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槍の乙女と螺旋の剣  作者: トト
第一部 「王国篇」
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第一話 出来損ないの花守妖精(ピリーウィギン)


 なだらかな丘の上で、雲が穏やかに流れていた。

 春から夏に移ろうとしているこの時期の風は、爽やかな緑の匂いがする。

 ライラは、それを胸いっぱいに吸い込む。彼女は今の季節が一等好きだった。

 そして意を決して、目の前のレンゲの花に手を伸ばす。

 すぐに破れてしまいそうな花弁を慎重にめくりあげ、房を指で軽くたたき、花粉を瓶に集める。

 そして十分に時間をかけながらも、なんとか大方の花粉を集めることが出来た。

ライラは一息つく。

 風が、額に滲んだ汗を心地よく冷やしていった。

 

 ライラは、東の森に住む、花守(ピリーウィギン)という妖精だ。

 花の蜜や花粉を集めながら暮らす妖精で、小さな王国をつくって仲間と暮らしている。

 王国は、女王や次期女王の姫君などの王族、準王族の雄、そして様々な仕事を行う労働階級(ワーカー)で成り立っており、ライラは羽が生えたばかりの若い労働階級だった。

 労働階級は、保育係、採集係、貯蔵係などの様々な職種に分かれており、羽が生えると、適正を見定める為に各職種の研修を受けることになる。

 ライラは採集係の研修中であり、今日は小瓶いっぱいの花粉と蜜を集めることがノルマに課されているのだった。

 今、花粉は瓶の半分ほど集まっている。

 問題なのは、蜜の方だった。

 ライラはもう一度レンゲに向き合い、花弁の奥に溜まる蜜を吸い上げようと、そうっと管を差し込む。


「あっ」


 しかし、手元がぶれて管が花を突き破り、蜜はほとんど零れてしまった。

 ライラは本日5度目の失敗に涙目になる。

 彼女の蜜の小瓶は、未だほとんど空だ。

 採集は基本中の基本のスキルであり、普通の花守ならば息をするくらい簡単な作業のはずなのだが、不器用なライラにはひどく難しい仕事であった。

 適正は皆無、いやむしろマイナスだろう。

 現に、採集係の研修に入ってから先輩にどやされなかった日は無い。

 今日もこってり絞られることだろう……。

 そんな萎れるライラの肩を、優しく叩く者がいた。


「ライラ、どうしたの?」

「うぅ、また失敗しちゃった……」

「でも、花粉はこんなに集められているじゃない。初日に比べるとすごい上達よ。ライラは頑張り屋さんよ」


 そう言って頭を撫でる彼女は、リーリエという幼馴染の妖精だ。

 生成り色の柔らかな髪に、若草色の瞳、真珠色の羽をもつ、優しい顔立ちのその少女は、非常に優秀でしかも性格が春風のように優しい、ライラの自慢の親友だった。

 一方、ライラ自身はというと、髪は黒に近い限りなく近い焦げ茶色で、目は蜜色、羽は宵闇色をしている。花守としては非常に長身で、隣に並ぶと胸にリーリエの頭が位置するくらいだ(リーリエは花守の平均的な身長である)。

 成績は分野によって落差が激しく、特に採集に関しては不器用さが際立って散々だが、その一方で力が非常に強く、普通の花守が三人がかりで持ち上げる丸太を軽々担ぐことが出来たりする。

