ご都合主義スキル。私、表巫女を支える裏巫女らしいです。
声が聞こえた。
正直、好みの声だった。
イケメンボイスといえば腹にくるような低めの……、というのがイメージに浮かぶが、少女の耳に届いたものは〝少年〟らしさが強い透きとおるようなやわららかい声。
「……?」
──妄想しすぎて、とうとう幻聴でも聞こえるようになっちゃった?
それとも心霊現象? そんなバカな。
「霊感に目覚めるのは、ちょい勘弁」
『そういうのとはちょっと違いますよ。蓮美様』
ぴしり。一瞬固まる。現在、自室のベッドでボーイズでラブな漫画を読みながらゴロゴロしていたが、本を開いたままゆっくりと腹に置く。
『驚かせてごめんなさい、蓮美様』
「えっと……」
『突然ですが。貴女は裏巫女としての務めを果たさねばならなくなりました』
「ええー?」
裏ってなんだろう。
思いつつ、少女こと村坂蓮美は少年ボイスに集中。
「巫女? 私、異世界にトリップ、転生した覚えないんだけど」
『大丈夫ですよ。蓮美様はちゃんと地球の日本にいます』
「あなたは、だれですか?」
『うーん……、蓮美様の力もといスキルの説明、サポートを務める者です。お好きに呼んでください』
「呼んでください。ってねぇ」
丁寧な言葉に自分のことを様付けしながら呼ぶ、謎の声。
むくむく膨らむ好奇心と、小心者ゆえの警戒心。
ようは名付けってやつの契約じゃね?
物心つく頃にはアニメを親しみ、小遣いが貯まれば漫画を買い小説を読み、ネット環境を繋げれば様々なストーリーに触れてきた蓮美にとってこの状況は二次元のあらゆるテンプレを思い起こさせた。
『貴女が生まれた時から、僕と蓮美様の魂と魂は結ばれています。契約なんて今更ですよ、ふふふ……』
「はがっ!?」
可愛い声して怖いこと言い出したぞこいつ!?
ほんとうに幻聴じゃないんだろうかこれは。自分の精神が疑わしくなってくる。抵抗はあるが親に相談して精神科に行くべきなんじゃないか。
『お気持ちは分かりますがちゃんと正常ですよ。僕の呼び方については後でも大丈夫です。蓮美様の力について説明する前に、表巫女について説明させて下さいね』
「おもて……」
『はい』
つまり、脇役ポジか私は。うん、身の丈に合っている。たぶん。
声が説明する前に、確信する蓮美である。脇役ポジすら正直他の人にやってもらいたいが、なんだかそれは無理っぽいとひしひし感じるので横になったままおとなしく聞いていく。
その神社は小さいながら、昔、大きな邪を祓った。
邪を祓うために創り出した鏡には力を少しづつ、少しづつ……溜め込んでいく性質があった。それは祓ったはずの邪に通ずる悪しき力でさえも。
清き力だけを溜め込み、いつかの日に解放するためには鏡を護る巫女の存在が必要になったのである。
「力を解放するとどうなるの?」
『神社一帯の地域が清められます。鏡はそれを繰り返すんです』
「不謹慎なこと言っていい?」
『はい』
「鏡、壊して……役目を終わらせるのは無理、なんだよね?」
『そんなことをしても、数日で元通りになるらしいですよ』
「うわ、ホラー……」
こんな考えをしてしまう人間が巫女になっていいのか謎だ。
「邪が一度でも混じると、解放した時にヤバイってことでおけ?」
『おけおけです、蓮美様。……表と裏の巫女達が必要になるのは、解放の刻が近づいたからなんです』
「予想はしていたわ……。解放が近づくと悪いやつらもめっちゃ寄ってくるから、魔法少女的な存在に倒してもらおうって感じなのかな?」
『表巫女とその表の巫女守が、邪と直接対峙する役目を担います』
「ふーん。裏の私は?」
『遠くから援護攻撃と防御ですね。在宅ワークな感覚で大丈夫ですよ』
「ほーん!?」
声によると、裏巫女は透視しながら表巫女を護るそうな。まさかの高みの見物ポジである。
説明を受けながら蓮美は、近所の小さな神社の姿をイメージしていく。するとまるで、近未来の技術のような四角い画面が目の前に浮かび上がっていた。触れてみると、表面だけなら波紋が広がり手を押し込めば通り抜ける。
