを向けていると思う。
こんな疚しい気持ちを抱えて、それを隠したまま彼女に傍にいて欲しいだなんて身勝手すぎる。
……だが幸いにして、他者の本心なんて、そうそう目には見えないものだ。
だから精々、上っ面を綺麗に整えてやる。
どうやら僕の外見は気に入ってくれているみたいだから、まず皮一枚は合格。
この顔に生まれたことに、感謝する日が来るなんて感慨深い。
それはさておき、中身の演出はどうしようか。
どんなのが好みだろう。
真綿のような優しさかな。
それとも犬のような献身だろうか。
君の理想に見えるように、一生懸命鍍金を施そう。
だから、どうかこのまま騙されておくれ。
そうして祈るような気持ちで彼女を見送り、部屋の中は再び僕一人になった。
しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて力が抜けて寝台に座り込む。
夕暮れの部屋が、薄闇色に沈んでいる。
僕は深く息を吐いた。
もしも、ライラが騙されなかったら。偽りに気がついてしまったら……。
その時は彼女を解放しよう。
あの蜜色の目に、怯えや嫌悪が浮かぶのはきっと耐えられないだろうから。
そして、女王の命に逆らえない彼女の為に、僕から突き放す。
初めにそうしようと思っていたように、この檻から、僕が彼女を逃がすのだ。
宵闇色に染まっていく窓の外で、鳥達が東の森へと飛び去っていく。
いつかこんなふうに、彼女の背中を見ることになるのだろうか。




