第十七話 騎士さまを手に入れる条件
「ライラ! 次はこの支柱を、あっちに持って行って!」
「あ、分かりましたぁ」
「それ終わったら、こっちに来てくれ!」
「はぁい」
非番のその日、久しぶりに街に戻ったライラは祭りの準備に駆り出されていた。
彼女は昔から力仕事では重宝されてきた。そのため皆、遠慮も容赦もない。
また、今の彼女は城に勤めており、頻繁に街に戻らないこともあって、使える時に最大限使ってやろうという意気込みが見える。
ライラは、いつの間にか一緒にいたはずのシックザールの姿が消えたことに気づいたが、次々と頼まれる仕事に、探しに行く暇もなかった。
「つ、疲れた。訓練よりハードだ……」
皆からの依頼を一通りこなしたライラは、疲れから酒場のテーブルに突っ伏す。
そんな彼女の前に、店主のブルンネンが無言でグラスと小皿を置いた。
杏のシロップと濃蜜を割った冷たい炭酸水と、杏の蜜漬だ。
どちらもライラの好物である。
「ブルンネンさぁん……!」
思わずブルンネンを涙目で見つめると、彼女は背を向けたまま片手をあげて応じた。
ライラが店主の好意に舌鼓を打っていると、テーブルにシックザールがやってくる。
「よぉ、ライラ、お疲れさん!」
「シック! どこに行っていたの!?」
「いやぁ、助かったよ! 今回はライラが街にいないから、力仕事が俺に回ってきそうだったんだ。いや、無理だよね。だって俺、酒瓶より重い物なんて持てないから!」
「ブルンネンさん、シックが私に仕事押し付けて苛めるよぉ」
「おい、やめろ」
「ううぅ……、ブルンネンさぁん、うえぇぇん」
「だから、泣くな! ほら、頼まれてたヤツ、ちゃんと持ってきたから」
「え、本当!?」
シックザールが慌てて取り出した箱に、ライラは飛びついた。
開けていい? と目で問うと、苦笑で頷かれる。
両手に収まるほどの大きさで、光沢のある灰色のベルベットの箱だった。
ライラは慎重な手つきで、それを開く。
中には腕輪とチョーカーが入っていた。
白金色の細い腕輪には、淡い金色の小さな鈴がスズランのように並んでいる。
一方のチョーカーは、黄味がかった白の柔らかい革で出来ており、腕輪と同じ鈴が一粒だけ中央についている。
ライラは両方を手に取ると、腕輪を軽く振った。
しゃん、と涼しげな音が鳴る。
すると、別な手で持っていたチョーカーの鈴が、ぶるりと震えた。
「凄い! これなら離れていても分かる!」
「……なぁ。それ何に使うか、聞いてもいいか」
「うん。シックにもエリアス様のこと、相談したかったんだ」
一通りの話を聞いたシックザールは、難しい顔で腕を組んだ。
「なるほど。その王子様は暗殺の危機にあって、お前は危険があればすぐ駆け付けたいと。それで、鈴が共鳴するその腕輪とチョーカーを呼び鈴として使おうって訳か」
「そうなの! でも良かった。これなら声が届かなくても、エリアス様が鈴を振ってくれれば飛んでいけるもの!」
「あのさぁ、ライラ……俺が気をつけろって言ったこと、忘れてないか?」
「あ……」
「あ、じゃねぇよ! 滅茶苦茶な面倒に首突っ込みやがって!」
「でも、エリアス様を放っておけなくて……」
「はぁ。ライラ、何故その王子は命を狙われる? そして誰が狙っているんだ?」
「分からない……」
「そんな状況で、女王の加護も後ろ盾も無いお前は、どうやって自分の身を守る?」
「…………」
「ここまで言っても、お前は手を引かないんだな」
「……ごめん」
「はぁ、お前が割かし頑固者だなんてことは、昔から知っている。俺も少し調べてみるけど……危険を感じたら手を引け。いいな」
「うん……」
ライラとシックザールが酒場で約束を交わしていた頃、カメリアは女王執務室へ向かうため、午後の廊下を歩いていた。
エリアスの檻を訪れたあの夜から、カメリアはライラの顔をまともに見ることが出来ないでいた。
彼女を目にすると、とても冷静になれず、彼女の気持ちを問い詰めて、なじってしまいそうだったからだ。
カメリアの様子がおかしいことは気が付かれていたと思う。
控えめに、だが気づかわしげに此方をうかがってくるライラの目を思い出し、カメリアは溜息をつく。
