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槍の乙女と螺旋の剣  作者: トト
第一部 「王国篇」
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第二話 ヴァルキュリア


 祝杯の余韻を残したまま、ライラとリーリエは自分たちの部屋へと戻った。

 下の階の酒場では未だ騒いでいるのだろう。声がかすかに聞こえてくる。

 主役であるはずのリーリエは、明日の朝には旅立たねばならないため、早く寝ろとブルンネンに追い出されたのだ。

 ちなみにライラは、苦手な酒をシックに飲まされて、すっかり出来上がってしまい、一緒に部屋に戻ってきた。

 ぐったりと枕に顔を埋めていたライラは、そっと隣の様子をうかがう。

 リーリエは寝台に腰掛けて、嬉しそうに召集の通知を指でなぞっていた。

 言いようのない切なさが、胸の内にこみ上げてくる。


「リーリエ、……行っちゃうの?」


 きょとん、とリーリエの緑の瞳が向けられる。

 そうして思わずこぼした言葉に気づき、ライラ自身がひどく狼狽えた。


「ご、ごめん違うの! 頑張って、って言いたくて……それで……」

「ライラ」


 言い訳の途中で言葉が震え、続けられなくなってしまったライラにリーリエが寄り添う。

 そして、そっと手を握った。


「寂しい、のかな。私、リーリエがいないと本当に駄目だから……。でも一緒にはいけない。私、リーリエと違って出来損ないだから。槍も出せない、愚図なんだもの……」


 花守は戦闘力が低い種族だが、一つとても強力な武器を持っている。

 “槍”と呼ばれる、強い魔物にも対抗できる攻撃手段だ。

 普段は花守の体内にしまわれているが、戦う意思に呼応して取り出すことが出来る。

 本来、労働階級の花守ならば誰でも使えるはずだが、槍を出せない者がたまにいる。

 ライラは、その一人だった。

 訓練の教官の言葉が、ライラの頭の中で繰り返し響く。

――お前には戦う意志も気概も無い。だから槍が出せないのだ。

――臆病者の出来損ないが


 その通り。ライラは怖いのだ。

 戦いたくない。槍なんて使いたくない。

 何故なら、槍を使った花守は――


「ねぇ、リーリエ、……死なないよね?」


 リーリエは、強くライラを抱きしめた。


「優しい子。あなたは出来損ないなんかじゃない。私の自慢の親友で、私を心配してくれる大切な家族」

「リーリエ。いやだよ、近衛兵なんて危ないよ。行っちゃ駄目だよ」

「聞いて。私、ライラやシック、街のみんなの為に王国を守りたいの。それに、私大丈夫な気がするのよね」

「どうして?」

「だって私には、ライラや皆がいるんだもの。きっと死なないわ!」

「リーリエの言ってること、よく分かんないよぉ」

「うーん、こういうのは考えるんじゃなくて、感じるものなのよねぇ」


 そうして、ライラはリーリエの腕の中で一晩中泣いてぐずった。

 リーリエはそんな彼女の頭をずっと撫でていた。


 やがて夜が明け、リーリエは城へと旅立つ。

 それを見送るライラの目蓋は、悲惨なほど腫れぼったくなっていたが、もう泣かなかった。

 ただ、その顔を見て笑い転げたシックには、拳を叩き込んでおいた。




 それからライラは不器用なりにも、必死に採集の仕事をこなした。

 相変わらず作業スピードは遅く、上達もほんの少しずつだったが、決して手は抜かなかった。

 最近は、それを評価してくれる先輩もいる。「お前は、仕事は遅いが、丁寧だ。仕事はめちゃくちゃ、もの凄くおっそいけどな!」

 ……本当に評価してくれているのだろうか。


 その日は、南の城門にほど近い場所でユリの花の採集を行っていた。

 相変わらず、気持ちのいい風が吹いている。

 一面に白いユリが咲き誇り、優しくて甘い香りが風にのってあたりを漂っていた。

 その綺麗な花弁を傷つけないように、慎重に手を伸ばした。

 その時、城門が開く音がしてふと顔をあげる。


 豪奢な行列が城門から出てくる。

 中央には美しい花守がいて、彼女を守るように周りを幾人もの武装した花守が取り囲んでいた。

 その中の一人に、ライラは声をあげる。


「リーリエ!」


 彼女もこちらに気が付いたのか、にっこりと笑った。

 ライラは嬉しくなって駆け出す。

 その時、行列の半分が弾けとんだ。


「ヴァルキュリアだ!!」


 誰かが叫んだ。

 ヴァルキュリアは特別な魔物だ。

 姿形は花守と似ているが、身体は遥かに大きく、そして鋼鉄のような禍々しい鎧を全身に纏っている。

 知能が高く、非常に頑丈で、物理的な攻撃では花守が100人束になっても敵わない。

 通常の魔物は食べるために妖精を襲うのだが、ヴァルキュリアは仕留めた妖精の亡骸をどこかに持ち去っていく不気味な習性をもつ。

 そして恐ろしいことに、花守を好んで狙うのだ。


 突如襲来したヴァルキュリアは、周囲の近衛兵を無残に引き裂いていく。

 あまりに一方的で、戦うというよりも、護衛対象に攻撃の手が届かぬように、自ら殺されに行っているような光景だった。


「だめ、負けちゃう……」


 ヴァルキュリアに対抗できる唯一の手段は、火炎魔法だ。

 しかも、何十人もの花守による命がけの出力で、やっと制圧できるのだ。

 今この場にいる花守が全員で行ったところで、火傷も負わせられないだろう。

 そして、そもそもライラは魔法を使うことが出来ない。

 ただ、いつかの日のように、茫然と目の前の光景を見ているしかない。

 その時、周囲の採集係の花守達が雄叫びをあげた。


「行くぞお前らっ!! 姫を守れえぇぇ!!」


 周囲から、次々に採集係の花守達が飛び出す。

 皆、その手に金色に輝く槍を掲げていた。


「あ、待って!」


 ライラは、恐怖ですくむ足を叱咤してその後に続く。

 姫と呼ばれた花守を守る、リーリエのもとへ急いだ。


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