 周りと違い過ぎる見た目や能力の為、自分に自信がなく、泣き虫な性格であった。

 そんな気弱なライラを、いつも励ましてくれるのもリーリエだ。


「きっと、蜜だって上手く集められるようになるわ」

「そう、かな……。そうだよね、まず、頑張らなくちゃ始まらないものね」


 もう一度、別なレンゲの花に手を伸ばそうとしたその時、ギチギチという不吉な羽音と、先輩の叫び声が響いた。


「ワイヴァーンだ! 気をつけろ。なるべく複数で固まって、決して背中は見せるな!」


 丘の向こうから現れたのは、中型のワイヴァーンだ。

 巨大なドーム状の目玉と、鉤爪の生えた六本の脚を持つ魔物で、鋼の骨組みでできた不格好な四枚の羽根をばたつかせて飛行する。

 凶暴な性格で、花守など小型の妖精を捕らえては、頭から貪り食う恐ろしい外敵だ。

 魔物に気づいた花守が、警戒の声をあげる。

 しかし、採集に夢中になって気づくのに遅れた花守を目ざとく見つけたワイヴァーンが急降下した。

 ライラは突然の出来事に固まって、その光景を見ているしかできない。

 しかしリーリエは違った。右手を突き出して叫ぶ。


「先輩! 伏せて下さいっ」


 リーリエの右手から、無数の氷の矢尻が飛び出す。

 矢尻に羽根を切り裂かれたワイヴァーンは、為すすべもなく墜落した。

 すかさずリーリエの左手が宙を振り切ると、氷の柱が幾本も降り注ぐ。

 断末魔と、衝撃で舞い上がった砂ぼこりが止むと、ワイヴァーンは動かなくなっていた。

 周囲から歓声が沸く。


「凄いじゃないか! リーリエ」

「流石、今年一番の逸材ね」

「中型の、しかもワイヴァーンを一人で仕留めるなんて!」

 

 花守は戦闘力が高い種族ではない。力は弱く、身体は小さくて脆弱。その分魔力は高いが、それでも攻撃にまで使える者は多くない。

 リーリエは、研修の時点で既に攻撃魔法を使える逸材なのだ。

 先輩に抱きしめられ、褒められてもみくちゃにされるリーリエを、ライラは眩しく、誇らしく思った。




 仕事を終えた二人は、いつもの酒場へ向かう。

 羽が生えたばかりの頃から通っている、馴染みの店だ。

 店主は、ブルンネンという中年の貯蔵係の花守だ。

“働かざる者食うべからず”をモットーとする彼女は、不愛想だが働き者で公平な性格で、怠け者に厳しいことで有名だ。

 ライラは始めの頃、失敗ばかりの自分には、あたりが強いのではと怯えていた。

 しかし、「ちゃんと食って、次からしっかりやりな」と、おかずをおまけしてくれる彼女の事を、今では大変慕っている。


「ブルンさん、蜂蜜酒(ミード)を一杯、ポリッジを一つくださいな」

「私は、蜜の果実水割りをお願いします」


 二人が注文していると、そこに背の高い花守が寄ってくる。


「おばちゃん! 俺にも蜂蜜酒一つちょうだい」

「あんた仕事はどうした。油売ってる奴にやる酒はないよ」

「えー、休憩だよ休憩。ね、お願い!」

「うるさい。水でも飲んでな」


 そう店主にあしらわれている妖精の名はシックザール。彼もまたライラやリーリエの幼馴染だ。

 彼は雄でありながら偵察係として働いている、珍しい花守だった。

 花守の雄は他所の王国の婿になることが仕事と考えられ、準王族としての扱いを受けており、労働は免除されている。

 シックザールも最初は普通の雄として生きていたのだが、事故で足に癒えない傷を負ってしまってからは花婿としての役目を果たさないとみなされ、準王族としての身分を奪われてしまった。

 身分も仕事もない彼は、穀潰しとして見捨てられるはずだった。

 それを必死に周囲に説得したのはリーリエだ。

 彼女は、シックザールの飛翔能力が類まれであることを訴えた。

 もし婿になれば、彼の飛翔を受け継ぐ優秀な花守が生まれる。そうでなくとも彼に仕事を与えれば優秀な成果をあげるからと。

「なら、私の下で働いてみるかい?」といって、偵察係の変わり者と名高い花守に拾われ、今は彼女の弟子として、日夜飛び回っている。

 