あの男に下らないことを囁かれたくらいで取り乱して、自分の足元が揺らいでいることが恥ずかしい。 そのせいでライラに心配をかけていることが情けない。
一方で、喜びを抑えきれない自分もいた。
いけないと思いながらも、ライラが心配してくれていることに胸が温かくなるのを誤魔化せない。
彼女と初めて会った時からそうだった。
ライラがカメリアの身を案じてくれる度に、自分をかけがえのないものとして扱ってくれているように感じて、落ち着かない気分になる。
だから、例え彼女がどういった意味でカメリアを心臓と呼んだのだとしても、エリアスに渡すことだけは絶対に許せなかった。
カメリアは、女王執務室の重厚な扉を挑むような気持ちで叩く。
「あら、こんな時間にどうしたの?」
「お母様、お願いがあって参りました」
午後の光の中でティターニアは愛娘の訪問に目を細める。
お茶を飲みましょう、とはしゃぐ母に彼女は首を横に振った。
カメリアの様子に張りつめた気配を感じたのか、ティターニアは首をかしげて話の先を促す。
「私、ライラが欲しいのです。彼女を私の騎士にしたい」
「まぁ」
ティターニアは少しだけ驚いた顔をした。
執務机に座り直し、カメリアを真直ぐ見つめる。
そして、確認するように尋ねた。
「わたくしが近い将来この国を旅立つことは、カメリアも知っていますね」
「えぇ」
「貴女が女王として成熟した時、わたくしは新しい王国を築くために家臣の一部を引き連れて出ていくのですが、その時ライラを貴女のもとに置いていくことが出来ます」
「そして、連れていくことも出来る、と」
「ふふ。カメリアの好戦的なところ、わたくしの旦那様に似ていて素敵よ」
「そして、そうした話を持ち出すということは、ただではライラを下さらないということ」
「まぁ! 賢いところも旦那様のオベロンにそっくり! 嬉しいわ」
花のように笑うティターニア。
彼女は建国してこれほどの時が経った今でも、夫であるオベロンを心から愛しており、ことあるごとに、娘たちに彼の面影を見出しては喜んでいる。
この国の年長者でありながら、いつまでも少女のように可憐なティターニアは、その実偉大な王国の母であり、絶対的な支配者である。
次期女王という特別な娘であるとはいえ、無条件に甘やかされることはない。
カメリアは緊張した面持ちで尋ねた。
「お母様、私は何をすればいいのです?」
「条件は二つあります」
ティターニアは白い指を二本揺らした。
「一つは、貴女が今まで頑なに避けてきた他国との見合いを受けて、真剣に花婿を探すこと」
「!」
「カメリア、女王の素質を持つ者は、一人では決して本物の女王にはなれない。必ず伴侶が必要なのです。そして、もう時間はあまりないのよ」
「……分かりました」
しばらく身を強張らせていたカメリアだったが、彼女自身いつまでも逃げられない問題であることは理解していた。
頷いたカメリアに、ティターニアは表情を変えずもう一つの条件をつきつける。
「そしてもう一つは、もうすぐこの国を訪れる熊成たちが帰国するまで、ライラとエリアスの処遇について一切口出ししない事」
「それは、どういう……」
「今回の熊成との交渉は、私にとって、そしてこの国にとって非常に大切なものなのです。失敗は許されない」
ティターニアの瞳が鋭く、有無を言わせぬ光を帯びる。
その気迫に気圧されながら、カメリアは疑問を口にした。
「でも、ライラがそれと何の関係が……」
「一切の口出しをしない事、とわたくしは言いました」
「――っ」
質問すら許されないということか。
薄っすら笑みさえ浮かべているティターニアに、これ以上踏めないことを悟る。
「……分かりました。それで、ライラを私に下さいますのね」
「えぇ」
「熊成たちが帰国したら、ライラを私の騎士とします。私の命令で動き、私だけを守る騎士に」
「好きにするといいわ」
「約束ですわよ」
カメリアが立ち去った執務室で、ティターニアは笑みを消した。
「カメリア。貴女は本当に自分のことしか見えないのね……。なんて身勝手で愚か。わたくしにそっくりな、かわいい娘」