薄い、画面だけのタブレットみたいだ。件の神社が映し出されている。
「おうおう、おう。まじかーい」
『マジでーす』
「というか、ここの神社なのね……。もしかして、表巫女ちゃんはご近所さんだったりするのかしら」
『蓮美様はお会いしたことのない方です。この地に縁はあるみたいですね』
「へー? というかさっそく始まるの?」
『いえ、感知術によると明日のこの時間帯らしいです。邪は夜にやっと活動できるようですからね、一応毎日警戒しておくに越したことはないかと』
「らじゃ」
『ではまた明日、声をかけます。その時に新たに詳しい説明をしますね。おやすみなさい蓮美様』
「おやすみなさい」
声は聞こえなくなった。不思議か画面も消えている。
〝彼〟は自分と同じく、眠るのだろうか。
◆◆◆
一日は、過ぎる。
朝、二度寝したい気持ちを押さえつけ、のそりと起き。高校の制服に着替え、朝食を食べて学校へ向かい。かったるい授業を受け。神絵師な友達のイラストと本人の愛らしさにも萌え萌えきゅんとし。帰宅部なので、街に寄ってから帰ることにし。
……珍しく、例の神社にも寄り道してみた。
本来なら、行くのは初詣の時ぐらい。
「…………」
鳥居をくぐることはなく、ただただ景色を見つめた。小さな神社とはいえ、木々や建物、形成する一つ一つはしっかりと存在し寂れていないことを主張している。
参拝客などはいないようだ。家へ帰ることにする。
さて、家でもいつも通り過ごし夜になった。
今回はベッドでなく、勉強机とセットのイスに着席し例の声を待つ。
「まだ見てないアニメ見たくなってきた……」
配信の期限いつだっけ。
『こんばんは。蓮美様』
「………………、こんばんは」
『僕のことを待っていてくれたんですね。嬉しいです』
「はぁ」
昨日の出来事は夢ではなかった。度の越えた妄想の可能性はまだあるが。
『そうだ蓮美様』
「うん?」
『今は自分の部屋にひとりだからいいですが、ここ以外で僕の言葉に声を出して答えるのは危険です』
「あー……。人目とかね」
私のこと、よく知ってるなと若干の寒気。
『なので今から、心の声で話す練習をしましょう』
『ふぇーい。……こんな感じ?』
『さすがです! 蓮美様!』
口を開かず、頭の中で会話。ますます妄想じみてきた。
それが分かったのか、少年ボイスは蓮美になんら問題は無いと念押しする。こんなことに巻き込んで申し訳ないとも。
『危ない目には遭わせません。どうかご協力ください』
『しょうがないから、付き合いましょう……。不思議な力とか憧れてたしね』
ちょっと想像していた、不思議な力とは違うけれど。
『というか、そろそろ始まっているのでは』
『表巫女と巫女守は神社に来ているようですね』
昨日と同様、画面を目の前に展開させる。
映し出された神社に、三人の人影。
『表巫女と彼女を守護する巫女守達です』
『少女漫画な三角関係きたわ~。欲を言うなら、表巫女、男だったら美味しかったなぁ。巫女は女がなるはずなのに、何故か俺にその力が宿っているらしくて!? 的な』
『蓮美様ってば。ふふ、巫女守の片方は表巫女と幼馴染だそうですよ』
『もしかしてスポーツ少年ぽいほう?』
『はい。チャラ男風は初対面のはずです』
『チャラ男は少女漫画の三角関係、逆ハーものだと不遇だよねぇ……』
この手の恋愛もの、俺様キャラが勝ち取ってしまうのが定石である。
言い方は悪いかもしれないが、あぶれてしまったほうにも相手が現れる展開が蓮美は好きだ。間男のポジションというのはとても切ないが、ゆえに愛しく応援したくなるもの。
不遇といえば正統派王子キャラとかその筆頭ではないだろうか。その爽やかキラキラスマイルでヒロインを最終的に後押しするのだ。
『私は……っ、みんなのことを応援するよ!』
『蓮美様、そろそろ戻ってきてください。始まります』
とうとうか。と画面に意識を集中する。
三人を守る……結界をイメージ。
[加護の力を感じる……。裏巫女ちゃんかな?]