「ちぇ、なぁなぁリーリエ、一口くれよ」

「ふふふ、嫌よ。シックったら、そう言って全部飲んでしまうじゃない」

「ケチ! ライラはくれよな?」

「いいけど、これ果実水だよ?」

「お前、まだ下戸治ってないのかよ!?」


もう水でいいよ、と不貞腐れながら、二人のテーブルに腰掛けるシックザール。

 

「二人とも、研修はもうすぐ終わるのか?」

「うん。……ちゃんと修了できればだけど」

「あー、お前ぶきっちょだもんなぁ。でも採集係の研修が終われば、職種の選択になるんだよな。どれにするか決まったのか?」


 花守には、様々な職種があるが、大きくは8つに分かれている。

 花の蜜や花粉を集める採集係。

 集めた蜜を加工、貯蔵、管理する貯蔵係。

 城や城下の建物の建築、修理を行う建築係。

 国内外の状況、外敵や危険の有無等を調査する偵察係。

 様々な情報を、歌や踊りで国中に周知する伝達係。

 幼い花守達の世話をする保育係。

 城門や街の警備を行う衛兵と、王族を守る近衛兵。

 一通りの研修を終えると、自分がどの職種に従事するか選択することになる。


「どこかから、声かかってないのか」

「ライラ、建築係の先輩方に気に入られていたわよね」

「うん。資材運びで重宝するからって。ただ、肝心の建築作業が上手く出来なくて。……それにね、私実は、保育係になりたいんだ」


 ライラは、子どもが好きだった。

 小さくて可愛いものを見ると、守りたくなる衝動に駆られる。

 そして不思議と、いつもの不安で一杯な自分ではなく、生き生きとした自分でいられる気がするのだ。


「きっとなれるわよ。ライラ、チビちゃん達に好かれていたもの」

「え! 本当!?」

「はは、図体デカい癖に鈍くさいから、玩具にされてたんじゃないのか」

「う、言われてみれば、そうかも……。可愛いすぎて気づかなかった……。もう、私の話はいいよ! ねぇ、リーリエはやっぱり近衛兵になりたいの?」

「えぇ、だから初めは衛兵に志願するつもり」


 近衛兵とは王族を守る職種だ。

 最も優秀な花守がつく職種であり、研修後の若い花守がストレートで近衛兵になることはほとんど無い。

 大抵は衛兵として収集な実績を残した者が抜擢される。


「ポリッジ一つ、おまちどうさま。リーリエ、あんたに郵便物が届いていたよ」


 店主がリーリエに封書を手渡した。

 この酒場は、二階から上が若い花守向けの寮になっており、ライラとリーリエも、そこの二人部屋で一緒に暮らしていた。

 店主が寮生あての郵便物を預かることがしばしばあり、こうして食事の時などに手渡してくれるのだ。

 リーリエが受け取った手紙は、シンプルな白い封筒に美しく蝋燭で封がされている。

 そして、その印は王家のもの。城からの手紙であることがうかがえた。

 手紙を恐るおそるめくったリーリエが、驚きに目を見開く。


「あぁ、夢みたい……! 私、近衛兵の研修に召集されたわ」

「おいおい、嘘だろ」


 ライラたちの座るテーブルに、酒場から注目が集まる。

 リーリエが、涙を浮かべて手紙を抱きしめた。


「今年の研修で、優秀な成績をおさめたものが集められるって……。正式に近衛兵として働く為の訓練も兼ねてから、明日登城するようにって……!」

「リーリエ、凄いよ!!」


 酒場中から、賞賛と祝福の声が上がった。

 ここにいる者皆が、リーリエの人柄や真面目な仕事ぶり、優秀さを知っている。それが認められたことが自分の事のように嬉しいのだ。

 ライラは、本人以上に号泣して終始リーリエに抱き着いていたし、普段愛想のかけらもない店主のブルンネンも、彼女の頭を優しく撫でた。

 シックは祝杯だ! と叫んで勝手に蜂蜜酒を持ち出しては鉄拳制裁を受けている。

 その晩酒場では、誰もかれもが浮かれて、歌って踊り、リーリエの門出を祝うのだった。

 


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