画面の中で、チャラ男が呟いた。スポーツ少年が頷く。
[初陣だしな、助かる]
[二人とも分かるの!? あたし、大丈夫かな……]
ポニーテールが活発な印象を際立たせる、可愛い女の子が二人を不安げに見やった。
[愛美華は邪を払うことに集中してくれ。俺達が護る]
[そうそう]
こくりと頷く彼女に、蓮美も微力ながら私もいるからね! と念を送った。
感覚が──────、凍りつく。
画面の向こう、嫌な感じが止まらない。
「来たんだ。……まじか」
ついさっきまで、実感がなかったといのに。
表巫女達の目の前に現れる、ユラユラとうごめく黒い霧で出来たような人影の集まり。
あれが────邪、なのだろう。
『蓮美様は張った結界に集中してください。巫女守が弾ききれなかった邪が現れた場合、画面にふれて退けてください』
『え、まさかそんなことで?』
『スマホゲー感覚で、蓮美様は攻撃できます。勝手ながらご都合主義スキル、と僕は呼んでます』
『チートじゃねぇか!』
表巫女、愛美華の手元が光り、薙刀が現れた。振り回し刃が邪に触れると、消えていく。
『巫女守は邪を弱らせることはできても、浄化することはできません』
『それは巫女の仕事……ってことね。私はどうなの?』
『可能です。けれど、あのような武器を創り出せないので……』
『サポートポジ、と。りょーかいです』
あんな武闘派な動きもできないしねぇ。
巫女守の二人も自身の武器を光の中から生み出していく、スポーツ少年は弓、チャラ男は刀だ。蓮美的に意外性を感じて美味しい。
あれよあれよと邪は消えていく。
蓮美は時々、仕留め損ねた邪をスマホをタップするかの如くつつき、すると画面には雷が現れそれが攻撃であり浄化だった。
『私の力怖すぎね? 現実で起こってるんだよねこれ?』
『もちろん。味方にうっかりタップしちゃった場合は無効ですから安心してください』
『タップって言っちゃったよぉ……。まさにご都合主義展開だぁね』
凍りつくような感覚は消え、邪がいなくなったことを確信した。
画面の中の三人は帰る様子を見せている。
敵が挨拶しに来る。みたいなイベントはないようなので、気を抜くことにする。
『蓮美様、お疲れ様です。僕……裏の巫女守の最初の務め、果たせたこと、とても…………嬉しいです』
予感はあった。
『私にも巫女守がいるんだね……。そんでやっぱり、今日で終わりじゃあないかさすがに』
『はい。蓮美様、これからよろしくお願いします』
『……単純だけど、裏守さんて呼ぶことにする。よろしくお願いします』
『蓮美様……! ありがとうございます!!』
謎の声こと、裏守は本当に嬉しそうだ。
──裏守さんて、表の巫女守くん達みたいに実在する人間なんだろうか。
聞くのは、なんだか怖い。だって異様に好意的なんだもの。
可愛い少年ボイスの無邪気さが耳に届くのは美味しいが、得体が知れないのには変わりない。
『僕も、蓮美様と同じく武闘派ではありません。それでも貴女のことは護り抜いてみせます』
〝やっと……、こうして言葉を交わせるくらい繋がりが強くなったんですから……〟
うっとりと言うその声はどこか色香が含んているように聞こえた。
昨日から、彼と話すようになってから、蓮美は思っていたことがある。
ヤバイ奴に、私、捕まったんじゃね?
『蓮美様、僕に興味があるんですか? 嬉しいなぁ。ふふふ……』
『裏守さぁん……私ただのオタク女だからね? 思考回路覗いてるなら、イッタイ人間だってこともう知ってるでしょ?』
『そんな貴女が愛しいんですよ』
『お願い、ぶっちゃけないで』
こういうの、二次元としてなら読みたい。当事者になんてならなくていい。今からでも遅くない。幻聴で、度の過ぎた妄想であってくれ。
『ああ。僕の声を聞くだけで、蓮美様が発熱してしまう。そんな能力があったらいいのに』
『私は何も聞いていないぞ』
『なんでここ月光じゃないんだろう? そうだったら今頃──』
「ねぇもう黙ろう!?」
愛らしい少年ボイスでそんな言葉が吐き出されると、えぐいにも程がある。
ご都合主義スキル。
それは、誰にとってのご都合主義だというのか。
私達の戦いはこれからだ────エンド。
(いったいなんの戦いなんだろう)
おわり。